敵は東京タワーにあり。  その名は、人竜ミヅチ。  かつて日暈ナツメだった、成れの果てだ。ムラクモ機関を統べる才女だった彼女は、突如として人類に反旗を翻したのだ。人の身を捨て、竜の力に溺れて酔いしれる……そうまでして自分を高めねばならなかった理由はなにか?  それはわからないし、可能なら聞いてみたい。  だが、今のトゥリフィリにはナツメが人類の脅威になった、その事実だけで十分だ。  その現実だけでもう、沢山だ。 「フィー! ここは俺様が抑えておく。先に行くがいい!」 「エリヤも頑張ったよぉ〜! エヘヘ、トラにぃに沢山褒められちゃった」  仄暗い地下を今、疾駆する。  東京の地底に、網の目のように張り巡らされた地下鉄や地下道、配管……その全てにようやく、電力が復旧したのだ。  勿論、リン達自衛隊とミヤの尽力のおかげだ。  今、都庁の電源は通常時の力を取り戻し、避難民のためにフル稼働している。そして、ついに地下深くに蠢く超弩級帝竜の討伐任務が始まったのだ。  地の底を統べる王、その名は……ザ・スカヴァー 。  あまりに巨大過ぎて、13班の全員が総出で戦わねばならない強敵だ。 「ありがとっ、キジトラ先輩! エリヤもえらい、あとでおやつね、甘いおやつ! よし、ナガミツちゃん、次いこっ!」  いつも通り、相棒のナガミツを連れてトゥリフィリは走る。  深淵へと続くかのような地下迷宮に、文明の光が帰ってきた。危険なマモノの跳梁は続いているが、先へと続く灯火がトゥリフィリを勇気づけてくれる。  なにより、一緒に走るナガミツの存在が心強い。 「ふふ、なんか……お馴染みになっちゃったね、ナガミツちゃん」  全速力で走っているのに、全然苦しくない。  蓄積する疲労ですら、汗と一緒に流れ落ちていくかのようだ。  それは多分、一緒に走るナガミツの分もあるからだろう。  機械でできた人類の隣人、かつてはムラクモ機関の備品と自ら名乗っていた少年……ナガミツは昔に比べて、感情表現が豊かになった気がする。  誰に聞いても相変わらずの仏頂面だと言うが、トゥリフィリには情緒の機微が感じられた。 「おう。俺はフィーの隣を走るからな。そいつは、備品の機械には任せておけねえよ」 「おー、言うようになったねえ。うんうん」 「斬竜刀は機械なだけじゃなにも斬れねえ……それを俺は、いろいろな戦いで学んだ」  それはトゥリフィリも実感だ。  敗北と苦難の中で、ナガミツは常に成長してきた。負けても終わらず、終わったままでは負われないとばかりに手を伸ばした。常に勝利へ、人類の未来へと手を伸ばし続けてきたのだ。  それを気付けばトゥリフィリは、いつも一番近くで見ていた。  初めて会った時は、絶対零度の冷血マシーン。  だが今は、多くの出会いと別れが彼を象っている。  ナガミツという刃の輪郭を、多くの人間が鮮明にしてくれたのだ。 「っと、そろそろ予定ポイントだな。次は腹か?」 「うん。キジトラ先輩達が尻尾を片付けてくれたからね」  ザ・スカヴァーは地底全域に己を張り巡らしている。  複雑に絡み合いながら、あちこちの地下通路を塞いでいるのだ。  だが、物資回収班のゆずりは達が教えてくれた。ザ・スカヴァーにはある習性がある。そしてそれは、巨体を誇る奴の弱点とも言えるものだ。  回収班の一人、ツマグロがそれを暴いてくれた。  文字通り、白日のもとに晒してくれたのだ。  ザ・スカヴァーは、光を嫌う。  地底の闇に潜むため、視覚が退化しているのだ。底に強烈な光を浴びせると、反射的に身体を縮めて引き下がることが実証されている。  