灼熱の迷宮をトゥリフィリは走る。  ナガミツは勿論のこと、あの年寄り地味た破廉恥な少年も一緒に戦ってくれた。それも、驚くべきサイキックの力で。まさに、現代に蘇った魔法……強力な冷気は、あっという間に無数の敵を氷結させ、そのまま粉々に砕いてゆく。  ムラクモ機関にも、これだけの力を使えるサイキックは数える程しかいないような気がする。 「ねね、えっと……アゼルおじいちゃん?」 「むむっ、僕がおじいちゃんだって? ……よくわかったね」 「あ、いや、さっきのお返しというか、なんかジジ臭いんだもん。アゼルおじいちゃんもS級能力者なんだね。それも、凄く強い。助かっちゃった」 「はっはっは、よし給えよ。照れるじゃないか。じゃあ、おじいちゃんは疲れたからそろそろ……その太腿で癒やして、ほし、ンガッ!?」  ガシン! と小さなアゼルの頭を、ナガミツが無言で上から握った。  ミシミシと音が聴こえてきそうで、たちまちアゼルのいやらしい笑みが硬直する。 「フィー、まずこいつを排除しよう」 「ちょ、ちょっとナガミツちゃん。……あまりやり過ぎないでね」 「了解だ。適度に排除する。その、なんだか……データ処理に乱れが発生するからな。フィーに変なのがベタベタしてると」 「へっ? そ、それって」 「知らん。わからんが、とりあえずこのジジィ小僧は少し教育が必要だ」 「あ、同感」  苦笑しつつトゥリフィリは、銃のマガジンを交換する。  同時に、進む先にエレベーターが見えてきた。  複雑に入り組んだ階層の行き来は、基本的に階段で行ってきた。だが、どうしても入れない区画、見えているのに降りれない場所が今まであったのだ。迂回に迂回を重ねた挙げ句、どうにか廃工場のメイン電源をオンにできたのが先程だ。  今ならきっと、エレベーターを使ってさらに上層へと行けるだろう。 「っと、ナガミツちゃん! おじいちゃんも! お客さんだよっ」  次から次へと、マモノが沸いて出る。  帝竜が支配する領域は、まさに魔宮……敵意と殺意が、流れ出る汗を冷たく感じさせた。  ずらりと並ぶマモノを前にナガミツないつもの怜悧な無表情で前に出る。その手はまだ、ぶら下げるようにしてアゼルの頭を掴んでいた。 「おいジジイ……お前、見た目通りの歳じゃないな?」 「ほう? 流石だ、斬竜刀」 「バイタル値が不自然過ぎる。ちょっとスキャンすりゃすぐわかるんだよ」 「不躾だなあ、いたいけな子供に」 「フィーに近付く奴は、多少探りを入れねえとな。……でねえと、守れねえ」  おいおい君、なにを言ってるの?  思わずトゥリフィリは変に顔が熱い。  溶鉱炉の近くだし、周囲には排熱を繰り返す機械の轟音と振動が満ちている。それでも、赤面に火照る頬がなんだかとても恥ずかしい。  だが、次の瞬間トゥリフィリは真っ青になって冷たく固まった。 「そういう訳だ。ジジイ、あっちを、片付けて、こいっ!」  なんとナガミツは、ひょいとアゼルの首根っこを猫のように釣り上げると……そのまま、敵陣の真ん中へと勢いよく投擲した。  お年寄りはいたわらなきゃと、トゥリフィリも焦るあまりトンチキなことを心配してしまう。だが、マモノのド真ん中に無様に落下したアゼルは、頼りなく起き上がりながらも精神力を解放する。  たちまち周囲の水分が凝結して凍り、あっという間にマモノの半数が氷漬けになった。 「ナガミツ、酷いじゃないか。僕じゃなかったら死んでるぞ」 「ジジイなら死なねえからいいんだよ。手っ取り早かったろうが」 「それは否定せんがね」  ナガミツもそのまま、残ったマモノへと拳を振るう。  まさに獅子奮迅の戦いで、彼は腰を落としてワイドスタンスに構えるだけだ。自然と動きを止めたナガミツにマモノは殺到するが、その全てが蹴り砕かれ、殴り飛ばされる。まるでラッセル車が通ったあとのように、ナガミツは次々と敵を片付けた。  