長い長い、天へと続く真っ直ぐな線路。  その先へと登り詰めたトゥリフィリ達を、空の玉座が待ち受けていた。開けたフロアは、空中に浮かぶ闘技場……そして、恐るべき帝竜ジゴワットの狩りの場だ。  だが、不思議と恐怖も不安も感じない。  きっと、左右に立つ二人がどちらも奪ってくれたのだ。 「こいつが帝竜ジゴワット……しくじるなよ、キリッ!」 「お前こそな、ナガミツ! ガトウさんの弔い合戦だ!」  意気込む二人が、走り出す。  トゥリフィリもすぐに、雌雄一対の拳銃を抜き放つ。両手に吸い付く感覚は、もう重さを感じない。  二人を追いかけ走る少女に、激しい弾幕の嵐が降り注いだ。 「ナガミツちゃん! キリちゃんも! まずは小型の砲台を潰して!」  その巨躯はまさに、そびえ立つ要塞。  全身に無数の砲塔が生えて、獲物を狙って旋回を続けている。そして、背には一際巨大な大砲が天を睨んでいた。あれが恐らく、新宿を狙って砲撃してきた荷電粒子砲だろう。その命中精度は、徐々に都庁へと狙いを絞ってきていた。  今日倒さなければ、恐らく都庁はこの場から狙撃され、破壊される。  鉄火場と化した中を、トゥリフィリは身を低く疾走する。  プラズマとなって降り注ぐ砲弾は、彼女の影すら捉えられない。 「キリ、お前は脚を使え。攻撃は……俺が引き受ける」  ナガミツは真っ直ぐ、ジゴワットの正面へと立った。  そのまま腰を落として身構え、握った右の拳を引き絞る。  相手を探るように左手を開いて伸ばし、その先に竜を睨んで瞳が燃えていた。  肩越しに振り返るトリフィリには、その姿が一人の男を想起させる。山のような大男で、誰よりも大きな包容力で包んでくれた男だ。いつも見守ってくれていた。愛想は悪いが、ずっと気にかけてくれていた。  その人はもう、いない。  皆の心の中へと消えてしまった。  その痛みさえも今、トゥリフィリ達には糧として飲み込むしかできない。 「よぉ、ガトウのおっさん……見てろよ。俺の……俺達、斬竜刀の戦いを」  ナガミツの全身から、機械とは思えぬ殺気が迸る。  それはマモノの意識を集め、竜をも振り向かせる威圧感。全身を防御に固めながら、カウンターを狙って敵を誘う。  あっという間に全砲門が、ナガミツを爆煙と閃光の中へと消した。 「ナガミツちゃんっ!?」 「トゥリ姉っ、あいつは大丈夫だ! それより、上をっ!」  キリコの声を聞いて、言葉を知るより先に身体が動く。  そして、彼女の言う通りだった。  巨大な尾の一撃を飛び越え回避し、そのままトゥリフィリはジャンプ。突き出た砲身の一つに、鉄棒運動のように掴まる。伸ばした片手が銃を落としたが、そのまま遠心力を付けてさらに上の砲塔へと跳躍した。  全身ハリネズミのように張り巡らせた武装が、ざわざわと不気味にうごめく。  振り落とそうとしてくるその動きに逆らい、巨大な竜の背をトゥリフィリは駆け上がった。 「ん、なんだろ……背中が、光ってる! ……まさか!」  ジゴワットは不意に動きを止めた。  その瞬間、風がさらった黒煙からナガミツが飛び出してくる。  人間以上の強度を誇る肉体に、人間同様の武術と体術の技を駆使した防御術だ。見慣れた詰め襟はほつれているが、振りかぶる彼の腕には紫色の布が揺れていた。  まるでそれは、ナガミツの闘志を体現する焔のようだ。 「動きが止まった……おら、よっ!」  鉄拳が巨大な竜を揺るがす。  だが、背の大砲をゆっくりとナガミツに向けながら、ジゴワットを包む光が強さを増していった。  焦るトゥリフィリは、一気に頂上まで駆け上がる。  主砲の根本へと拳銃を捩じ込み、迷わず銃爪を銃身に押し込んだ。 「このっ! チャージをやめてっ! やめて、止まって!」、  回転する空薬莢が、次々と宙に舞う。  灼けた銃身がガチン! と鳴って、無言で弾切れを告げてきた。  そして、いよいよジゴワットは輝きを増してゆく。  見下ろす先でトゥリフィリは、巨大な砲口を前に身構えるナガミツと目が合った。彼は小さく頷き、いつもの無表情だ。側で剣を構えるキリコも、ただ前だけを見詰めている。  そして、竜の咆哮が光を呼ぶ。  周囲を真っ白に染めて、トゥリフィリは何も見えない空に包まれる。 「ナガミツちゃんっ! キリちゃん!」  永遠にも思える、一瞬。  自らが構築した迷宮すらも破壊する、圧倒的な熱量が去った。  バチバチと空気中にプラズマを回せながら、煮え滾った空気が徐々に白煙を脱ぎ始める。  そして、トゥリフィリは見た。  溶けて崩れ去ったフロアの片隅……捻れた線路が突き出た上に、人影が立っている。 「よぉ、キリ……へばってねえだろうな」 「誰が……それより、見ろ……奴が、隙だらけだ」 「へっ、上等……じゃあ、やるか」 「ああ……やっちゃおう」  瞬時にトゥリフィリは理解した。  ナガミツは咄嗟に、己の拳を全力で地面に叩きつけたのだ。そうして、めくれ上がった仮初の大地を盾にした。いわゆる、畳返しの要領である。  帝竜が条理を無視して生み出した空間、それが迷宮だ。  その構造物は、流石にジゴワットの全力に耐えきれず蒸発した。  奥で熱に耐えた二人を残して。  そして、ナガミツとキリコは同時に地を蹴った。 「逆巻け、旋っ! 烈風の刃!」  キリコの剣筋が、真空の鎌鼬現象を巻き起こす。その風に包まれ、ジゴワットの巨体が僅かに揺らいだ。  即座にトゥリフィリは、空のマガジンを銃に吐き出させて飛び降りる。  そのままマガジンを交換して着地、同時に片膝を突いて両手で精密射撃。 「このまま、押し込めば……ッ!」  狙いを絞った弾丸が、振り向くジゴワットの右目を抉った。  絶叫が迸る中へと、ゆっくり、しっかりとした足取りでナガミツが歩く。その拳は、バキバキと痛みが聞こえるほどに強く握り締められている。  同時に、自らが発した風で舞い上がったキリコが、空中で大上段に剣を振り上げた。 「これは、英霊となって散った……自衛隊の分っ!」  ドン! と真っ向唐竹割りで、キリコの太刀が縦にジゴワットを切り裂く。  真っ赤な鮮血が舞う中で、ナガミツは渾身の一撃を繰り出した。 「あと、これは……ガトウのおっさんの分だ。わかったら……さっさとオッ死ね!」  奮った拳が、ジゴワットの中心を射抜く。  巨体が吹っ飛び、フロアの端まで轍を描いて……そして、痙攣しながら光りに包まれ、爆散した。天空より迫る脅威が、その迷宮ごと破壊された瞬間だった。