SKYのアジトへと招かれたトゥリフィリは、驚いた。  多くの少年少女が、傷付き疲れ果てている。彼等とて、S級とまでは行かずともかなりの力の持ち主……A級レベルの能力者だ。  改めてトゥリフィリは、渋谷に君臨する帝竜スリーピーホロウの恐ろしさを思い知る。  同時に、この場の空気を塗り替えてゆく13班の仲間達にも関心してた。 「すげえぜ、あの二人……たった二人でタケハヤと互角かよ!」 「いや、すげえのはやっぱタケハヤだぜぇ?」 「どっちも気張れやあ! さあさ、賭けた賭けた!」 「こんなガチバトル、他じゃ見れねえぞぉ!」  SKYの連中が囲む輪は、突然渋谷に現出した闘技場。  そこで今、タケハヤはナガミツとキリコの二人を相手にしていた。彼は突然、少し腕試しだと戦いをふっかけてきたのだ。  勿論、双方本気だが、殺意も敵意も持ち合わせていない。  ただただ動物同士がじゃれるような、見る者の興奮を誘う武闘祭。  タケハヤは客としてトゥリフィリ達を持て成し、濁って澱んだ陰気な空気を追い払おうとしているのだった。 「はあ、しかし元気だなあ。……タケハヤさんは、でも、ちょっと……大丈夫かな」  古びたタイヤの上に座って、遠くからトゥリフィリは熾烈なバトルを見守る。  二人で協力、連携さえ見せてナガミツとキリコは奮戦していた。  だがやはり、タケハヤの方が一枚上手である。  しかし、今日はその体捌きや剣術にもキレがなかった。  トゥリフィリの横に細い影が立って、上から言葉が降ってくる。 「フィーにもわかるんだ……そう、タケハヤの奴さ、今……」 「あ、ネコさん。タケハヤさん、どうしたんですか?」  曖昧に笑って、ネコは飲み物を渡してくる。  冷たい缶コーヒーを受け取りながらも、トゥリフィリは切なげな横顔を見上げて言葉を待つ。少し迷うようにして何度か口を開き、その度にネコは唇を固くギュムと結ぶ。  やがて、ネコは意を決して話し出した。 「……タケハヤの身体はもう、限界なの。それなのに、あたしにはできることがなにもない。してあげられることが、ないの」 「ネコさん」 「なんてねー? ニャハハ、冗談だよ、冗談。ほら、あたし達がナツメの実験動物だったって話は、もう知ってるでしょ?」 「あ、うん……」  ネコは改めて語った。  SKYの少年少女達は、かつてムラクモ機関の総長だったナツメが人体実験に使っていた者達である。使い捨てられるように、非人道的な実験の中で多くの特殊能力に目覚め……その代償として、命を失う者もいた。  そんなネコ達を助けて率い、この渋谷の裏社会で暮らし始めたのがタケハヤだった。  彼は持ち前のカリスマ性で、若者達を誰も見捨てなかったのだ。  その彼自身が命の危機だという。  無理に笑うネコを前に、トゥリフィリは立ち上がってその手を握る。 「ネコさんっ! なにもできないなんて、なにもないなんて言わないでっ!」 「とっとっと、フィー?」 「こんなにも強く、ネコさんはタケハヤさんを想ってる。色や形がない、触れず掴めないものでも、それは確かにあるんだ。だから、その気持ちに姿を与えてあげて」 「気持ちの、姿」 「なにができるかも、大事。でも……なにをしてあげたいか、一緒に考えようよ」  一瞬、ネコはくしゃりと表情を歪めた。  だが、すんでのところで彼女は涙を堪えて笑う。 「かなわないにゃー? まったく、フィーはさ……ま、いいんだ。タケハヤの側にはあの女が、アイテルがいる。けど、あたしもなにかやってみるよ。してみたいんだ、なんでも。なんか、そういう感じの気持ちに、フィーのせいで気付けちゃったよ」  そうこうしていると、決着がついたのか大歓声が湧き上がった。  振り向けば、立ち上がるタケハヤにナガミツが手を貸している。  