都庁を奪還してから、既に半月が経っていた。  ムラクモ機関を中心に、都民の多くが避難生活に慣れ始めている。まだまだ不安だらけで全てが不足していたが、自衛隊の活躍も会って徐々に日々は安定しつつある。  トゥリフィリもゆずりは達の物資回収15班と、毎日忙しく働いていた。  今日も衣料品の配布が行われ、玄関前のエントランスホールは混雑していた。  そんな中で、トゥリフィリは少女の手を握って歩く。 「キリちゃん、はぐれないでね。えっと、シイナはどこに……ああ、いたいた」  都庁に来てからも、キリコはツンケンとして全く周囲に馴染もうとしない。  だが、不思議とそんな彼女を誰もが構って優しく接した。それがわかるからだろうか? キリコもまた、相変わらずの憎まれ口を叩きつつも素直だ。  今日も、セーラー服しか持ってない彼女のために、シイナが服を選んでくれる予定である。そして、金髪をツインテールに結った女装姿は目立って、すぐに見つけることができた。 「あ、フィー! こっちこっちー、やほー!」 「シイナ、キリちゃんも来たよ」 「よしよし、君が噂のキリちゃんね……むふふ、ちょっと好みかも」 「こらこら、そういう顔しないの! キリちゃん、シイナとはもう一緒に仕事したことあるよね? 今日はさ、服をみんなで選ぼう? いつも着たきり雀だし」  キリコはいつもセーラー服姿だ。  トゥリフィリが顔を覗き込むと、彼女は俯いてしまう。 「これ、姉さんのだから。唯一残ったものだから」 「あ……サキさんの」  今のキリコが生まれたのは、先代が死んだからだ。  キリコの名とセーラー服以外、何も残さずに彼女は死んだ……サキという本当の名前すら残さず、675代目の羽々斬の巫女として死んだのだ。  そして、そのことが一人の少年を歪めて次なる巫女へと生まれ変わらせた。  キリコは今でもここにいる……日ノ本がある限り、その全てを邪悪から守るために。  そんなことを思い出して、ついついトゥリフィリも深刻な顔になってしまう。  だが、腰に両手を当ててシイナはぺっかりと笑った。 「大事な服なら、手入れして着回さないとねー? ずっとそればっかり着てると傷むの早いし。んー、ちょっとおいでおいでー」  相変わらずのマイペースで、シイナはワゴンの前へと二人を引っ張る。  まるでバーゲンセールのように混雑する中、久々にトゥリフィリは避難民達の笑顔を見た。ここには部屋着からドレスまで、ありとあらゆる衣服が持ち込まれている。渋谷でSKYの者達も手伝ってくれて、衣食住の中の衣、着るものにはしばらく困らなそうだ。  そして、逼迫した危険な避難生活でも、人々は忘れていない。  一着を奪い合う声も聴こえるが、同じくらい一着を譲り合う笑顔も多かった。 「はいこれ! もー、キリちゃんもフィーも細いから羨ましいんですよ? あと、これとこれと、これも!」 「あ、ありがと……キリちゃんも、ほら」 「うん……ありがとう、シイナ」  キリコはおずおずと礼を言って、渡されたジャージや寝間着、そして任務にも耐えそうな服を何着か渡された。  そして、トゥリフィリも自分にシイナが選んでくれたものへ目を落とす。 「ねえ、シイナ……これ、スカートなんだけど」 「そだよん? フィーさ、綺麗な脚してんだからスカートとかはきなよー」 「や、それは……いやいや! それは!」 「ナガミっちゃんも言ってたよ? 班長の脚って凄いよなーって」 「……ホ、ホント?」 「まあ、半分くらい脚力的な意味だろうけど、ムフフ」 「だよね、そうだよね。ナガミツちゃんだもんね」  ここにいない少年の話題が、不思議な女子力で広がってゆく。  そんな時、何故か不機嫌そうにキリコはトゥリフィリの手を強く握ってきた。