『ニィハオ! ジュマペル、チェロンフルスガ、スムニダ! さぁ、午後も陽気にアゲアゲ、アゲイン! カモン、ニューカマー! アシスタントを紹介するネー!』 『は、はひっ! あ、えと、アヤメっていいます。よろしくおねがいしまぴゅ! ……あ』 『ドンマイッ! 噛み噛みで神ってたネー! アヤメは有名だから、知ってる人いるかも?』 『あ、いえ……そこまで有名じゃ、ってかドマイナーで……あ、一曲目、かけますねっ!』  今日も陽気に、チェロンがDJを務めるラジオ放送が流れる。  池袋からの超電磁砲による攻撃がなくなり、都庁の避難民達は皆、活気付いていた。まだ、竜災害は収まらない……マモノも各地に跳梁して、一般市民は外も出歩けないのだ。  だが、希望の光が僅かに灯った。  それを掲げて走るトゥリフィリは、改めて自分の責任に身震いする。  それでも、やるしかない……やれる人間は自分達しかいない。そして、自分達は誰もが一人じゃないのだ。だから、逆風が吹き荒ぶ闇の中でも、小さな炎を守って走れる。 「あっ、ナガミツちゃん。ちょうどよかっ……ナガミツちゃん? あ、あれ?」  トゥリフィリはいつものエントランスで、ナガミツの姿を見つけて駆け寄る。  だが、常にトゥリフィリの接近に過敏な彼が、不思議と背を向けたまま仲間達とミーティング中だ。  どんな時でも、ナガミツはトゥリフィリに振り向いてくれる。  センサーが捉える固有の全てを、彼は拾ってしまうのだ。  彼は、言った……トゥリフィリを戦う理由にしていいかと。  今までの管理者、13班の班長としてではない。  トゥリフィリという一人の少女に対してそう言ったのだ。 「うー、自意識過剰かなあ……で、でも、おーい。ナガミツちゃーん?」 「っし! まだドラゴンがいそうだな、このあたりは……おう、キリ! キジトラも、いいか? すぐ行こうぜ」 「わかっている!」 「カカカッ! よかろう……要救助者が見つかるかもしれんしな。では、いざっ!」  三人は、そそくさと出ていってしまった。  確か、午前中もはるばる地下道を探索して回っていた筈だ。あいかわらず小さな地震は頻発していて、例のザ・スカヴァーと名付けられた帝竜は居座っている。  だが、少しずつ都庁から電力を回して、地下道の照明を復旧しているのだ。  解放された道を進んで、その先で要救助者を助けてドラゴンを討つ。  それにしても、トゥリフィリにはいささか三人がオーバーワークに見えた。他にも、何故か普段はサボり常習者のシイナや、けだるげに過ごしているエグランティエも、朝から熱心である。  そして、その理由を教えてくれる人物が現れた。 「ああ、ちょうどよかった、13班。……ん? どうした、何か私の顔についているか?」 「あっ、ミヤさん。いえ、なんか……今日、みんな妙に張り切ってませんか?」 「フッ、そのことか」  凛々しい中性的な美人が声をかけてきた。  彼女の名は、藤堂真衣。ムラクモ機関8班、通称建築班を取り仕切る才媛だ。その手腕は事務仕事から現場での作業まで、完璧の一言。テキパキと資材を管理し配分して、時にはドリルを持って作業場でも腕を振るう。  だが、トゥリフィリ達にとってはとても優しく気の利くお姉さんだ。  都庁きってのクールビューティは、珍しく柔らかな笑みを浮かべている。 「実は、私の方から改修工事の依頼を出していてな。それで、Dzが少し足りないんだ」 「ああ、それで……でも、なんの改修工事ですか? ワジさん達には先日工房の改修をしてあげたし……あれ? なんかあったかな?」 「うむ。実は、プライベートな時間を親密な者同士で過ごせる、休憩室を計画中だ」 「へえ、休憩室……え? えええーっ! しっ、ししし、親密な!?」 「そう、親密な」  すぐにトゥリフィリは想像してしまった。  それは、どこかピンク色のかわいらしい配色なのに、妙に一方向に尖ったコミュニケーションを誘発させる場所だ。