信じられないことに、ナガミツはキリコと共に彼にタケハヤに勝ったようだ。心底スカッとしたような笑みで、タケハヤも笑っている。  喝采に包まれる中、タケハヤは仲間達とハイタッチしながらこちらへやってきた。 「いやー、参った参った! ちょっと見ない間にすげえ成長だぜ。よっ、フィー! どうだ、うちのアジトもなかなかだろう? くつろいでるか?」 「あ、はい。ど、ども……」 「既に帝竜も何体も倒してんだ、凄い勢いで強くなってるぜ。あの二人もそうだが、フィー、お前もな」 「ぼっ、ぼくがですか!?」  自覚は勿論、実感もない。  どんな戦いだってギリギリで、いつも周囲の仲間達に助けられてきた。ナガミツやキリコ達、多くの仲間がいてくれたからこその勝利が続いているだけだった。  そのことを素直に口にすると、タケハヤは気持ちいい笑い声を響かせる。 「なるほどな、まあ……それがお前の強ささ、フィー。そういう強さもある。そして、それはとてもいいもんだ」 「タケハヤさんにとっての、ネコさんやダイゴさん、SKYのみんなみたいなものかな」 「そうだ。大事にしろよぉ? そいつは多分、最強の力だからよ」  もどってきたナガミツとキリコを見て、タケハヤはそう断言した。  どこか遠い目で、仲間達を見て頷く。  まるでそう、自分を納得させるような哀愁が感じられた。  そして、彼の視線は最後に一人の少女を見据えて微笑む……蒼い髪のアイテルもまた、タケハヤへと頷きを返していた。  二人だけの空間を、収斂された視線の糸が結ぶ。  ネコのことが少し心配だったが、彼女はトゥリフィリを安心させるように微笑んだ。 「うっし、いい汗かいたし……準備運動はもういいな? ナガミツ! キリコちゃんも!」 「ああ。……くっそ、二人がかりでやっとかよ。しかも、まだ全力を出しやがらねえ」 「身体は温まったけど、悔しい。私は、まだ、弱い……まだまだ、強くならなくちゃ」  悔しそうなナガミツとキリコも、少しさっぱりした顔をしていた。  今、この渋谷はいよいよ繁花樹海に沈もうとしている。  街が一つ消えるのだ……文明の象徴たる都市が、帝竜の生み出した原初の森に飲み込まれる。頻繁にスリーピーホロウが上空を周遊しているのは、最後に残ったSKY達をあぶり出すためだ。  自体は急を要するが、タケハヤは不敵な笑みを浮かべる。 「ま、逆転の手がねぇ訳じゃねえ。そっちのムラクモ機関の、キリノつったか? 俺が頼んでおいたジャマーは届いている。あのスリーピーホロウの催眠と幻惑をまず、消す」 「でも、タケハヤさん。スリーピーホロウが地上に降りてきてくれるかどうか」 「フィー、それも考えてある。……ほら、聴こえないか?」  ふとタケハヤが、視線を外して宙空を仰ぐ。  トゥリフィリの耳にもはっきりと、たゆたう歌声が聴こえた。ナガミツとキリコも顔を見合わせる。 「この歌は……ナガミツ、発信源は特定できないのか?」 「そう簡単にはいかねえよ。けど、これ……音源は移動してんな」  タケハヤは断言した。  毎日決まった時間に、滅びゆく渋谷に歌声が満ちる。その清らかで幻想的な調べが、スリーピーホロウを引き寄せるのだそうだ。  それを利用すると言ったタケハヤの前で、トゥリフィリは立ち上がるや走り出す。 「それって……要救助者なんじゃ! ナガミツちゃん、キリちゃん! 行こうっ!」 「おいおいフィー、俺の話を最後まで――」 「タケハヤさん、そっちはそっちでお願いします! ぼくっ、急いで歌声の女の子を……うん、女の子の声だったな。その子、助けてきます! スリーピーホロウに狙われてるなら、なおさら!」  そうこなくっちゃ、とナガミツが笑った。それでこそだと、キリコも大きく頷く。呆れ半分だが、タケハヤの察して悟った家のような笑みが、トゥリフィリを樹海の奥へと見送ってくれたのだった。