撃ち漏らしを片付ける程度で、難なくトゥリフィリはエレベーターの前に到着する。  無限に現れるマモノには、これ以上付き合っていられない。  すぐにトゥリフィリはエレベーターのパネルを操作した。唸るような音が響いて、徐々にエレベーターが上から降りてくる。 「ナガミツちゃん、おじいちゃん拾ってきて」 「ああ」 「あと、あんま乱暴は駄目だよ?」 「……わかった、フィーが言うならそうする」 「う、うん」  やっぱり、なんだか照れる。  真顔でナガミツは、時々ドキリとするようなことを言うようになった。以前のあの、池袋での戦いが終わってからだ。  ――お前を、俺の戦う理由にしちゃ、駄目か?  その時彼は、本当に同世代の少年のように、そして世界の命運を背負わされた男のようにそう言ったのだ。それを許した自分も含めて、忘れられない。思い出す度に不思議な気持ちが熱くなるのだ。 「うう、今は忘れろ、忘れるんだ。ぼく、そんなこと考えてちゃ……よし、エレベーターが来た。ナガミツちゃん! アゼルおじいちゃんも。これで最上階へ――」  エレベーターの扉が開く。  背後を振り向きながら飛び込もうとしたトゥリフィリは、咄嗟に急ブレーキで立ち止まった。エレベーターの中から、熱気をはらんで巨大な蛇が現れた。  それはまるで、炎で象られた紅蓮の龍。  ドラゴンだ。 「しまった! エレベーターの中に!?」  突然のエンカウントで、トゥリフィリの反応が一瞬だけ遅れる。  その瞬間にはもう、空中でとぐろを巻く炎龍が突っ込んできた。  油断したと後悔しても、遅い。  だが、骨をも溶かして灰にする獄炎は、トゥリフィリの眼の前で突然遮られる。そして、彼女の前には今……見るも逞しい体躯の長身が、全身で彼女を庇ってくれていた。  筋骨隆々とした男は、涼しい顔で炎を弾き返しながら肩越しに振り返る。 「お怪我はありませんか、御嬢様」 「あ、えと、はい。そのっ、大丈夫ですかっ!? ドラゴンが今!」 「マスターの命により、迷宮のドラゴンを駆除しておりました。心配は無用です」  後でアゼルが「遅いぞ、オーマ」と笑っていた。  オーマ、それがこの巨漢の名らしい。彼はその手に握った大型のナイフを翻す。ヒュン、と空気が小さく歌った。同時に、二撃目を繰り出そうとしていた炎龍が、空中で止まる。 その全身から炎が消えかけて、急激のその身体が小さくなっていった。  迷わずトゥリフィリが狙撃して、ヘッドショットで確実にトドメを刺す。なにが起こったか瞬時には理解できなかったが、貴重な攻撃のチャンスをオーマは作ってくれたようだ。  そして、そのことをアゼルと一緒にやってきたナガミツが説明してくれる。 「大丈夫か、フィー。今のは……真空の断層を作って、酸素の供給を止めたんだ。そんな芸当、S級能力者にしかできねえ。でも、ちょっと違うな」  アゼルへと振り返って、オーマは恭しく臣下の礼のように頭を垂れる。どうやら、オーマが言うマスターとはアゼルのことらしい。そして、ナガミツの意外な博識にトゥリフィリは言葉を失った。 「錬金術師、そしてホムンクルスかよ。初めて見るぜ」 「え、えっ!? そ、そなの!?」 「ああ。この御時世、魔法だなんだを科学と対極に置くのは馬鹿のやることだ。それは確実に存在し、学術的に体系化された法則を持っている。そして、厳然として存在してるんだ。錬金術はそもそも、科学技術の一番の根っこじゃねえかよ」  森羅万象の成り立ちや現象に、法則性があるとして探求されたのが錬金術師だ。そして、錬金術で生み出された人造生物がホムンクルス……謎の助っ人はどうやら、S級能力者である以上に珍しい連中らしい。  オーマは残りのマモノを牽制しつつ、エレベーターで上へ向かうよう言ってくれる。  この場を任せて、トゥリフィリはまだ見ぬフロアへ進むことになるのだった。