会議室に思い沈黙が垂れ込める。  それは堆積して澱み、どこまでもトゥリフィリ達を息苦しくしていった。  誰もが言葉を探せど、自分の中に見つけられない。  そして、悲観や嘆きを口にすることを自制するので必死だ。  そんな中で、最初に口を開いたのは自衛隊のリンだった。 「……で、キリノ。そろそろ話してくれ。その、ドラゴンクロニクルってのはなんだ?」 「それは……」  この場の視線が、全てキリノに殺到する。  SKYからはタケハヤ、そしてネコとダイゴが来てくれている。チェロンやミヤといったメンバーも集まり、この都庁のトップが集結していた。  その中で、誰もが先程の映像と音声に戸惑っている。  それ以上に恐怖し、絶望を味わっている最中だった。  たまりかねたのか、タケハヤが両足をテーブルの上に投げ出した。そして、両手を頭の後ろに組んで椅子にふんぞり返る。 「知りたいなら教えてやるよ。ドラゴンクロニクル……これは、昔から研究されてた竜の遺伝子さ。竜という摂理の頂点、最強の生物を研究し、その全てを網羅する。故に、竜の宝典って訳だ」  タケハヤの口調は、どこか斜に構えた皮肉が入り交じる。  そして、笑みを浮かべているのに目元が笑っていなかった。 「もう少し詳しく説明してくれ、ええと、タケハヤ? で、いいか?」 「構わねえよ、自衛隊さん」 「私のこともリンと呼んでくれ」 「オーケー、リン。ドラゴンクロニクルは、非合法な人体実験で生まれた竜の研究だ。そして、俺達SKYはその被験者……ナツメに全身をいじくり回されたんだよ。頭の仲間でな」  トゥリフィリは言葉を失った。  そして、隣ではギリリとナガミツが拳を握り締めている。  ふと、横のナガミツを見上げた。  彼の仏頂面は今、確かに怒りに凍っていた。  肩を竦めてやれやれとオーバーなりアクションを見せながら、タケハヤは言葉を続ける。 「実際に竜が現れる前から、ムラクモ機関では竜の研究が行われていた。何故か? マモノの討伐部隊であるムラクモ機関は、予見していたのさ……マモノの頂点たる絶対強者、竜の存在を。その実在と襲来を」 「そうか……でも、備えていたにしては」 「ああ。実際、俺達を使った人体実験でも、そこまで研究は進んじゃいなかったさ。だが……実際に竜災害が訪れ、そこのフィー達が竜に勝利し、竜検体を持ち帰った」  すぐに話は読めた。  ムラクモ13班のメンバー、そして班長であるトゥリフィリは無関係ではなかったのだ。  ナツメが進めていたドラゴンクロニクルの研究は、来るべき竜災害に備えたもの。しかし、肝心の竜そのものがいなかった時代には、ほぼ手詰まりで凍結されていたという。  だが、奴等は現れた。  世界を埋め尽くし、文明を人類ごと飲み込もうとしている。  そして、結果的にドラゴンクロニクルの必要性が高まり、同時に研究は飛躍的に進んだ。全て、トゥリフィリ達が持ち帰った竜検体のもたらしたものである。 「ナツメのババァはドラゴンクロニクルを完成させたか、その過程で……竜を討つ竜の力を自分に取り込んだ。そして、人竜ミズチへと成り果てたって訳さ」  慌ててキリノが口を挟んでくる。  彼はまだ、この場の誰よりも動揺していて、それを隠すのに必死に見えた。 「でも、動悸がない! 彼女には……ナツメ総長には、そうまでして人類に敵対する理由が」 「なあ、キリノさんよぉ……奴は研究のためにS級能力者をいじくりまわすような女だぜ? 本来、ムラクモ機関が人類と文明を、この日本を守るために集めた、S級能力者をだ」 「だから、深い訳が」 「さっきナツメ本人から……ミズチから聞いたよな? なんの理由もない、あるのは人類の敵に回ったって事実だけさ」  タケハヤの言葉は残酷だが、それをためらわない彼にトゥリフィリは優しさを感じた。