救出したアオイのことは、キジトラが引き受けてくれた。彼は一時パーティから離脱し、後続の物資改修班と都庁に戻るという。  何度も先輩を連呼しながら泣きついていたアオイは、ようやくトゥリフィリから離れた。  以外にもキジトラがお菓子のチョコバーを見せたら、素直に応じたのだ。  思わず「餌付けかっ!」と突っ込んでしまったが、まだいい。  今、トゥリフィリが連れ歩く仲間達の雰囲気は、率直に言って最悪だった。 「待てよ、キリコ。勝手にずんずん進むんじゃねえ」 「私に指図するな。……連中の相手なんか、私一人で十分だ」 「話を聞けって」 「うるさい、贋作っ!」 「……それ、やめろよ。なまくらが」  トゥリフィリはなんだか、さっきから胃袋がシクシクと痛む。  彼女を挟んで左右から、終始キリコとナガミツはこの調子だ。  ナガミツがキリコをなまくらと呼ぶのは、伝説の凶祓いにしてはいつもギリギリの戦いを強いられているから。彼女もまた、トゥリフィリの知るキリコと同じ羽々斬の巫女の筈だ。だが、サキという名を教えてくれた少女の剣技には程遠い。  そんな今のキリコがナガミツを贋作と呼ぶのは、背負った伝説故の重責だろう。そして、自分でも己が十全に戦えないことへのいらだちがあるのだ。そして、ナガミツは普段はぼーっとしてるのに、贋作呼ばわりには明確な怒りを表明している。  思わずトゥリフィリは溜息が零れた。 「はぁ、斬竜刀の二刀流かあ……ぼくってば今、素敵に無敵な筈なのに。なんでこぉ、なんかこぉ……はぁ」  やれやれと思いつつも、トゥリフィリは右手でナガミツの手を握る。  同時に左手で、キリコの手を握った。 「どうした、班長。……体温や脈拍が少し高いな。なにかのストレスを感じているのかもしれない。……大丈夫か?」 「お、おいっ! 俺の、あ、いや、私の手を気安く握るな! ……別に、いい、けど」  キジトラが抜けてしまって、トゥリフィリは一気にやんちゃな二人の面倒を見る羽目になったのだ。  だが、戦闘では二人は酷く頼りになる。  互いに競って強さを見せつけるように、ナガミツとキリコは並み居るマモノを全て片付けてくれた。だが、連携が全くできていない。ナガミツの動きは普段より固いし、キリコも少し苦しそうだ。  だが、握る手と手を通じて感じるのは、いてくれてありがたい仲間の温もり。  ナガミツの手だって少し硬いが、おずおずと握り返してくれた。 「二人共、いーい? あのねえ……仲良くしなさーい、なんて言わないけどさ。危険な場所なんだし、お互いカバーしあってこうよ」 「俺はちゃんと班長をカバーしている。そっちのキリコが悪い」 「私はお前達二人をちゃんと守っているだろう! ……なんなんだよ、もうっ!」  難しいななとトゥリフィリが苦笑いを零した、その時だった。  不意に周囲に無数の殺気が舞い降りた。  否、今まで息を潜めて隠れていたのだ。  そして、トゥリフィリ達三人を囲む強烈な敵意は、S級とまではいかなくても能力者特有の覇気が感じられる。身体的にも精神的にも一般人を凌駕する、力を秘めたる者が持つ息吹だ。  そして、目の前に一組の男女が舞い降りる。 「ヨォヨォ、あの女の手先のご登場だぜ? イノ、やっちまうか? なあなあ、イノ!」 「とーぜんじゃん? アタシ等でやっちゃおうよ、グチ! 絶対楽勝だしー?」  いかにもチャラい感じの男は、釘が無数に打ち込まれたバットを構えた。  隣のギャルギャルした女も、身構え精神力を研ぎすませてくる。  だが、次の瞬間……トゥリフィリの左右から突風が飛び出した。  あっという間にナガミツの拳とキリコの剣が、二人を一撃で戦闘不能にする。それも、互いに相棒へと見せつけるように。相性からなにから最悪なのに、不思議と二人は互いの存在を起爆剤にしているようだった。 「ちょ、マジ? 聞いてねーし! ってか、痛ぇよオイィ? イノ、なあイノッ!」 「ちょームカツクー! 