今までトゥリフィリ達13班が集めてきた、Dz。  それは、ドラゴンからのみ採集される特別な物質だ。時に条理を超えた合金を生み出し、また時には万病に効く薬をもたらす。ドラゴンはそれ自体が天災クラスの脅威であると同時に、人類にとっては未知の恩恵を詰め込んだ宝箱でもあった。  その全てが今、自衛隊に提供された。  それで今、都庁の中に開かれた工房は大忙しである。  トゥリフィリも今、多くの仲間達と共に工房を訪れていた。 「よぉ、嬢ちゃん。注文のものはできてる。ちょっと待っててくれ」  トゥリフィリを出迎えたのは、一人の老人だった。  名は、ワジ。  名工と名高い、一流の職人だ。彼はケイマやレイミといった仲間達と一緒にアイテムを作っている。品揃えは武器や防具、そして様々な効果をもたらすアクセサリ、薬品類と多岐にわたった。  彼等も開放されたDzの恩恵に預かり、こうして新作が次々と生み出されているのだった。  やがて、ワジに代わってゴスロリのエプロンドレスを着た少女がやってくる。 「お待たせしましたぁ、トゥリフィリさん! 出来上がってますよぉ」 「ありがとうございます。……おおー、なんか凄いですね、これ」 「わかりますぅ? 自信作ですっ! グレネリンコたんに負けず劣らず、協力ですよっ!」 「……グレネリンコ、たん?」 「はいっ、レイミの相棒にして半身、グレネリンコたんですっ!」  スチャッ! とレイミは……スカートの中から巨大な銃を取り出す。それは、リボルバータイプのグレネードランチャーだ。黒光りする銃身に、思わずトゥリフィリは引きつった笑いが浮かんだ。  だが、スペックの詳細を喋り出したレイミに相槌を撃ちつつ、新作の銃を手に取る。 「スティンガー、毒針、ね……うーん、ちょっと重い、かな?」  今までトゥリフィリは7mm口径のオートを使用してきた。両親から渡されたもので、今までの鍛錬も日常も一緒だった。だが、流石にドラゴンやマモノが相手で圧力負けする局面が増えてきたのだ。  少し残念だが、今まで愛用してきた銃はしまっておく必要がある。  より強い攻撃力、殺傷力が必要とされていた。  スティンガーは9mm口径で銃身も二回りほど大きい。 「すぐに慣れますよぅ。それに、レイミ思うんです……トゥリフィリさんなら使いこなせる! って。だってぇ、トゥリフィリさんって……レイミと同じ匂いがしますもの。キャッ! 言っちゃったぁん」 「ど、どうも……はは。でも、そうだね。取り回しが少し悪くても、攻撃力を確保しないと」  手に馴染まぬグリップは、これから自分の汗と血に濡れてゆくだろう。その中で、この銃もまた相棒と呼べる領域に呼び込める筈だ。その時、己の手足のように扱うことが可能になる。  そして、また新しい銃が開発された時には、その繰り返しだ。  満足とは言えないが、納得が得られてトゥリフィリは武器を受領する。  背後で典雅な声が響いたのは、そんな時だった。 「トゥリフィリ、ちょっといいかしら……?」  振り向くとそこには、意外な人間が立っていた。  その顔を見て、逃げるようにレイミが仕事に戻ってゆく。  新調したガンホルダーに武器を納めて、トゥリフィリはその女性に向き直った。 「ナツメさん……え、えと」 「トゥリフィリ、貴女には謝っておかないとと思って。少し、いいかしら?」 「はあ」  先の会議では、ナツメは孤立してしまった。  ムラクモ機関の手動による組織的な帝竜撃破のために、彼女はシステマチックに話を進め過ぎたのだ。それが、本来協力すべき自衛隊員の無駄な損耗を招き、協調体制にヒビを入れた。都庁の避難民に対しても、あまりにも蛋白だったのがナツメという女性だ。  今、官女の指揮権は凍結されている。  それでも、ムラクモ機関の総長がこんな場所に現れるのは珍しかった。 「トゥリフィリ、私に幻滅したでしょうね……ごめんなさい」 「いえ……ただ、ぼくに謝るのは何か違うっていうか。その、上手く言えないですけど……ナツメさんにも、ナツメさんにしかできないことってあると思います。それは、自衛隊のみんなも一緒だった、筈です」  ナツメは静かに首を横に振った。  何かを否定するかのように、眉間に小さくしわが寄る。 「トゥリフィリ……私には、私にしかできないことなんてないの。特別な力を、何も持ってないのよ? だから……貴女達がうらやましい」 「そっ、そんなことないですよ! それに……ちょっとやりかたを間違えただけですから」 「そう、かしら」  珍しく多弁なナツメが話してくれた。  ムラクモ機関の総長、日暈棗……彼女は生まれながらの秀才として、あらゆる分野で力を発揮してきた。身体能力に敏捷性、運動能力……のみならず、精神的な力やその内面、全てに置いてA級の力を持つ少女。万能の力を神は、ナツメに与えたのだ。  だが、世の中にはそれすら凌ぐ、S級の能力者がいる。  トゥリフィリ達、ムラクモ機関の戦士達だ。 「私はね、トゥリフィリ……何でもできた。でもそれは、何にもできないのと同じ。私には、極めた何かがないの。だから、それを補うためには決断を謝る訳にはいかないわ」 「そう、かな……あの、ぼくは難しいことはわからないです。けど……ぼく達はナツメさんが集めた人間だし、みんなナツメさんが紡いだ縁だと思うから」  いつになくナツメが、穏やかな表情を浮かべる。  彼女はいつも、凛として涼やかな緊張感に満ちていた。それが、ムラクモ機関の総長としての顔なのだ。だとすれば、今は違う。  彼女は静かに、トゥリフィリへと囁いた。 「……私と来てくれるかしら、トゥリフィリ。貴女の力が必要よ……力を貸して欲しいの」 「わかりました」  トゥリフィリは即答してしまった。  今の時間は任務前で待機中だし、余裕もある。  そして、すぐに彼女は工房へと振り返った。 「ごめーん、みんな! ちょっと、手が空いてたら集まってくれるかな?」  ナツメが初めて見せる驚きの表情を、トゥリフィリは見なかった。  だが、彼女が手をあげ声をかけると、すぐにいつもの面々が集まる。 「どうした、班長。……俺は13班の、班長の……備品。いや、そうだった者だ。助力は当然と判断する」 「カカカッ! 硬いぞナガミツ! 貴様、まだ少しわかっとらんようだな」 「ほらほら、ナガミっちゃんもキジトラ先輩もー、いいからいいから」  あっという間に、13班の面々の大半が集結した。トゥリフィリの言葉に、すぐに集まってくれた仲間達。その顔を見渡し、再度トゥリフィリはナツメを振り返る。 「何でも言ってください、ナツメさん。ちょっと失敗しちゃったかもしれないし、取り返しがつかないかもしれな。それでもナツメさんは……ムラクモ機関に必要な人ですから」 「……トゥリフィリ、貴女」 「ぼく達全員で、仲間と一緒なら何でも早く片付くかなって」 「そうね……でも、ごめんなさい。貴女達の手をわずらわせるまでもないみたい。私が声をかけたのは、トゥリフィリ、貴女だもの」  その寂しげな笑みの真意が、トゥリフィリにはわからなかった。  ナツメは「ごめんなさいね」と弱々しく微笑んで、自室へと引き上げていった。  背中を見送るトゥリフィリは、言葉にできぬ不安を感じて見送るしかできなかった。