この状況を誰よりも悔やんでいるのは、タケハヤ達SKYなのだから。自分達を実験動物にして生まれた研究が、人類の裏切り者を最凶最悪の敵へと生まれ変わらせてしまった。  キリノが黙ってしまったところで、ミヤが周囲を見渡し発言を求めた。 「うちの部署からは、先日の大量昏睡事件と、その後の行方不明者に関する調査報告だ。大量昏睡の原因は、恐らく竜検体より生み出された即効性薬物の可能性が高い」  あの時点で既に、トゥリフィリ達は複数の竜検体を回収、それをムラクモ機関に託していた。また、以前に討伐不能として後回しにされていたが、あの渋谷のスリーピーホロウのデータも十分に揃っていたのである。  大量の人間を一時的に眠らせる、それはナツメの頭脳があれば容易だった筈だ。 「あの時点で消えたナツメは、ドラゴンクロニクルを持ち去り逃走……同時に、何故か多くの避難民を連れ去っている。その一部は、先程見た通りだ」  突如として変貌してしまった、東京タワー。  その足元に集められ、無残に鏖殺された人達は、あの時消えた避難民も含まれていたのだ。そして、自衛隊と共に調査に向かったアオイも、帰らぬ人となった。  モニター越しに、ただ見ているしかできなかった。  アオイの散華を、救えなかったのだ。  悔しさがトゥリフィリの視界を歪ませる。  泣いては駄目だ、まだ駄目だ……そう思っても、世界の全てが滲んでいった。  そんな中、ナガミツが突然立ち上がる。 「状況は理解した。あとは行動だよな」  誰もが、自発的に発言したナガミツに驚いた。  常に彼は、会議にはトゥリフィリの補佐として出席してきた。トゥリフィリがムラクモ13班の班長だからだ。だが、今の彼は備品でも補佐役でもなく、一人の参加者の顔をしていた。 「キリノ、どのドラゴンクロニクルってのは……あんたでも作れないのか」 「えっ!? い、いや、どうやって」 「そりゃ、俺が聞きてえよ。どうだ? できるのか、できないのか。いや、そうじゃねえ……やってみる価値があるのか。それを俺は聞きてぇ」  誰もが押し黙る中で、キリノは俯く。  だが、彼は顔をあげると声を震わせた。 「データは残ってる。けど、ナツメさんは天才で、だからこそ短期間でドラゴンクロニクルを完成させられた。僕は……」 「僕は? その先を俺が言ってもいいぜ。あんたは、俺達の頭を張ってるムラクモの長だ。この都庁であんただけが、俺やフィー、キリ達に命令できる」 「僕は、命令なんてできる柄じゃ」 「ああ。俺も今ならわかるぜ? あんたは命令ではなく、俺達を頼ってくれた。ナツメみたいに使うんじゃない、最前線のポジションを任せてくれたんだ」  キリノは意外そうに目を見開き、しばし逡巡した様子を見せる。  だが、珍しく力強い頷きでトゥリフィリ達を真っ直ぐ見詰めてきた。 「……ドラゴンクロニクル、やってみる価値はある。その価値を、可能性を繋げるのが僕に残された使命。そう言いたいんだね? ナガミツ」 「難しい話はわかんねえし、俺は言われれば戦う。必要だって人が思ってくれたら、戦い抜ける。あんたはどうだ、キリノ」 「同じさ、ナガミツ。すぐに作業を開始しよう。とりあえず、今日は解散して全員に休息を取ってもらいたい。あと……花を誰か。弔いの花が必要だと思う」  すぐに全員が動き出した。  トゥリフィリも、もう悲しんでばかりもいられない。立ち止まる彼女を見たら、死んだアオイの方が逆に悲しむだろう。  皆が身体を休めて英気を養おうと、会議室を出てゆく。  そんな中、タケハヤだけが残って、キリノとなにか密談めいた言葉を交わしているのだった。