新宿の都庁に戻ったトゥリフィリを待っていたのは、ムラクモ機関が主導する今後への対策会議だった。ずっと要請を受ける形で働きまわっていた彼女にとって、こうした上層部の決定機関に参加するのは初めてだ。  慌ただしい会議室の中では、職員が絶えず行き交う。  コピー機もパソコンもフル稼働で、酷く落ち着かない。  先程キリノがねぎらいに席を訪れてくれたが、今はナツメと上座で真剣なやり取りをしていた。そのナツメは、会議室にトゥリフィリがいても見ようともしないのだった。 「なんかぼく、場違いな感じ……って、ナガミツちゃん?」  ぽつねんと座らせた巨大な机に、コトリと熱いコーヒーが置かれた。  ムラクモ機動13班の備品として、トゥリフィリの背後に直立不動なナガミツ。彼はいつのまにか、部屋の隅からコーヒーを持ってきてくれていた。 「班長、水分補給だ」 「あ、ありがと……ナガミツちゃん、君も座ったら?」 「必要ない。そして、班長にはカロリーと糖分が必要だ。チョコレートが少しあった」 「ど、どうも……んー、落ち着かないよ。ね、ナガミツちゃん。隣、座って」 「命令ならそうする」 「んー、お願い。駄目?」 「……わかった」  どっかとトゥリフィリの隣の椅子に、ナガミツが座る。  相変わらず融通がきかないし、粗野でガサツと取られかねないほどに無機質でぶっきらぼうだ。だが、彼が彼なりに気遣ってくれていることをトゥリフィリは感じている。  ロボット、斬竜刀として造られた存在でも、彼の心は彼自身が育ててる最中なのだ。  そう思っていると、不意に幼い声が投げかけられた。 「よ! あんた、13班の班長だってな!」 「ナガミツもお疲れ様……最近ラボにいなかったのは、もう働いてたからなんだね」  振り向くと、小さな双子の少女が立っていた。  二人共少女のようにも見えるが、少年のようにも感じる。  中性的な顔立ちはどちらも幼く、年の頃はまだ十にもなっていないだろう。  だが、片方は勝ち気で生意気そうな笑みを浮かべている。  そしてもう片方は、弱気な表情をおどおどとさせていた。  ナガミツが二人を一瞥して、トゥリフィリに説明してくれる。 「班長、俺達13班を含めムラクモの各班をサポートしてくれるナビゲーターだ。男の方がNAV3.6、女の方がNAV3.7だ」 「そ、それ、名前?」 「こいつ等は俺と同じで、ムラクモ機関のラボで造られた遺伝子調律人間……アーキテクトチャイルドだ。……その中で唯一、辛うじてギリギリ実働に耐えられる個体だな」  そう言って椅子から立ち上がると、ナガミツは不意に二人の首根っこを片手でそれぞれつまんで持ち上げる。猫のようになってしまった子供達は、何故か笑顔だ。 「おーい、ナガミツ! 僕をいつまでも子供扱いするなって!」 「見ての通り、子供だ。ラボで一緒だった時は、こうしてよく遊んでやった」 「え、えと、ナガミツ……班長さんが見てます。それに……これ、好き……」 「身体が弱いから、外になかなか出してもらえないからな。ほら、高い高い」  真顔でナガミツは、天井まで届けと二人を交互に放り投げ、受け止めてはまた宙へと躍らせる。勿論、ナガミツ自身はぼんやりとした無表情のままだ。  だが、二人のナビがナガミツにとても懐いていることだけはトゥリフィリにも伝わった。 「ねね、二人はいわゆる……人造人間、的な? 名前、ないんだ?」 「型番で認識している。それは俺も同じだが……でも、オサフネ先生や班長は名前で呼ぶな、そういえば。最近はラボの研究者も、13班の人員達もだ」 「そりゃそうだよ、ナガミツちゃん。んー……決めた! 君は3.6だから……末尾を取ってムツ! そして君は3.7だからナナ!」  幼いナビゲーターの二人組は「おおー!」「な、名前!」と驚き目を丸くした。ナガミツに遊んでもらいながら、二人は何度も自分の名前で呼び合い笑顔になる。  怜悧な冷たい声が響いたのはそんな時だった。 「トゥリフィリ、それは両方共長生きできない作りなのよ? 変に感情移入はオススメできないわね。一式も、構うのはそれくらいにしなさい。さて……会議を始めましょう」  それは、上座の中央に座ったナツメの言葉だった。  それでナガミツも、いつもの仏頂面でムツとナナを降ろしてやる。  ばたばたとスーツ姿や野戦服の自衛官が席について、その中には玄関で会った自衛隊隊長のリンもいた。誰もが疲れた顔を並べる中、会議が始まる。  イニシアチブを取っているのはムラクモ機関で、その長たるナツメは今日も微笑を凍らせている。 「さて……残念だけど渋谷の実験体達はこちらへの合流を拒否したわ。そうね? トゥリフィリ」 「は、はい。あと、帝竜がいるみたいでした。それと、ぼくが気になったのは――」 「あとは書類にして報告して頂戴。連中が使えないことだけわかれば充分よ。ありがとう、トゥリフィリ」 「……は、はい」  取り付く島もないとはこのことだ。  ナツメは各セクションから最低限の結果報告だけを吸い上げ、淡々と議事を進めていった。その手腕は確かに見事で、指導者には時として冷徹な判断力が求められる。それはトゥリフィリにもわかる。  だが、違和感は消えずむしろ膨らんでいった。  ナツメはいつも、判断する価値もないとばかりに断定していることがある。  竜と戦い、竜を研究し、そのためにS級能力者を運用する。  避難民も自衛隊も、あの渋谷のSKYさえもゲームの駒のように扱っているのだ。  