使ったことも入ったこともないが、時々雑誌なんかで見る。  若者に人気と言えば人気で、デートスポットというならそうかもしれない。  赤面するトゥリフィリを冷ややかに見詰めて、ミヤは涼しい笑顔だ。 「今。都庁の避難民達にはプライベートがない。少し落ち着いてきた現状だからこそ、今まで張り詰めていた緊張感を解く必要があるんだ。わかるかな?」 「え、あ、お、おおう……それは、確かに、そうですが」 「今までは、一人で泣く余裕もなかった。そして、死者を悼んでやれる時間も場所もな。だが、13班……君達のおかげだ。完成したら、まず君達に開放して細部の調整を行いたい。是非使って、要望や改善点を述べてくれ」  避難民達は今、都庁の大半を居住区として区切って使っている。  廃材やなんかをパーテーションにしているが、基本的に全員が同じ屋根の下で暮らしているのだ。声は筒抜け、互いの気遣う気配すらも時には疲れる。  何より、皆が心に傷を負ったままでは、それを抱えたままでは……いつか、破裂する。  心に膨らみ続ける不安や葛藤、なにより悲しみをどこかで発散せねばならない。 「でっ、でで、でも……あ、じゃ、ほら! キリちゃん! キリちゃん、前になんか……巫女さんもやれるって。じっ、神社を作ってみんなで」 「避難民の中には神主も住職もいる。宗教は尊いものだが、もっと俗っぽくていいんだ。形式張るばかりでは、リラックスできない」 「でもぉ、そのぉ……御休憩っていうのは」 「安心しろ、ちゃんと宿泊も選択できる。勿論、代価として少し資材を供出してもらうがな」 「宿泊っ!? はうう……」  ミヤの話は、わかる。  理解できるし、共感もする。  だが、ついトゥリフィリの頭の中で、一人の少年が浮かび上がるのだ。  それを慌てて両手で振り払うと、ミヤが不思議そうに首を傾げた。 「ふむ、まあいい……それで、だ。ナガミツ達が妙に張り切ってるが……Dzは圧倒的に足りない。そこで、キリノに相談したんだが」  ミヤはそう言って、手にしていたタブレットに地図を表示した。  東京都の一点にタッチすると、そこが拡大されてゆく。 「ここは……四谷?」 「そう。ここに帝竜が居座り、街中が異界……迷宮と化している」 「なるほど。つまり、まだ未討伐のドラゴンが沢山いるんですね」 「ああ。そして、自衛隊からも僅かではあるが、生存者の反応が検知できたと言っている。ただ……彼等では迷宮に入ってのミッションは難しい。……もう、犠牲は出したくない」  ミヤの沈痛な面持ちに、トゥリフィリも大きく頷く。  そして、彼女は13班の班長として、新たに四谷の迷宮に赴く仕事を引き受けた。 「因みに、あのぉ……四谷って、ほら、あるじゃないですか」 「ん? 何がだ? そういえば、私の好きだった老舗の蕎麦屋があったな」 「いや、そうじゃなくて……オ、オバケとか、出ませんよね」 「………………幽霊なんか出ない。安心しろ、幽霊なんて誰も見ていない」 「いっ、今、すっごい間があった! 幽霊って言い直したし! ちょっと棒読み出し!」  実はトゥリフィリは、あまりホラーが好きじゃない。  映画やゲームもそうだが、ホラーというジャンルが駄目なのだ。この歳になって、怖いという訳ではない。出れば驚くだろうが、オカルト云々に対しては有無を別にして……時々感じることがある。以前も少しキリノと雑談したことがあったが、S級能力者はあらゆる感覚が常人と異なるため、そうした持ち前の能力以外も敏感らしい。 「どうしよ……幽霊かあ」 「なに、ナガミツが守ってくれるだろう? 彼はいい子だ……少し不器用で、みてられないけどね。ふふ、じゃあ頼んだよ」  ポン、とトゥリフィリの肩を叩いて、ミヤは行ってしまった。  彼女の意外な顔が見られた、それはトゥリフィリにとっても驚きだが……全幅の信頼を読み取れば、幽霊なんかにブルってはいられないと気を引き締めるのだった。