突如として起こった、東京タワーの異変。  だが、飛ばしたドローンは全て通信途絶で戻ってこない。ムラクモ機関の総長代理、キリノは決断した……直接、S級能力者を送り込んでみることを。  トゥリフィリ達13班には緊急の任務があったため、東京タワーにはアオイが向かった。  そこのとがずっと、トゥリフィリには気がかりになっていたのだった。 「まあ、心配だけど無事を祈るしかないよね」  トゥリフィリ達は今、再び渋谷へ来ていた。  SKYへ援助物資を渡し、正式に協力を仰ぐためだ。今でこそ敵対関係は解消され、ネコやダイゴ、そしてタケハヤといった中心メンバーとは交流が持てている。  だが、基本的にナツメの人体実験の被害者であるSKYの少年少女は、何度誘っても都庁に合流しようとはしなかった。  そうこうしている間にも、渋谷は繁花樹海に飲み込まれてゆく。  東京はいまだもって、ドラゴン達に侵食され続けていた。  緑に沈む町並みを歩けば、少し前を進むナガミツとキリコが今日も賑やかだ。 「いいからキリ、おめーはフィーを守ってろ。なにか出たら俺が相手してやるからよ」 「なっ……私は羽々斬の巫女だぞ! 同じ斬竜刀として、遅れを取るわけにはいかない!」 「へっ、いつのまにやら同じ斬竜刀かよ。ま、お前は身体が万全じゃないんだからよ。ここは俺に任せろや」 「……わ、わかった。その……あ、ありがとう?」 「おうこら、なんで疑問形なんだよ」 「い、いや……今、なんだろ。凄い、嬉しかったような、胸が、キュンて」  なにを話しているやら、以前より随分と仲がよくなったようで、トゥリフィリも嬉しい。  互いに命を預け合って戦い、一緒に命を守る仲間だ。  意見の一致しない人間同士でも、目的を共有できればそこに絆は生まれて育つ。人間は誰もが綺麗で優しくはいられないが、ちょっとしたきっかけがそれを呼び込むこともあるのだ。  そうこうしてると、普段の威勢の良さが薄れたキリコが隣にやってきた。  歩きながらトゥリフィリは、その顔を覗き込む。 「キリちゃん、体調どぉ? 平気? ナガミツちゃんの言う通り、無理しちゃ駄目だよ?」 「う、うん……ありがと、トゥリねえ。あ、あの」 「なんか顔、赤いな。熱、ある? どれどれ」  キリコは家の宿命によって切り裂かれ、長らく凶祓いの一族が背負ってきた宿業を詰め込まれた。それは、小さな少年の身体と心をズタズタにしてしまったのだ。  そうまでして血を紡ぎ、次代の巫女へと力を伝えていかねばならない。  その犠牲となった今のキリコだが、最近は弟や妹のように懐いて甘えてくる。  トゥリフィリも一人っ子だったせいか、慕われると悪い気分がしないのだった。 「なんか熱っぽいね……」 「あ、いや、それは……確かに、ぽーっと、する、けど」  トゥリフィリはキリコの額に手を当て、自分の額との温度差を感じ取る。  ますます赤くなったキリコは、もじもじと俯いてしまった。  ナガミツが足を止めたのは、そんな時だった。思わずトゥリフィリは、キリコと一緒に長身の背中にぽすんと突っ込んでしまう。  鼻を押さえながら見上げれば、肩越しに振り向くナガミツに緊張感が走った。 「……妙な空気だぜ、こいつぁよお」 「どしたの? ……ん、確かにこれ」 「濃密な魔の気配! ナガミツ、トゥリねぇ……なにかがいる!」  瞬時に三人は身構え、互いに背を預け合って周囲に警戒心を解き放つ。  穏やかな晴れた日、そぞろに歩けば一時戦いを忘れたが……SKYが縄張りとして掌握していても、ここは帝竜が支配する危険なダンジョンなのだ。  そして、頭上を巨大な影が通過した。  その羽撃きが、甘ったるい空気をトゥリフィリ達に零してゆく。  一瞬で意識がゆらりと揺らいだが、誰も臨戦態勢を解かなかった。 