トゥリフィリ達ムラクモ13班は、また一つの激闘を制した。  国分寺は支配者たる帝竜トリニトロを失い、どうにか静けさを取り戻す。だが、熱砂の中へと散っていった命は戻らない……そして、不毛の大地は今も広がり続けている。  それでも、日々平和へと進んで、近付いている。  そう信じて、今日もトゥリフィリは働くだけだった。 「えっと、竜検体はキリノさんに預けたし……ん?」  今日も今日とて、都庁舎は避難民でごったがえしている。  だが、最近雰囲気が変わってきた。  度重なる竜災害の驚異と、謎の大量失踪事件……そんな中でも、人々はしたたかで逞しい。ここが生きる場所、人類の最前線と腹をくくった者達が現れたのだ。ただ悲観にくれる者もいるが、商売をしたりボランティアに参加したりと、活気付いている。  ムラクモ機関も自衛隊も、かなり民間人の力を借りている現状があった。 「ありゃ、キジトラ先輩だ。おーいっ、おはよーございますー! ……どしたの?」  地下へと降りたトゥリフィリが目撃したのは、気色ばんだ場の雰囲気。確かこの区画は自衛隊が大改造して、公共浴場を作る予定だ。避難民達の生活環境はいまだ劣悪なままで、シャワーが使えるトゥリフィリ達と違って衛生面も気になる。  幸い、国分寺の攻略で燃料問題が解決されたのが突破口となった。  一部のモンスターが落とす素材が、燃料として有用と実証されたのである。  それで工事が急ピッチで進んでいる筈だが……多くの女性陣と共にキジトラが片眉を震わせている。そして、彼の逞しい腕が一人の少年をぶら下げていた。 「おう、フィーか……コイツを少し教育していたところだ」 「えっと、アゼルおじいちゃんがなにかした?」 「するとこだった……しでかすために、工事現場にちょっとな」  キジトラはネコのように吊り下げたアゼルを、床へと落とす。 「イタタ……おいおい青年、老人はいたわり給えよ」 「やかましい。銭湯の完成前からのぞき穴を作るなんざ、見過ごせんな」 「そう、見過ごせんのだよ……聞けば、混浴風呂になるそうではないか」 「そういう意味じゃない。ったく……フィー、どこでこのスケベ小僧を拾ってきたのだ?」  拾ったというか、勝手についてきたのだ。  国分寺での共闘後、アゼルは都庁にやってきた。ムラクモ機関としてもS級能力者はありがたいし、なによりキリノの話では彼は有名らしい。  錬金術師アゼル・アランデルといえば、魔術会では有名人だそうだ。  そんな彼が、ホムンクルスであるオーマともう一人―― 「キジにい、マスターのこと許してあげてー! お願いだよぉ〜」  もう一人、ナイスバディな長身痩躯の幼女、エリやを連れてきたのだ。  そのエリヤが、キジトラの背中にしがみつく。  トゥリフィリはむんにゅりたわんで圧縮されるエリヤの胸を見て「ああ、これが『当ててんのよ』ってやつかあ」などと、呑気なことを考えていた。  そして、キジトラはむちぷり幼女に抱きつかれても平然としている。  この男も謎が多いが、一つだけはっきりしていた。  頼れる仲間で、あのナガミツの友達……悪友にして親友だ。 「ええいエリヤ、離れろ。暑い! ……そういう訳でフィー、これが風呂場にのぞき穴を造ろうとしていたから、叩き出した。処分してくれ」 「えっと……とりあえず、ちょっとお説教かな。フレッサさんに突き出しとく」  フレッサの名を出した途端、ビクン! とアゼルは床の上で震えた。そして、そのまま飛び起きるなり、トゥリフィリの脚にしがみついてくる。 「そ、それだけは勘弁してくれ給えよ! 僕はね、魔女は昔から苦手なのだよ。彼女のような素晴らしい美女が……ああ、考えただけで恐ろしい!」 「魔法も錬金術も似たようなもんじゃないの?」 「それは違うね、フィー。結果が同じでも手段が異なる。まあ……うん、その、フレッサはいい腕の魔女だがね。……彼女には逆らえないから、困る。いつだったか、学会でも」  ぶつぶつと呟くアゼルを、脚から引っ剥がして床に転がす。  そうこうしていると、不意に天井の光が遮られる。  振り返ると、トゥリフィリの前にサングラスをかけた巨漢が立っていた。見上げるような大男は、オーマである。  彼は厳つい見た目を裏切る慇懃な声で、静かに主へと頭を垂れた。 「マスター、こちらにおいででしたか。お客様がいらしております」 「うん? 来客かい? はて、誰だろうか」 「既にこちらに」  その時、トゥリフィリは不思議な感覚に陥った。  オーマの影から現れたのは、小さな女の子だ。年の頃は十歳前後、赤い服を着ている。  そして、紅い目でジトリとトゥリフィリを見た。  トゥリフィリもまた、彼女から目が話せない。  久遠にも思えた刹那、見詰め合う瞳と瞳がなにかを繋ぐ。  それも一瞬で、すぐに少女はアゼルの前に歩み出た。 「久しいな、アゼル。私だ、エメルだ。……こんなナリになってしまったがな」  その少女の名は、エメル。  まるで鮮血のような紅蓮を身に纏った、不思議な娘だ。  敵意を発散し、憎悪を隠しもしない。  すぐそばにいて、トゥリフィリは肌が粟立つのを感じる。  アゼルも不意に真剣な表情になると、床から立ち上がった。 「……久々だね、エメル。百年ぶりくらいかな?」 「そのようだな」 「僕に合わせて、そんな可憐な身体に? 少女趣味はないつもりだが……イイネ」 「汚い目で見るな、馬鹿者」 「君は確か、アメリカにいたはずじゃ……そうだ、彼は元気かい?」  二人の共通の友人の話だろう。  だが、エメルと呼ばれた少女は平坦な声で呟く。 「アメリカ大統領……ジャック・ミュラーか。奴は死んだ」  以前何度家か、トゥリフィリは会議室の通信で大統領を見ている。なにより、平和だった時代からよくテレビのニュースで報道されていた。  その彼が、死んだ。  つまり、アメリカ合衆国はドラゴンを前に陥落したのだ。  そして、さらなる驚きがトゥリフィリを襲う。 「ジャックが……死んだ? は、はは……冗談はよし給えよ」 「お前は随分と奴に肩入れてしていたな。……人間のすることはわからん」 「僕が、彼に教えた。知識を与え、経験へと導き……そうして彼は、あの国の大統領になった。僕の、最後の教え子だった」 「最後まで国と民を守って死んだ。私は、それを見捨てて脱出してきたのだ」  思い出した。  エメルは、大統領の隣にいた秘書に似ている。  金髪に紅い目の、凍れる氷河のように冷たい女性。  恐らく親子かなにかだろう。  だが、それよりもトゥリフィリは……飄々としていたアゼルの、沈痛な顔を見て驚いた。彼は今、俯き拳を握っている。その手が、小刻みに震えている。 「アゼルおじいちゃん? あ、あのぉ」 「ん、ああ。大丈夫だ、フィー。僕は平気だ。そうか、ジャックは……あの馬鹿者め。この老いぼれより先に逝くとはな」  漠然とだが、トゥリフィリは察した。  世界のリーダーたるあの男は、恐らくアゼルにとって親しい人だったのだ。そして、その人は永遠に去ってしまった。もういない。多くの者達と同様、逝ってしまったのだ。  トゥリフィリは思わず、膝を突いてアゼルを抱き締めていた。  この時ばかりは、普段の下心をアゼルは全く見せないのだった。