都庁の誰もが、混乱していた。  突然の集団昏睡事件、そして消えた避難民……全てが不明のまま、竜災害から孤立した都庁を不安と猜疑が包む。  だが、手がかりはなく、受け入れがたい結果だけが誰の前にも横たわった。  そして、そのことにこれ以上は貴重な時間を割いていられない。  原因不明のまま、受け入れがたい結果を受け入れるしかないのだ。  会議室に集まったトゥリフィリ達の結論も、結局それ以上のものはでてこなかった。 「おけ! メニメニ大変だけど、残りの調査はウィーアーやっちゃう! おまかせネー!」  チェロンがラジオ放送とクエスト整理の合間に、残りの調査を引き継いでくれることになった。集団昏睡事件に関してはもう、あとは地道な聞き取り調査をしていくしかない。そういった意味では、日頃から避難民に寄り添う世界救済会は都合がいい。  一応、カルト教団の聖竜清浄会を洗ってみるとも彼女は言ってくれた。 「さて、と……消えた避難民も問題だけどさ。この場にいない奴の方が、どうしたもんかな」  少し疲れた表情で、リンがギシリと椅子を鳴かせる。  背もたれの後ろに両手を組むと、彼女はぼんやりと天井を見上げながら呟く。  池袋の攻略から、ムラクモ13班の四谷遠征……その間ずっと、自衛隊にはハードワークが続いていた。インフラの復旧と整備、避難民の救護に都庁の防衛。既に隊員達の中にも、疲労で倒れる者達が少なからずいた。  だが、悪いニュースはまだまだ続く。  ムラクモ機関総長、日暈ナツメの失踪。  例の事件で、都庁の最高責任者が消えてしまったのだ。 「逃げた、のかな」  誰の声だったかは、わからなかった。  ここにいる全員の同じ結論が、ふと漏れた言葉だったかもしれない。  だが、決してそうは思わない人物がテーブルを叩いて立ち上がった。 「ナツメさんに限って、そんなことはありあません! ありえないです!」  誰もが首を巡らす先で、少し興奮したキリノが声を荒げた。  彼は早口で、いつもより何倍も大きな声で喋り続ける。 「ナツメさんもきっと、多くの失踪者と一緒に拉致されたんです! ですが、彼女は優秀な人間、その上に強い……これは、一緒にさらわれた避難民には有利に働くかも。そうだ、もう既に独自に脱出し、僕達の助けをまってるかもしれない」  ちょっとビックリするような取り乱し方だった。  だが、誰も言葉を話さなかったし、カジカも「そうだねえ」と肩を叩いてとりなす。そしてキリノを座らせ、その件について今後の話、これからの話をしようと切り出す。  トゥリフィリは時々、このカジカという男が酷く頼もしかった。  同時に、それが極稀に見せる奇跡のようなものだと知っている。 「とりあえずねえ、キリノちゃん。ナツメさんは……ありゃ、逃げたりするタマじゃないから、安心おしよう」 「そ、そうですよね! カジカさんの言う通りです。彼女もさらわれたと見て、まず間違いないでしょう。それを前提に、臨時の指揮系統を速やかに……あ、あれ? 僕、なにか変なこと言ってますか?」  わかりやすいなあ、とトゥリフィリも苦笑が零れた。  隣のナガミツだけが、不思議そうに首を傾げる。  ナビゲーターのムツとナナまで、互いに顔を見合わせて笑っていた。  その理由を、リンが行儀悪く脚を組みながら教えてくれる。 「キリノ、いいんじゃないか? 私は、そういう人間の方が信用できるし……あんたも同じ人間なんだなって、前よりずっとそう感じるよ」 「それは、つまり……どういうことでしょうか」 「信じてるんだろ? ナツメ総長のことをさ」 「それはそうですよ! 当然じゃないですか。……え? あ、あれ?」  ここ最近、ナツメの独断、そして独善は目についていた。彼女の中の焦りがそうさせるのか、それとも? だが、普段から他者に弱みも裏も見せない、完全無欠の女傑としてナツメは振る舞ってきた。  その判断力と決断力は、指導者として申し分ない冷静さを持っていたのだ。  ともすれば、冷酷とさえ思える決断を彼女は乗り越えてきた。  そのことで衝突する人間も多かったが、トゥリフィリだってまだ信じてる。そして、そのことをはっきり口にしてくれたのは、とても意外な人物だった。 「信じれると、思います。あの人、逃げるような人じゃないですから」  それは、テーブルの隅で黙々とカロリーを蓄えていたアオイだった。彼女は自分に殺到する視線に少しびっくりして、そのまま食べていたチョコバーを喉につまらせた。  ドムドム! と胸を叩きながら、お茶を飲んで一息つくと彼女は一言だけ。 「あの人を信じるキリノさん、信じられますから」  それが彼女の全てで、この場のみんなの総意に近かった。  ミヤ達も満足げに頷いている。  ノックの音がして、自衛隊の通信士が入ってきたのはそんな時だった。 「えっ? アメリカ大統領が!? 通信が回復したんですね! すっ、すぐ正面モニターにまわしてください!」  キリノの顔に明るい光がさす。  そしてトゥリフィリは知る……この東京以外でも、竜災害に立ち向かっている人がいる。人類はまだ、抗っているのだ。藻掻いて足掻いて、明日のために今日をまだ行きているのだ。  それが嬉しくて、全員で正面の大型モニターを注視する。  すぐに通信が接続され、ノイズ混じりの画面に白人男性が映った。時々国際ニュースでも見たことがある、アメリカ合衆国のジャック大統領だった。赤いスーツの金髪女性を秘書に従え、彼は執務机の上に手を組んで話し出した。 「日本の諸君、無事でなによりだ。……と言っても、把握する限りではお互い無事とは言えないな。首相はどうしたね? それとも……そっちも既に、指揮系統が切り替わっているのかな?」  そっちも、とは? だが、キリノがアオイに犬塚源一郎総理を呼んでくるよう頼む。いつもの元気を取り戻した胃袋娘は、勢いよく会議室を書け出ていった。  そして再び、大統領は重々しく口を開く。 「報告は聞いている。ムラクモ機関、だったな? 総長が行方不明とはどういうことかね? それと……どうやってドラゴン達をこんなに撃破しているのだ? ……にわかには信じられん。ステイツの全軍を持ってしても、防戦で手一杯だというのに」  キリノは世界のキングたりえる男を前に、うろたえてしまった。しどろもどろになって、どう要領を得ない説明を初めては、途中で打ち切り違う話を始める始末だ。  だが、そんな時にナガミツが突然の言葉で周囲を驚かせる。 「狼狽えんなよ、キリノ。あんたが頭を張ればいい。大統領に言ってやれ……自分が総長代理で、持ちうる情報を統括してるってよ」  驚きが広がった。  いつも通りのぶっきらぼうな声だが、ナガミツが初めて気遣いらしきものを見せた。助け舟を出したように見えたのだ。  それでキリノはキョトンとしてしまったが、振るえながらも眼鏡を指で押し上げる。 「そ、そうだね……大統領。失礼をお詫びします。僕達がムラクモ機関、そして現在の東京で生存している人類です。そして……僕が、ムラクモ機関総長代理、桐野礼文です」  そこからは話が早かった。性根を据えたのか、もともと優秀な科学者だったキリノの説明が、端的に全てを語る。大統領が納得の相槌を何度か打つ間に、トゥリフィリ達の次の仕事も決まる。  そして、豹変してしまった国分寺方面の調査……熱砂の攻防戦が始まろうとしていた。