「デケェ……おいキリ、見たか? フィーも」 「あれが、このダンジョンの帝竜……この匂いは、なんだ? なんだか、頭の奥が」 「キリちゃん、しっかりして! ナガミツちゃん、簡単でいいから成分を分析!」  ナガミツは機械仕掛けの防人であると同時に、高度な演算装置を搭載したインターフェイスでもある。彼のやや粗野でぶっきらぼうな性格とは裏腹に、人間より何倍も優れた洞察力や観察力、科学的な分析が可能な能力を持っていた。  ナガミツは帝竜が飛び去った方向を見やり、忌々しげに呟いた。 「神経系か? 詳しくはわかんねえ、けど……一種の催眠効果がありそうだ」 「じゃ、じゃあ」 「吸わない方がいいな」 「えっと、呼吸は」 「できれば我慢しろ。キリ、お前もだ」 「もぉ、ナガミツちゃん! それ無理! 無理だから!」  そんなやり取りをしつつも、トゥリフィリはハンカチを取り出し口元を抑える。  人型戦闘機であるナガミツには効果が薄いらしく、キリコも体中を羽々斬の巫女に作り変えられた時に対魔処理済みだという。  だが、誰にとっても危険な空気が周囲に満ちていた。  急いで移動しようとした三人の前に、ふらりと影が立ち上る。 「ん? ありゃ、タケハヤの出した迎えか? 行くとは言ってあるよな?」 「だね。えっとたしか……そう、グチとイノだっけか」  顔馴染みのSKYメンバーが二人、近付いてくる。  不揃いな釘を並べたバッドをかついでいる少年が、グチ。  軽薄な笑みを浮かべつつ、サイキックの力をちらつかせている少女がイノだ。  二人はいつものように軽口も叩かず、ゆっくりこちらへ歩み寄ってくる。  トゥリフィリが話しかけようとした時、不意に腕をグイと掴まれた。ナガミツに引っ張られた時にはもう、代わりに飛び出したキリコが剣を抜いていた。 「峰打ちならっ! 手加減すれば……ハァ!」  旋風を巻いて剣が唸り、空気が気圧の断層となって敵を襲う。  そう、敵……普段の馴れ馴れしさ、人懐っこさがない。既にグチとイノは、敵意を発散する濁った瞳にトゥリフィリ達を映していた。  キリコが瞬時に、火炎を呼ぼうとしたイノを黙らせる。  だが、その背中に向かってグチの釘バットが振り上げられた。 「キリッ、後ろだ!」  すかさずキリコは、腰の鞘を抜くや……振り向くことなく背後へ押し出す。  みぞおちを刀の鞘で突かれて、グチは短く呻くや崩れ落ちた。  体調が万全でなくとも、キリコの戦闘力は常人を凌駕する。あらゆる邪と魔を切り裂き、竜さえも断ち割る刃……これが、神剣の名を背負った者の覚悟の強さだった。  改めてトゥリフィリが驚いていると、わざとらしい拍手が響く。 「流石だねえ、羽々宮のお坊ちゃん……今はお嬢ちゃんか? よぉ、13班」  そこには、ネコとダイゴを引き連れたタケハヤが立っていた。  蒼い髪の少女、アイテルも一緒である。  一同が無事なのを見て、トゥリフィリは安堵した。だが、同時に不安が込み上げる。  いつもの軽薄な笑みを浮かべているものの、明らかにタケハヤは憔悴しきって見えた。疲労感も顕で、時々痛みを堪えるように汗を浮かべている。 「あっ、あの、タケハヤさん」 「おっと、フィー。話はあとでだ。まずはアジトに来いよ。外は危険だ……スリーピーホロウの動きが活発になってやがる。……始まっちまったんだよ」  それだけ言うと、タケハヤはダイゴにグチとイノを回収させ、ついてこいとばかりに歩き出す。トゥリフィリはその背中に、悲壮感と不安とを感じずにはいられない。  こうも揺れる気持ちはなにかと思っていると……ふと、視線に気付く。  アイテルはただ、静かにトゥリフィリを見詰めて呟いた。  彼女もまた、狩る者と……トゥリフィリ達にそう告げ、彼女はタケハヤを追って行ってしまうのだった。