一つの戦いが、終わった。  それでようやく、人々は心の平穏を取り戻した。  決して取り戻せぬ犠牲を、その死を受け入れることもできたのだ。  トゥリフィリは都庁に帰還し、仲間達の出迎えに歓迎されていた。驚いたことに、SKYのダイゴとネコも来ていた。タケハヤが、13班が不在の都庁を気にして送ってくれたのだという。  トゥリフィリは周囲が歓喜に湧く中、エントランスでネコから飲み物を受け取った。 「おつかれー! ま、アタシは心配してなかったけどね! ……けど、タケハヤが言うからさ」  祝勝ムードの中、ネコは置きっぱなしの資材の上に腰掛ける。  トゥリフィリもその横に並んで、二人で市民や自衛隊の笑顔を見守った。 「で、どう? 今回、ナガミツとキリコが一緒だったじゃん」 「う、うん。どう、って」 「にゃはは! それは、つーまーりー」  そっとネコがトゥリフィリの耳元で囁く。  その言葉が、突然トゥリフィリの頬を熱くした。 「なっ、ない! 全然ないし! そういうの、なかった、けど……だけど」 「けど? けど、なーに? ほら、ナガミツはそういう機能はないけど男の子だし、キリコは……おっかない家だよね。一人の人生、まんま性別ごとおっ被せちゃうんだもの」 「う、うん。でも……ぼくとはなにもなかったけど、二人はなんかあったみたい。打ち解けた、まではいかないけど」  ネコは意外そうに「ふーん」と目を丸くした。  彼女はその名の通り、表情がコロコロ変わる気分屋だ。トゥリフィリに仲間の二人とのアレコレを聞いてきたのに、予想外の答が返ってくるや話題を変える。  そんな彼女にトゥリフィリは、今は不思議と親しみを感じる。  トゥリフィリだって以前は、ちょっと護身術や銃火器の扱いを勉強した程度の、普通の女子高生だったのだ。今のネコのように、周囲には同世代の女の子がいて、普通になんでもない話をしていた。  渋谷にできた新しいアイスクリームのお店とか。  夏のバーゲンに誰といくかとか。  ちょっと隣の高校の男子達とカラオケはどうか、とかだ。  その日常は全て奪われ、全部は戻ってこないだろう。それでもトゥリフィリは、さらなる喪失に涙する人達を減らそうと頑張ってるつもりだ。 「でさあ、フィー。……アンタさ、どう思う? タケハヤのこと」 「えっ? んー、えっと……よくわかんないんですけど」 「わからないなりになんか思うじゃん? 格好いいなー、とか。イケメンだなー、とか。美形だよなー、とか」 「それ、だいたい全部同じ意味の言葉ですよね」  照れくさそうに笑って、ネコはおずおずと話の趣旨を話し出した。 「タケハヤさ……あのオンナに惚れてるの。二人はもう、付き合ってる」 「あの女……ああ、アイテルさん! じゃあ、もしかしてネコさんは」 「そ、アタシはタケハヤに惚れてる。でも、ネコはネコでも泥棒猫になるつもりはないの。……今、そういうことしていい時期じゃないし。仲間、だしさ」  何故、彼女はトゥリフィリにこんなことを打ち明けてくれるのだろうか?  素直にそう聞いたら、彼女は笑った。 「フィーが一番正直そうで、すれてないし免疫もなさそうだなら。シイナ? ダメダメ、ぜぇったい、ダメ! あと、フレッサさんはー、うーん……エジーもエジーだし」 「それで、ぼく?」 「そだよ? まあ、期待通りだったけどさ」  それだけ言うと、彼女は不意にポンと床に飛び降りた。そして「んじゃね!」と行ってしまう。足早に去るネコを、遅れてスーツ姿の紳士が追いかけていった。 「寧子! 待ってくれ、君は寧子なんだろう!」 「あーウルサイ! そんなの知らないって! ついてこないで!」  まるで嵐のように、二人は都庁の奥へと消えた。  それを見送っていると、ふと視線を感じて首を巡らす。  そこには、緊急メンテナンスを終えたナガミツが立っていた。 「班長、お疲れ」 「ありがと、ナガミツちゃんもお疲れ様」 「その……隣、いいか?」 「……へ?」  相変わらずぶっきらぼうで、顔も表情に乏しい。  だが、以前の冷たさ、そして危うさが薄れている。  黙ってトゥリフィリは、ポンポンと隣を叩いて座るよう促す。 「……さっき、ガトウのおっさんに報告してきた」 「そっか。きっとさ、ガトウさんも笑ってるよ。褒めてくれてると、思う」 「そう、か? どうして」 「みんなを守れたから。そのために命をかけたことを、無駄にしなかったから」  俯きながらも、ナガミツは自分を納得させるように「だな」と呟いた。  不思議と今日は、普段より素直だ。いつも備品と自分を位置づけ、二言目には班長、班長、班長……彼にとってトゥリフィリは、自分という兵器の管理者でしかないのだ。  この瞬間までは、それでも今はいいと思っていた。  現状そうだったから。  だが、全てが現状のままで続くなんて、ありえない。 「な、なあ……班長。頼みが、ある」 「ん? 珍しい! ナガミツちゃん、どしたの? 具合悪い?」 「不具合はなかった。消耗品等、各部の部品交換をしただけだ。キリの奴は……なんか、フレッサがつきっきりで看病してる。ま、大丈夫だろうさ……奴ぁ殺しても死なねえよ」  それだけ言うと、ナガミツはトゥリフィリに向き直った。  真っ直ぐ見下されて、何故か照れてしまう。  ナガミツは、意外なことを言い出した。 「なあ……俺も、エジーやシイナみたいに……その、フィー、って呼んでいいか?」 「……ほえ?」 「俺は、よくわかんねえんだけどよ。これからは、ただの備品じゃやっていけねえ……それだけじゃ、誰も守れねえってわかった。だから……俺はフィーの斬竜刀になる」 「え、えと、その……いっ、いいよ! ……フィーって、呼んで。これ、命令じゃなくてお願い! いい?」  大きく頷き、ナガミツは神妙な顔だ。  だが、心なしか綺麗な瞳が嬉しげに輝いている。 「俺は……ガトウのおっさんに教えられた、気がする。拳の使い方と、拳を握る意味……それを、誰かに伝えて、誰かと一緒に使いたい。そうしたら、おっさんの死だって無駄じゃないって思える。だから」 「だから?」 「フィー、お前を……俺の戦う理由にしちゃ、駄目か?」  突然のことで、トゥリフィリは顔が熱くなった。  耳まで真っ赤になっていると感じるほどに、火照ってくる。  ナガミツは返事をねだるような真似はせず、そのまま並んで座る資材の山から降りた。 「なんか、そんだけだ。そんだけ、言いたくなった。悪ぃな……でも、ありがとう。フィーと一緒に、俺は戦う。みんなを守るお前が危なっかしいから、お前を守ることで俺は斬竜刀になれる……斬竜刀をやれる気がするんだ」 「ナガミツちゃん……ぼ、ぼくは、別に……好きに、して、いい、けど」  その時、トゥリフィリは見た。  見間違えかと思ったが、確かに目撃したのだ。  ナガミツはもう一度「サンキュ、な」と言って……不器用に笑ったのだ。それは、僅かに口元が緩んだだけの、まだまだ仏頂面でしかない笑みだった。  だが、彼は初めての笑顔を、普段から機微すらない表情を見分けていたトゥリフィリに向けてくれたのだった。