だから、今のトゥリフィリ達の仕事は荷解きだ。  長い巨体でがんじがらめになった東京の、固結びの紐を解いてゆくのである。 「っと、到着だね。キリちゃん! シイナ、ノリトも!」  トゥリフィリは歩調を落とし、ナガミツと共に仲間に合流した。   既に周囲は暗く、まだこの場所には送電されていないことがわかる。頭の中で複雑な地図を立体的に思い返して、トゥリフィリは順序を確認した。  そう、今回の作戦には緻密な計画性と順序が必要なのだ。  複雑極まりない構造で、ザ・スカヴァーは重なり合い、連なり合って結ばれている。  解く順序を間違えれば、真に討伐すべき頭部にはたどり着けないのだ。 「おっ、フィーだ。おつおつー! ほら、ノリト君もキリちゃんも。フィーが来たよん?」  ぼんやりと薄闇の中に、シイナの笑顔が浮かぶ。  周囲には自衛隊が用意した強力な投光器が並んでいた。  そして、目の前にでっぷりとしたザ・スカヴァーの腹がある。塞がれた通路に進むためには、この腹をどかさなければいけない。  ナガミツが無言で頷くと、ノリトはクイと眼鏡のブリッジを指で押し上げ笑った。 「フッ、では始めましょうか……今、暗黒の闇を照らすは我が烈光! おお、神よ……偉大なる竜殺しの戦士達に祝福を! いざ導かん、迷宮のs」 「スイッチ、オーンッ! たいよーけええええええん! なんちゃって」  歯が浮くようなセリフをノリトが喋り出したが、それを無視してシイナが手を伸ばした。空中に浮かぶ光学キーボードの上で、エンターが押下されると同時に光り出す。  そして、太陽が落ちてきたかのような光が周囲を満たした。  刹那、絶叫……激震と共に、目の前のザ・スカヴァーが身悶え苦しみ出した。視覚のみならず、全身の感覚が光を嫌うらしい。やがて、道を塞いでいた巨体が穴の奥へと消えていった。 「ありがと、シイナ。勿論ノリトも」 「いいから行って行ってー! フィー、ガンバだよっ」 「……私の決め台詞が……昨夜、ずっと考えてたのに、それを、一瞬で……」  頼もしい仲間達と別れて、また走る。  筈だった。  だが、顕になった通路の奥から殺意が溢れ出た。  向こうに閉じ込められていたマモノ達が、濁流となって押し寄せたのだ。  咄嗟に全員が戦闘態勢を取り、トゥリフィリも銃を抜く。   だが、ようやく目がなれてきた光の中に、一筋の線が走った。  それは、抜刀の剣閃。 「ここは任せて、トゥリねえ! もうすぐ奴の頭部に辿り着けると思う。誰にも邪魔はさせないっ!」  居合の一閃で、キリコが振り抜いた刀をヒュンと翻す。  一拍遅れて、停止したマモノ達がズルリと上下にずれた。そのまま滑り落ちるように、無数の敵が上半身を失ってゆく。それでもまだ、斬られたことに気付かず下半身は走っていた。やがて、トゥリフィリ達に到達することなく崩れ落ちる。  いつにもまして、冴え渡る羽々斬の切れ味。  まごうことなき、神代の太古より日ノ本をい守護してきた斬竜刀だ。  古き血筋の斬竜刀と、新しき叡智の斬竜刀。  肩越しに振り返るキリコに、ナガミツは珍しく不敵な笑みを浮かべた。そう、笑った……僅かに口元を歪めただけだが、それはふてぶてしくて頼もしい笑いだった。 「任せたぜ、キリ。んじゃ、ちょっくらブッ飛ばしてくるぜ」 「トゥリねえを頼むぞ、ナガミツ。それと……お前も、無事に帰って、きて、ほしい」 「おう、任せろ」  再びトゥリフィリはナガミツと走り出す。  その背を見送るキリコの瞳に、切なげな光が灯っているとも知らず。強烈な照明が照らす中、決戦の時へ向かって二人はただただ駆け抜けてゆくのだった。