国分寺の攻略に寄って、再び多くのDzが都庁にもたらされた。それらは全て、竜検体と共にムラクモ機関が管理し、各部署へと公平に分配されている。  仮住まいの避難所である都庁は、どんどん生活感で満たされていった。  トゥリフィリもあれからずっと、大小様々なクエストをチェロンと共に解決した。その過程で、どんどん仲間達との連帯感が増し、親密になってゆく。  特に、ナガミツの不思議な距離感と接し方は、小さな少女を優しく戸惑わせていた。 「はぁ、疲れた……お仕事、しゅーりょー……」  ドサリとトゥリフィリは、自室に戻ってベッドに倒れ込んだ。  ムラクモ機関の中でも、13班の大半には個室が与えられている。シャワーも完備で、その優遇っぷりが自分達の責任の重大さを伝えてくる。  ただ、疲れ切ったトゥリフィリには、一人になれるベッドがありがたかった。  大の字に突っ伏したまま、身動きがとれない。  小さな疲労も溜まれば身体が重かった。 「お風呂、行く、気力……ない。今日は、シャワーで、すませ、ちゃお……」  もぞぞとなんとか、這うようにして立ち上がる。  服を脱ぎつつ、備え付けのクローゼットを開けた。そこには、廃品利用の衣装ケースがいくつか並んでいる。その中から替えの下着を取り出し、脱いだシャツとズボンは部屋の隅の洗濯カゴへ。  ふらふらと彼女は、あられもない姿でシャワー室へ歩いた。  今、女の子がしてはいけない顔になっている……だがもう、取り繕う余裕もない。  部屋のドアがノックされたのは、そんな時だった。 「フィー、いるか? 俺だ、ナガミツだ。実は――」 「いませーん、もぉ、いーまーせーんー!」  咄嗟に即答してしまった。  大人げないと思ったが、疲れているのだ。それも、ヘトヘトに疲れ切っている。今この瞬間だけは、目の前にドラゴンがいても動く気力が湧いてこないかもしれない。  三大欲求の中でも、今のトゥリフィリには睡眠欲が一番身近に感じられた。  だが、不意にガチャリとドアが開けられる。 「いない訳がないだろう、フィー。まったく、人間はどうしてそういうつまらない冗談を言うんだ?」  ナガミツが突然、いつもの端正な無表情で部屋に入ってきた。  思わずトゥリフィリは、下着姿のまま固まってしまう。  だが、ナガミツは驚くでもなく、目も逸らさず真っ直ぐ近付いてきた。 「あ、あわわ……ナッ、ナガミツちゃん! ちょっと! はっ、恥ずかしいよもう!」 「そうか? 恥ずかしいのか……おかしいぜ、こんなに綺麗なのに」 「……は?」 「いや、俺には恥ずかしいという感情は難しくてよ。でも、恥じるような姿じゃねえよ、フィーはいつも」  さらっと真顔でナガミツがそんなことを言うのだ。  シュボン! と、思わずトゥリフィリは真っ赤になってしまった。なにを言うんですかこのトンチキボケナスは……脳裏を高速で混乱した思惟が行き交う。  普通の男子だったら、即座に蹴っ飛ばしている。  だが、目の前にいるのは人型戦闘機で、いわゆるイケメンで、そして機械なのだ。  それなのに、トゥリフィリはドギマギしてしまった。  どうにか絞り出した声が、僅かに震える。 「ちょ、ちょっとあっち向いてて……なにか着るから。あと、勝手に入るの禁止ね?」 「わかった。……ごめん、なさい」 「へ?」 「悪かったって言ってんだよ。……そうか、人間は綺麗なものでも見せて恥ずかしいと想うのか。それは、ちょっと難しいな。何故、誇らしく思えないんだよ」  ブツブツと訳のわからないことを呟きつつ、ナガミツは背を向ける。  急いでトゥリフィリは、一眠りしてから着る筈だった着衣を身にまとった。  先程の言葉が、今も耳の奥にリフレインしている。  