変な懐かれ方をされているが、特に気にしないのがトゥリフィリという女の子だ。  そして、ボーイッシュ女子と女装男子が揃って服を選び出す。  トゥリフィリも自分でキリコにアレコレ選びつつ、めぼしいものを物色した。 「あ、これいいかも! ねえフィー、こういうのは――んん?」  シイナが手にして引っ張ったのは、ちょっと大人っぽいスーツだ。タイトスカートとセットで、キャリアウーマンの強さを演出してくれそうな一着である。常々自衛隊やムラクモ機関の会議に出る度、トゥリフィリが悩んでたのをシイナは覚えていてくれたのだ。  いつも普段通りの服装で出ているが、周囲は制服とスーツばかりだったから。  しかし、シイナの手にしたスーツは奇妙な抵抗感でワゴンの中を出てこない。  そして、その逆端を握る少女と目が合った。 「エジーさ、こういうのも着なよ。すらっと欲しくて背が高いんだから絶対に似合う……おろ? おろろ?」  そこには、エグランティエを連れたチサキがいた。  ゴスロリ同士で一着を奪い合う構図になって、視線と視線がバチバチと交わる。 「わたしの方が先に目ぇつけたんですけどー? っていうか、フィーは班長だからこういうのも必要だし?」 「ほうほう、ほうほうほうほう! ……んで? フィーにはちょっとサイズが会わないんじゃないかなあ? ね、エジー?」 「……ん、わたしは別に……ああそうだ、羽々斬。下着とかは足りてるかい? こっちおいで」  エグランティエはのらりくらりと苦笑しつつも、やんわり面倒ごとから逃げた。  キリコもエグランティエがあれこれ言えば、不思議といつも素直だ。  剣で戦うサムライ同士、彼女なりに目上のエグランティエへ敬意を感じているのだろう。それとも姉の面影を重ねてるのか……そんなことを思ってると、二人は行ってしまった。  そして、目の前ではスーパーゴスロリ大戦が始まる。 「ほらー、エジー行っちゃったよ? ってことは、フィーのでいいよね、これさー」 「はっはっは、シイナは面白いなあ……あ、ちょっと、そんなに引っ張らないでよ!」 「手、離せば? 伸びちゃうって」 「伸ばすのは鼻の下だけ、ってね! あんましがめつい子は男の娘需要減るよ?」 「べーつにー? わたしは自分さえよければいいし。チサキこそどうなのさ」 「フッ、よくぞ聞いてくれました。じゃあ……詳しくは部屋で? する? 致しちゃう?」 「そうくるかー、ムフフ……それも、いいかなあ」  おいおい君達とトゥリフィリが呆れていた、その時だった。  不意に地面が揺れた。  ぐらりと都庁全体が震えて、轟音。  耳をつんざく爆発音だ。 「な、何? いつもの地震!? ……じゃ、ない!」  巨大な地下の帝竜、ザ・スカヴァーが都内を常に揺らす。その地震は日々、都民達を帯やかして心を苛んでいた。  だが、今回の揺れは明らかに違う。  そして、明確な敵意をもった攻撃だとトゥリフィリは直感した。  エントランスの全ての都民が、不安げに顔を見合わせる中出悲鳴を聴く。  パニックが広がりつつあった、その時だった。  野太い声がぶっきらぼうに叫ばれた。 「心配ねえよ、こりゃ威嚇だ! 都庁の何百メートルも先に着弾した竜の攻撃だ。だが、外れた……向こうはこっちを正確に攻撃できねえんだよ。今はな」  振り返る視線の先に、腕組み佇む巨漢の姿があった。  それは、衣類の山を抱えたアオイと一緒のガトウだ。彼は周囲を安心させるようにぐるりと見渡し、再度大きな声で「大丈夫だ!」と太鼓判を押す。  だが、その目はトゥリフィリを見付けて小さく告げてきた。  再び戦いが始まると。  その日、池袋方面からの帝竜の恐るべき攻撃が始まったのだった。