それは勿論、反感を生み出す。 「待ってくれ、ナツメ! アタシ達自衛隊の損耗率が高い。そもそも自衛隊は、国民を守る防衛機構なんだ。なのに現状、新宿の外への探索任務が多く、それも急ぎ過ぎている!」  椅子を蹴ったのは、リンだ。赤い髪を短く切りそろえた彼女は、この場でも野戦服とボディアーマーで身を固めている。その姿がトゥリフィリにも、自衛隊の過酷な任務を自然と想起させた。  だが、ナツメはリンを一瞥して眉を潜める。 「あら、自衛隊はよくやってくれてるわ。この調子で池袋や四谷の方へ斥候を出して、強行偵察任務を続行して欲しいのだけど」 「それをやるなら、そっちのムラクモ機動13班、そしてS級能力者達が適任だ! 自衛隊は都庁の防備を固め、避難民の守備と各施設の復旧作業に――」 「13班達S級能力者は切り札よ? 無駄遣いはできないし、リスクのある行動はさせられないの。自衛隊なら話は別、それに……都庁を守る必要はないわ。優先度の高い要人もいないし、ムラクモ機関は独自の防衛力を維持できています」 「避難民を守るっていったろ、ナツメッ! それとも何か? 避難民は二の次、三の次か!? 細々とした要望が出てるし、生活水準だって最悪だ。なんとかしなきゃいけないだろ!」  だが、ナツメは全く取り合う素振りを見せない。  そのことが、苛立つリンを更にヒートアップさせる。  会議室の扉が勢い良く開かれたのは、まさにそんな時だった。  険悪な場の空気が洗い流されるように、明るい声が響く。 「ハーイ! オッマタセネー! ……ンン? なになに、どーよ? この空気どーよ! どしたのミンナ、ホワット!?」  突然、褐色の肌も顕な若い女性が現れた。  彼女は周囲を見渡し、会議室の重苦しい空気に露骨な呆れ顔を見せる。肩を竦めてみせるのだが、不思議とトゥリフィリには悪意が感じられない。どこか無邪気で無垢な、それでいて知性とウィットな余裕を感じさせる美女だった。 「しからばリッスントゥミー! アタシは古菅チェロン、NGO法人『世界救済会』の代表やってるます! 避難民のヘルプミーはアタシにオマカセ!」  はちきれんばかりの笑顔で、チェロンはじっとナツメを見据える。  真っ直ぐナツメを見て話す人間を、トゥリフィリは初めて見た気がした。どこか近付き難い才女といった雰囲気で、ナツメには隙が全く感じられないからだ。だから、先程のリンもそうだが、対話や議論になると気圧されてしまう。淡々と正論のみを積み上げ、相手の主張は考慮しない……そして、それが正しいと証明してしまう強さがナツメにはあった。  反面、チェロンの口からは徹頭徹尾を極めたような過剰論が語られる。 「ミンナ困ってるネ、メニメニ困ってる。そんな心のキューサイ、必要じゃん? そゆ訳でアタシ、被災地ラジオを始めマシタ。ヘイ、カモン! アシスタント!」  チェロンが指をパチン! と鳴らすと……書類の束を山と積み上げ抱えた少女がやってくる。よろよろとおぼつかない足取りで、彼女はバインダーや封筒の束から顔を覗かせた。 「ど、ども……一ノ瀬アヤメです。チェロンさん、これ……避難民の皆さんから、の……要望、です!」 「グッジョブ! サンキュね、アヤメ。アタシ達で避難民の生活改善、取り組みマス。で、難易度の高い仕事だけ、クエストとして13班にお願いオッケー? 勿論、相応の礼を用意するヨ。……ナツメにじゃなく、アタシは13班に聞いてるノダ……どうだい、ヒーロー!」  えっ、と思わずトゥリフィリは自分を指差した。  眩しい笑顔のチェロンが、人懐っこくトゥリフィリを見詰めてはにかむ。  ナツメはやれやれと溜息を零したが、トゥリフィリに発言を促した。だから、立ち上がるとトゥリフィリも考えを整理しつつ答える。 「えっと、安請け合いはできないけど……資源回収班や待機中のS級能力者で手分けすれば、大丈夫だと思います。てか、それ……やりたい、です。やれるだけ、全力で」 「オゥ! サンキュベリマッチ! さっすがネー、ヒーロー!」 「ヒーローだなんて……ただ、ぼくはヒロインって柄じゃないし。できることしかできないけど、やれるだけやってみたいかな、って」  こうして話はまとまった。  アヤメと呼ばれた少女が纏めてくれたファイルの中から、難易度の高い案件だけが抜粋される。他にもチェロンがDJとしてラジオ放送を行うブースでは、常時クエストという形で避難民達の声なき声を吸い上げるという。  そして、ナツメはそのことを否定も拒絶もしなかった。  彼女はただ、時間が惜しいとばかりに話を続ける。 「それで、13班なんだけども……国分寺方面に向かう地下道を調査してきて頂戴。さっきも言ったけど、自衛隊には池袋方面を今、探索してもらってるわ」 「わかりました、ナツメさん」 「トゥリフィリ、先に資源回収班、ムラクモ回収15班に行ってもらってるけど……少し不安なの。最近頻発してる地震は、地下に何か異変があるからかもしれないわ。くれぐれも慎重に、そして無理はしないこと。いい? 一式も、ちゃんと彼女達を守るのよ。死守、いいかしら?」  気遣いを着せた言葉には、やはりどこか冷たさがつきまとう。  上に立つもの特有の、非情なる英断というには、どこかそれは寒々しい。  それでもトゥリフィリは、自分がベストを尽くすことを自分だけに求め、頼れる仲間のためにも全力を尽くすと誓うのだった。