スキール音を響かせ、古びたワンボックスがアスファルトを走る。  竜災害の傷跡が未だ生々しい、都内の道路はひび割れデコボコだ。  ナガミツとキリコに挟まれながら、トゥリフィリは向かう先へと思いを馳せ、溜息を零す。Dzを求めてこれから踏み込むのは、四谷に帝竜が広げた迷宮だ。  どうやらそこには、出るらしい。 「それでですねー、先輩。ある人は小さな女の子を見たって言ってて、自衛隊の方達も死んだ同僚を見たって」 「アオイちゃん……その、事前情報はもう、いいよ……うん」 「そぉですかあ? でも、私頑張って集めました! 前もって情報を把握していた方が、トゥリフィリ先輩も安心するかと思って。あ、あと犬のおばけが」 「……アオイちゃん、お菓子あげるから」 「えっ、いいんですか!?」  助手席からトゥリフィリを振り返るアオイは、差し出されたキャンディに瞳を輝かせる。どうしてもカロリーの消費量が多くなる、ムラクモ機関のS級能力者……誰もが小分けして、少量のおやつを携帯していた。  だが、アオイのポーチはパンパンに膨らんでいて、度を越してる。  それだけ大量のお菓子を持ち込んでいるのに、飴玉一つで大騒ぎだ。 「やっぱりトゥリフィリ先輩って、いい人ですね! 私、わかるんです……んー、あぐっ! ほひゅ……ああ、レモン味……初キスの味。ふぉれでれふね、ふぇんはい」 「はいはい、もう喋らなくていいから。……そうなの? レモン味って」 「ふぁい!」  自然とトゥリフィリは、ちらりと隣を見てしまう。  ナガミツは出発した時から、ずっと腕組み黙ったままだ。酷い悪路な上に、運転するキリノのハンドリングも荒い。まるでジェットコースターだが、ナガミツは気にならないようだ。  逆隣のキリコも、傍らの日本刀を抱き寄せたまま無言である。  左右を交互に見やり、トゥリフィリは再度ポケットからキャンディを出した。 「ナガミツちゃん、飴食べる?」 「……おう。この手の糖分過多な駄菓子は、カロリー変換率が高い」 「そ、そう……えっと、美味しい、よ?」 「だろうな。こんなに甘いんだ、そりゃ味を感じるだろうさ」  以前より少し、ナガミツの態度は柔らかい。  相変わらずの無表情で、ぶっきらぼうで少しそっけない。それでも、彼はトゥリフィリが手に握らせた飴玉の、そのパステルカラーの包み紙を丁寧に開けて口へと放り込んだ。  ナガミツは斬竜刀、人型戦闘機……有り体に言えばロボットだ。  動力としてバッテリーを搭載しており、充電することで可動している。だが、人間と同等の消化器官を有し、経口による食事でのカロリー摂取も可能である。無論、素直に充電した方が効率がいいのは言うまでもない。  キリノの話では、一部の生食材以外は適量であれば何でも食べれるそうだ。  そのキリノだが、先程から無言で前のめりである。 「キリノさんも、飴……どうですか?」 「トゥリフィリ、話しかけないでくれ! 気が散る……! 安全運転、集中しないと! ……集中、集中だ……キープレフト、制限速度50km……キープレフト、制限速度50km」  ちょっと、怖い。  トゥリフィリも、予想だにしなかった恐ろしさだ。  四谷の迷宮には幽霊やらおばけが出るようで、ホラーやオカルトの苦手なトゥリフィリとしては腰が引ける。だが、その場へ赴く車中からして、凍れるような恐怖の連続だ。  急ブレーキと急発進の連続。  テンポの悪いシフトアップと、ガタピシ揺れる車体。  右に左にと、廃墟となった町並みを傾きながら進むワンボックス。  正直、気が気じゃない。 「キリちゃんも、はい」 「あ、ありがと……トゥリねえ」 「なんか、難しい顔してたよ? あ……身体、調子悪い?」 