確かにナガミツは、綺麗だと言った。  自分を綺麗だと言ってくれたのだ。  元気だねとか、かわいいね、格好いいね……そういう言葉とは、違う。言ってくれた人も違うし、その意味はトゥリフィリに初めて自分が年頃の少女だと自覚させたのだった。 「も、もういいよ、ナガミツちゃん」 「おう。……なんか、疲れてないか? フィー」 「さっき、エジーとフレッサさんに一緒してもらって、地下道。あのでっかいドラゴン、まだ居座っててさ。あちこちの地下道を塞いじゃってて」 「ああ、あれか……ザ・スカヴァーとか名付けられた奴だろ?」 「そう、それ」  この首都東京に君臨する、七匹の帝竜。  その中でも、桁違いに巨大なドラゴンが地下に潜伏している。縦横無尽に入り組んだ地下の、その更に奥の奥、深奥で大地を揺るがしているのだ。  今も東京全域で、ザ・スカヴァーと呼ばれる帝竜の起こす地震が毎日襲ってくる。そして、その震源から発する揺れは日に日に大きくなっていた。  そのことも緊急の課題だったが、ナガミツが訪れた理由は任務とは無関係らしい。 「その、なあ……フィー」 「ん、なに? どしたのさ」 「まあ、なんだ……ありがとよ、フィー。まだ礼を言ってなかったと思って」 「……は?」  最近のトゥリフィリには、ナガミツの感情の機微がかなりわかるようになっていた。皆は仏頂面の無表情だと言うが、時々すごく柔らかな笑みを見せたりする。キジトラと遊び呆けている時など、まるで子供の笑顔だ。  その話をするといつも、エグランティエ達はニヤニヤ笑って肩を竦めるのだった。 「えと、お礼って……?」 「フィーを俺は、戦う理由にしたいと思った。そう思ったら……理解も分析もできない、人間でいう不安や悲しみ、憎しみのようなものを忘れることができた」 「え、あ、お、おおう……そ、そか、それはよかった、けど……」  正直、ちょっと嬉しい。自分に懐いてくる大型犬のようなものだと思えば、かわいらしいとさえ思える。だが、ナガミツは斬竜刀、人の姿をした兵器だ。  だが、誰かを理由に戦い、皆を守って戦い抜くナガミツは、ちょっぴり誇らしい。  照れ臭いが、あまりにも真っ直ぐ過ぎる言葉がトゥリフィリの胸に刺さった。  しかし、そんな二人の時間は突然遮られる。  部屋のスピーカーから、キリノの声が緊急連絡を告げてきた。 『すまない、フィー! そっちに映像を回すけど……緊急事態だ!』  逼迫する声に弾かれたように、ナガミツが部屋の端末へと駆け寄る。司令室となっている部屋との回線を繋ぎ、送られてきたリアルタイム画像を表示させた。  そこには、東京のランドマークの変わり果てた姿が映っていた。 「こ、これは……東京タワー? えっ、なにこれ」 「こいつぁ……普通じゃねえな。ぱっと見ただけでも、質量が変化してやがる。自然界の物理法則も無視して、どこまでも伸びてる感じだ」  ナガミツの言う通り、そこには変貌した東京タワーが映っていた。紅白に塗られた電波塔は見る影もなく、捻れ捩れて引き伸ばされ、いびつな螺旋を描きながら空へと吸い込まれている。  ドローンからの映像には、かつて東京タワーだった異形のオブジェが映っていた。  その中にトゥリフィリは、持ち前の視力と直感で人の姿を見た気がした。 「キリノさんっ、ここ! 右上の端っこをズームできますか!?」  小さな黒い点でしかない、それは人間の背中だったような気がした。そして、僅かに振り向く仕草を見せたところで映像は途切れる。  ドローンが無反応になったことを、落胆したキリノの声が伝えてきた。  そして、トゥリフィリは尚zの人影が女性で、知っている人物のような気がするのだった。