爪割れたしぃ? アタシ等、手加減してやったって感じぃ」  呆れた様子でナガミツが振り返る。  トゥリフィリに頷く彼の目が、無言で語っていた。  ここには、S級能力者に極めて近い力を持った若者達がいる。それも、大勢だ。  周囲を見渡せば、原生林と化した渋谷のあちこちに人影が立ち上がる。  知らぬ間にトゥリフィリ達は包囲されていたのだ。  だが、ナガミツとキリコは動じた様子もない。  そして……意外な再会がトゥリフィリの目の前に降ってきた。 「にゃはは、やーっぱイノとグチじゃ駄目かー! お疲れさん、っと」 「二人共怪我はないな? ……あとは任せてもらおうか」  スカイブルーの着衣を纏った、巨漢の男と猫耳パーカーの女。  その姿を見た瞬間、トゥリフィリは声を張り上げた。 「あっ! あの時……都庁で帝竜ウォークライから助けてくれた人達っ!」 「おっ? そういうキミは……あの時のムラクモ候補生ちゃんかにゃー?」 「生き延びていたか。やはり、奴の言った通りだったな」  丁度、ナガミツとキリコを背にして、二人はトゥリフィリに近付いてくる。  筋骨隆々たる大男は、拳を鳴らしながら。  可憐な美貌の女は、手に凍気を集めながら。  戦意も顕に、ゆっくりトゥリフィリへと近付いてくる。 「ま、待ってください! ぼくは戦いに来た訳じゃ……今は、人間同士で戦う訳にはいかないでしょう!」 「にゃはは、ド正論だにゃー? でも……ムラクモのあの女の手先ってんならさあ」 「SKYの皆さんですよね? あの女……ナツメ総長のことですか!?」 「ビンゴだにゃん? そして……悪いけど痛い目見て帰って。行くよ、ダイゴッ!」  二人は互いの呼吸に鼓動を重ねて、一糸乱れぬコンビネーションで遅い来る。  仕方なく銃を抜いたトゥリフィリは、中空へと逃げて身を捩った。  すぐ側を氷の礫が擦過し、通り過ぎて背後の枝葉を両断する。  密林の戦闘で銃爪を躊躇えば、巨大な拳がうなりをあげて空気をかき混ぜた。  全く違う戦闘スタイルの二人が、互いの短所を補い長所を引き出す。防戦一方で逃げ惑うトゥリフィリを助けるべく、ナガミツとキリコも地を蹴った。  だが、二人の斬竜刀は全く連携が取れてない上に、協力する素振りも見せない。 「邪魔だ、どいてろ。班長は俺が救う」 「機械人形がなにを! 私の前で死なれちゃ、目覚めが悪いんだ!」  あっという間にトゥリフィリは、ダイゴと呼ばれた男に首根っこを掴まれた。巨大な手が万力のような力で、呼吸を押し潰してくる。  そして、涙で滲む視界ではナガミツとキリコが氷の渦へ飲み込まれていった。 「ネコ、掴まえたぞ。……殺す必要はないが、ただでは返せないな」 「そうねえ。やり過ぎるなって言われてるし。でも、やるだけならOK? かな? にゃはは」 「少し痛い目をみてもらうか。どれ!」  咄嗟にトゥリフィリは決断した。  出したくもない本気を総動員する。  雌雄一対のオートマチックを、ダイゴと呼ばれた大男に向けて……親指で装填されたマガジンを解除して落とす。  突然の行動に一瞬、ダイゴは片眉を動かした。  僅か一秒にも満たぬ刹那、彼は足元に落ちるマガジンを見て、疑問を持った。そして、トゥリフィリを理解しようと思考を働かせた。  その瞬間にはもう、トゥリフィリは両親に叩き込まれた護身術で身を翻す。自分を吊るす剛腕に両足を絡めて、全身で逆関節を極めつつ束縛を振り解いた。  だが……伸び切って軋むダイゴの腕は、トゥリフィリをぶら下げたまま動かない。  そして、拍手と共に軽薄にも思える男の声が響いた。 「なるほどねぇ……フェイントの基本か。そりゃ、撃つと見せて弾を捨てれば、ついそっちを見ちまうわな。おい、ネコ! ダイゴも。その辺にしといてやれ」  長いマフラーをした優男が、ふらりと現れる。  そしてトゥリフィリは、彼にSKYのリーダーだと自己紹介を受けた。  それが、後の歴史が忘却してゆく中に消えた英雄、タケハヤとの出会いだった。