広がるは、熱砂の大砂漠。  かつて都心部のホームタウンだった国分寺は、全てが枯れ果てた砂海に飲み込まれていた。どこまでも続く同じ景色が、陽炎の中に揺らいでいる。  トゥリフィリは腰からペットボトルを引き抜き、水の残量を確認して一口。  既にぬるくなって、まるで白湯だ。  灼熱の太陽が照りつける中、すでに歩いて小一時間が経過している。  ムラクモ機関のS級能力者でなければ、今頃干物になっているだろう。 「あー、暑ぃ……俺様としたことが、もっと対策を講じてくれば……迂闊!」  まるで冬眠終わりたての熊のように、目の前をだらけた状態でキジトラが歩いている。いつものTシャツにカーゴパンツ、そしてバンダナという姿だが、漲る覇気だけが普段とは違って感じられない。  その横には、暑苦しい詰め襟姿のままのナガミツがいた。 「キジトラ、こうした乾燥痴態ではむしろ、肌の露出を抑えるべきだろ。人間は体内水分の僅か10%失われただけで、活動不能……最悪、死にいたる」 「やかましい……そうか、それで貴様はクソむさい学ランなのか」 「俺の場合は服装と冷却機能に関係はねぇよ」 「……もはや突っ込む気力もない」  同感だ。   トゥリフィリも流石に、普段通りとはいかない。  かといって、一時間来た道であるあkらして、戻るのにも一時間はかかる。  ここはこのまま進んで、先行している自衛隊の斥候チームに合流するのがマストだ。予め自衛隊は、ムラクモ13班のサポートのために物資を持って進んでいる。途中にベースキャンプを設けてくれる予定だ。  つまり、そこまでは自力で進むしかない。 「うう、自販機ないかなあ……ないよね」 「俺様はコンビニを所望する……ガリガリ君、を……せめて、最期に……」 「ちょっと、キジトラ先輩……しゃれに、ならないよぉ」  こんな時でも、ナガミツだけは元気だった。  彼は涼しい無表情で、遠くを指差す。 「フィー、2km先に自動販売機だ」 「えっ、ホント!?」 「辛うじて砂から突き出てる。尚、電源は喪失しているようだ」 「……あ、はい……ありがとね、ナガミツちゃん」  因みに、先程砂に沈んで見なくなったコンビニの上を通ったという。  既にもう、国分寺には人類の文明が全く残っていなかった。 「おいこら、ナガミツ……貴様、今すぐクーラーか扇風機になれんのか」 「それはどういう……?」 「アンドロイドなら、飯が炊けたりするだろう! 腹にコンセントがあるだろう!」 「……ねーよ。それに俺は、アンドロイドじゃない。人型戦闘機、斬竜刀だ」  不毛な会話が、不毛の大地に小さく響く。  これはそろそろ本格的に参ってくるぞと、トゥリフィリも頭を抱えながら歩いた。  そうしている間も、三人の足だけは一定の速度で歩き続けている。  俊敏性や身体能力など、S級能力者の秀でた長所は様々だ。しかし、共通して言えるのは、概ねフィジカルもメンタルも常人よりは頑丈にできている。  だが、トゥリフィリはそれでも普通の女子高生、どこにでもいる平凡な女の子。  ちょっと足が速くて、両親が護身術や銃器の扱いを教えてくれただけだ。  多分、キジトラも似たようなものだろう。 「ん、おい……見ろよ、キジトラ」  そんな時、ナガミツがなにかを見つけたらしい。  だが、トゥリフィリには代わり映えしない砂の海が続いて見えたし、キジトラも同じだろう。 「なにもないぞ、バカモノ」 「よく見ろって、1km先だ」 「見えるか、ドアホゥ!」  だんだん夫婦漫才じみてきたが、この二人は奇妙なことに仲がいい。何故か最近、トゥリフィリは二人を見ているとニヤニヤしてしまうのだ。それなのに、時々胸がもやもやする。  ナガミツは他のメンバーとも打ち解けはじめていたし、キジトラには遠慮がなかった。  気心の知れた親友のようでもあり、悪戯好きな悪友同士にも見える。 「自衛隊の車両がひっくり返ってる。……マモノかっ!」  綺麗な硝子を散りばめたような目を、ナガミツは細めて瞳孔を変化させる。  瞳は彼にとって光学センサーであり、それ以上の意味を持たない。  そして、人間を遥かに凌駕する視覚能力が与えられていた。  それでも、トゥリフィリにだってそれは『綺麗な目』である以上の意味を感じなかった。 「ナガミツちゃん、ダッシュ! 先行して自衛隊さんを助けて! 人命優先!」 「おう!」  言うが早いか、ナガミツが砂煙を巻き上げ消えた。  あっという間に熱気を孕んだ風が、周囲へと広がってゆく。  トゥリフィリもキジトラと頷きを交わすと、出せる精一杯の速度で走り出す。思った以上に体力の消耗が激しいが、ここで惜しんだ一秒は一人の人間を殺すかも知れない。十秒遅れれば、自衛隊の隊員達は全滅してしまうかもしれないのだ。  重い脚に鞭を入れるようにして、トゥリフィリは走る。  露骨に苦しげな表情をしていたが、キジトラは全速力でその前を駆け抜けていった。  そして、徐々に横転したトラックが見えてくる。 「皆さん、無事ですかっ!」  トゥリフィリは銃を抜きつつ、叫んだ。  出入りする空気が熱くて、乾いた喉を灼く。  ナガミツは既に、巨大なワーム状のマモノを仕留めたあとだった。 「おお、13班! すまない、こっちがサポートする側なのに、助けられたよ」 「物資は無事だ、水も食料もある。今、テントで日陰を作ろうとしてたんだが」 「それより、その……ちょっと、困ったことになっていてね」  隊員達は皆、軽傷のようだ。すぐに安全が確保されると、予定通りの作業を始める。  だが、そんな風景の中に巨大な違和感が立ち尽くしていた。  トゥリフィリはすぐに、隊員達の困り事をさっする。 「えっと……この子、要救助者、ですか?」 「だと、思ったんだがね。その……最初のマモノは、彼女が倒してくれたんだ」  そこには、隊員達にあやされ慰められる、スタイル抜群の美少女が立っていた。見上げるような長身で、ナガミツよりも背が高い。思わずトゥリフィリでもムムムと唸る、抜群にグラマラスなナイスバディである。  だが、そんな彼女がわんわんと声を上げて泣いているのだ。  まるで大きな幼女である。 「うえーん! う、うぐ、ひっく……う、うう……びえーっ! ぐすっ」 「あ、えと……あのー、ど、どこか痛いですか?」 「うう、あのね、んとね……ぐす。エリヤね、迷子なの……迷子……う、ううっ! びえーん!」  どうやら巨大幼女の名は、エリヤというらしい。そして、彼女は背伸びするトゥリフィリに鼻水を拭いてもらいながら、遠くを指差した。  見れば、遥か向こうに蜃気楼のように……廃工場らしき施設がぼんやりと見えるのだった。