「い、いや、大丈夫! うん、平気だ! 身体は、全然」 「そっか。なんかあったら言ってね。ぼく、女の子としては大先輩だから」  にっかりとトゥリフィリが笑うと、キリコは頬を赤らめ何度も頷く。  彼女が飴玉を口に放り込むと、ナガミツが口を挟んだ。  せっかちなのか、バリボリと飴玉を噛み砕きながら朴訥とした言葉を投げかける。 「キリ、お前……怖いのか? 羽々斬の巫女が、なんの科学的根拠もないオカルトに…tねビビってんのかよ」 「ナッ、ナナ、ナガミツ! 私は怖くなどないぞ! うん、怖くない……怖くなど」 「はは、見ろよフィー。こいつブルってるぜ。非科学的だ、ありえねえ」 「ブルってなんかいない! ……うう、あのな……凶祓いの家だから、小さい頃からアレコレ姉さんや母さんの周りに見えてたから……わ、わかるんだよ」  ちょっと待って、その話長い?  トゥリフィリも嫌な悪寒に背筋が震える。  だが、ナガミツは平然とキリコをからかい続けた。 「フィーを見ろ、シャンとしてるじゃねえか。な? ありえないもんなんだよ、幽霊だの魂だのってよ」 「ナガミツ……見たことないから言えるんだよ」 「いいか? 俺ぁオカルトだろうが霊だろうが、信じる奴が好きにすればいいと思ってんだよ。ただ、任務の時は性根を据えろって言ってんだ」  トゥリフィリはこころの中で、ハイワカリマシタと棒読みになる。  まさか、言えない……ガチでキリコが怯えている中、言える筈がない。自分をまだまだ立派な班長だと思ってるナガミツに、実は幽霊とか怖いですなんて。  そうこうしているうちに、横滑りにライトバンは停車する。  ようやく後部座席を振り向いたキリノは、ちょっと怖い笑みを引きつらせていた。 「さあ、到着したよ……ここが四谷の迷宮『常夜の丘』だ」  そこは既に、異界。  真昼の筈なのに、闇夜の空には巨大な満月が浮かび上がっている。  青白い光の中で、四谷の街並みは完全に魔窟へと作り変えられていた。周囲を囲む墓石が、不揃いに連なって回廊を織りなしている。その先へと進むには、巨大な白骨の背骨を歩くしかなさそうだ。  ここからはもう、車で進むのは無理である。  トゥリフィリがあっけにとられていると、アオイが元気よく飛び出してゆく。 「キリノさーん! 機材下ろしますね。私達はここで先輩のフォローです!」 「ああ、急いで設営しよう。今日はナビのミロクやムツがいないから、僕が担当するよ」 「わっ、なにこれ重ーい! ちょっとちょっと、キリノさん! 手伝ってくださいよー」 「僕は肉体労働は苦手なんだ。それより……この気配。フフフ……いるね。それも、沢山」  キリノは妙に陰りのある顔で、薄笑いを浮かべながら眼鏡を上下させる。  これはもう、待ったなし、進むしかない。  車を降りれば、平然としたナガミツがすぐに側に立ってくれる。その端正な横顔を見上げていれば、不思議と頼もしくもあり、不安でもある。  キリコは露骨に嫌そうな顔をしていたが、アオイにチョコバーで励まされていた。 「んー、じゃあまあ……行こうか。みんな、準備はいい?」 「俺はいいぜ? お前もだろ、キリ。……おいお前、本当に大丈夫かよ」 「だっ、だだ、大丈夫だ!」  こうして、四谷の帝竜を討伐するべく調査が始まった。サポート体制を整えつつ、キリノが後続のキジトラ達も援護してくれると告げてくる。  だが、トゥリフィリはこの時夢にも思わなかった。  明けない夜へと飛び込む自分達へと、危険な罠が待ち受けているとは、露程も考えない……考えられない現状なのだった。