キジトラは不思議な男だった。  トゥリフィリは彼を見て、ある種の確信を抱く。  つまり、S級能力者と呼ばれる人種は……揃いも揃って変人ばかりなのだ。そう結論付けたが、それは自分も変人の一人だということにほかならない。そして、最近ちょっとその自覚があるから笑えなかった。  この絶望的な状況下で、個性派揃いの13班の班長をしている。  投げ出したくて逃げ出したいのに、そうするつもりがない自分がいた。 「まー、いんだけど……なんかでも、少し都庁の空気が変わったかも」  トゥリフィリが頬杖ついて見守る先に、沢山の子供達の笑顔があった。皆、避難民として地下シェルターから都庁に来た者達だ。親を亡くした子供もいたし、それすらわからない子供も沢山いる。  そんな子供達を笑顔にしているのは、数台のゲーム機と……トゥリフィリの仲間達だ。  あのキジトラは結局、13班の全員を総動員してゲーム筐体を大量に持ち込んだ。  なんと、避難民の居住区の一角にゲームセンターを作ってしまったのだ。  音量は小さくして、お金も取らない。  だが、そこには自然と人が集まって笑顔が笑顔を呼んだ。  そして、意外な人物の意外な表情をも引っ張り出す。 「あっ……おかしいぜ、これ。なんでだよ、クソッ……また! おい、お前」 「カカカッ! キジトラ様と呼ばんか。ほれほれ、どうしたロボット三等兵。ロボットがビデオゲームで人間に負けるのか? お前の反応速度は飾りか?」 「……ムカついた。本気で潰す! 人間程度の反射神経で俺に――」 「俺様はとうに本気、常にやる気だ! かかってこぉい!」  ワイワイ盛り上がる子供達の中心で、ナガミツはキジトラと遊んでいた。  そして、完全に遊ばれていた。  あまりゲームに詳しくないトゥリフィリでも、遠目に眺めていればわかる。ナガミツは完全に弄ばれていて、真剣な無表情は焦りさえ感じさせる。対して強気な高笑いのキジトラは、実に愉快そうにキャラクターを操っていた。  いくらS級能力者といえども、人型戦闘機である斬竜刀、ナガミツの前ではただの人間だ。ナガミツの機械の体は、神経に相当する回路を巡る電気パルスの伝達速度からして別格なのだから。  だが、結果は真逆だった。 「……また負けた。何故だ? 待てキジトラ。もう一回だ」 「カッカッカ、敗者はさっさと席を立たぬか! 見よ、子供達が待っているではないか。順番は守れぃ」 「チッ……おかしい。何故、反射と操作の両面で俺の方が優れているのに、何故……どうして負ける。……よし、もう一度だ。並ぶぞ」  笑う子供達の最後尾へと、ナガミツはトボトボと無表情で歩く。  トゥリフィリには何故か、奇妙な苛立ちと焦り、そして好奇心が感じ取れる気がした。彼は今、不思議に思って戸惑っているのだ。そして、そのことに高揚感を感じている。謎を知りたい、もっとわかりたいという探究心を隠せずにいるのだ。  だが、端正な顔に表情はなく、感情も曖昧で不確かだ。  ただトゥリフィリがそう感じる、それだけなのだ。  そうこうしていると、不意に隣に気配が立った。  チラリと見てから、トゥリフィリは椅子を飛び降りて身を正す。 「ナツメ総長! おっ、お疲れ様、です」 「ふふ、そうかしこまらないで頂戴? ……まあ、こういう息抜きの場も必要だからうるさくは言わないけど。許可します、書類も作っておくわ。でも、今度から一声かけて欲しいのだけど」 「……あ! こっ、これ、無許可で? え、だってキジトラが堂々と……す、すみません」 「いいのよ。普通の人にはきっと、素敵な息抜きになるわ。あとは……電力の問題も手配してあげる。S級能力者の無駄遣いは困るもの」  そこには、ムラクモ機関を統べる長のナツメが立っていた。  優雅な苦笑と共に、彼女はチラリと部屋の隅を見やる。  トゥリフィリも努めて見ないようにしていたが、視線を目で追って溜息を零した。あまりに馬鹿っぽい光景に、乙女がしてはいけない表情になってしまう。  全てのゲーム機には電源が入っていて、子供達が遊んでいる。  UFOキャッチャーにも、少ない物資から選んだお菓子が入っていた。  クマやパンダの乗り物もあるし、レトロなテーブル筐体もいくつかある。  その大半から伸びる電源ケーブルは……部屋の隅で束になって発電機に繋がっていた。  ――人力発電だ。 「キジトラ先輩っ、ナガミツも! そろそろ私と代わってください! あ、脚が、もぉ」 「はーい、ノリト君も真面目に漕ぐ漕ぐ〜♪ ……あれ? もうへばってる?」 「私はシイナとは違うんです、肉体労働は苦手なんですよ……フッ、私に似合うのはもっと文化的な」 「はいはい、デカルチャーはいいから脚を動かしてねん?」  ノリトとシイナ、そしてエグランティエが一生懸命自転車を漕いでいた。地面に浮いて空転する後輪が、この場の全ての電力を賄っているのだった。エグランティエはぼへーっと気だるげにしながらもハイペースでペダルを回す。シイナもゴスロリ姿を裏切る脚力を見せつけているが、隣のノリトは完全にへばっていた。  そして、それを眺めるナツメは静かに笑う。  妙に涼やかで、ともすれば寒々しい笑みで彼女は語りかけてくる。 「まあ、住民感情がいいのは悪いことじゃないわ。それで、班長さん? ちょっとお願いがあるんだけど」 「は、はい」 「渋谷へ行って、今後必要となる人材を確保してきてくれるかしら? チームの人選は任せます」 「渋谷……?」  この都庁周辺を除く首都圏全域が、ドラゴンとマモノの跳梁跋扈する危険地帯のままだ。そこでは猛毒を振りまくフロワロの花が咲き誇り、人を拒む巨大な迷宮となっている。  だが、それを人間達の住む生活圏として取り戻すのも13班の使命だった。  そして、自衛隊の調査では渋谷は、未知の植物が生い茂る原生林となっているらしい。  ナツメはトゥリフィリの返事を待たず「宜しくお願いするわね?」とだけ言って、去っていった。その背中を見送りながら、トゥリフィリは小さく呟く。 「渋谷、か……それより、必要となる人材? 要救助者がいるのはわかるけど……人材」  ナツメの言い様は、まるで物資を回収してこいと言わんばかりの響きが感じられた。ゲームに興じる子供達に目を向けても、そう。どこか彼女は、周囲の人間に対して壁を作っているような気がする。上に立つ者の重責がそうさせるのだろうか? 冷静に、時に冷徹に判断を下す人間は、どうしても他者への感情移入を拒むことがある。  それは知識でしか知っていなかったトゥリフィリだが、今はそう感じるのだった。  すると、突然背をポンと叩かれる。  振り向くとそこには、巨漢の男が立っていた。 「よぉ、こいつはまた派手に広げたもんだな? まあ、しっかりやんな、お嬢ちゃん」 「あ、ガトウさん。お疲れ様です」  現れたのはガトウだ。彼は周囲を見渡し苦笑めいた顔で頭をバリボリ掻きむしる。それは、ナツメが見せた笑顔とは全く違う温かさだった。 「まったく、しょうがねえなあ……お嬢ちゃん、さっさと二人ばかし連れて渋谷にいってこい。……ついでだから、礼を言ってくるんだな」 「お礼、ですか? ……あ! もしかして、ナツメさんの言う人材って」 「まぁな。あの時、初めての帝竜ウォークライからお前さん達を助けてくれた二人組……奴らもS旧能力者さ。ちょいと訳ありだがよ」 「そうだったんだ」  その名をガトウはSKYと教えてくれた。  熊のような大男も、猫のような女性も、両方共空色の着衣を身に纏っていた。そして、あの混乱の中でトゥリフィリ達を逃してくれたのだ。  彼等がナツメの言う人材なのだろうか?  そのことを正直に問うと、ガトウは難しい顔をした。 「まあ……ちょっと訳アリでな。だが、こんな時だ……力を合わせるにこしたこたぁねえ。遺恨を忘れられねえってんなら、それでもいい。ただ、連中にも無事でいてほしいし、できれば都庁で手を貸して欲しいのさ」 「遺恨? いったいなにが……」 「ま、それはおいおい教えてやる。……うし! おうボウズ共! どいてな、俺が人間発電所ってのを見せてやる。ガキ共も見てろよ! どれ!」  言葉を濁しつつ、ガトウは自転車発電機の方へと行ってしまった。彼はへばったノリトと入れ替わりに、サドルに跨ってペダルを漕ぎ出す。  その姿に子供達が沸き立つのを見やりながら、トゥリフィリは奇妙な違和感を感じた。  S級能力者は貴重だと、ナツメは言っていた。  では、何故渋谷のSKYは今まで放置されていたのだろう?  それがどこかで、遺恨という言葉と繋がっている気がして、妙な胸騒ぎを感じるトゥリフィリだった。