巨大な地下空間は、非常時に備えて造られたものだ。本来ならば、局所的な集中豪雨、いわゆるゲリラ豪雨で発生した雨水を逃がすための地下構造物である。  高い高い天井と、周囲を覆うコンクリートの無機質な灰色。  まるでSFに出てくる異星人の遺跡のようだ。  そのなかをトゥリフィリは、ナガミツと共に走った。  すぐに明かりさす方から、仲間達の声が聴こえてくる。 「おお、無事に来おったか」 「来ました来ました! 13班です!」 「なら、俺等は撤収ッスね!」  トゥリフィリを出迎えてくれたのは、普段から工房で腕を奮ってくれてる職人達だ。ワジ、レイミ、そしてケイマ。いつも店頭でアイテムや武具を売り、影から13班や都民達の生活を支えてくれている。  縁の下の力持ちが、今回は表舞台に出てきた格好となった。 「お疲れ様っ! ワジさん、レイミもケイマも。危険な仕事、頼んじゃってゴメン」 「なぁに、フィーや。ワシ等とてたまにはこうして最前線に出るのもいい。久方ぶりに血が騒いだわ、カッカッカ!」  矍鑠としたワジの笑いに、レイミもケイマも頬を崩す。  そんな三人の背後に、巨大な竜の身体が横たわっていた。この区画を横切るように、横っ腹を向けて左右に貫かれている、それはザ・スカヴァーの一部だ。  この広大な空間にさえ、その巨躯は入り切らない。  ワジは改めて、周囲を見渡し手元のリモコンを操作した。 「あとは頼むぞ、13班! ……照射、開始じゃ!」  周囲に並んだライトが、一斉に光を放った。  都庁の発電施設がフル稼働で、この冥府にも似た地下へと電気を送ってくれる。  たちまち真昼のような明るさになって、絶叫が迸った。  身悶えながら、ザ・スカヴァーが動き出す。  鳴動する空気の中で、すぐにトゥリフィリは銃を抜いた。 「ここまででいいです、三人は戻って!」 「っしゃ、行こうぜレイミ! 頼んだぜ、13班っ!」 「フィー、これをっ! 私の分まで、頑張ってほしいですぅ!」  去り際に、レイミがスカートの中からなにかを取り出し、放ってきた。  受け取ればそれは、グレネードランチャーだ。しかも、規格外に大口径の改造品である。 「こ、これは?」 「えへっ、グレネリンコたんです! 威力バツ☆ギュンなので、使ってくださいっ」 「あ、ありがと……なんか凄いねこれ」  まるでハンドサイズのバズーカ砲だ。  だが、ありがたく借り受けてトゥリフィリはベルトで肩に吊るす。  同時に、目の前に巨大な頭部が持ち上がった。  ついに、ザ・スカヴァーとの最終決戦が始まったのだ。 「よし、ナガミツちゃん! みんなが来るまで二人でもたせるよっ!」 「おうっ! 塞がれてた通路が、あちこち開通してる筈だ……散らばった連中も、おっつけやってくるしな」 「そゆこと!」  すぐに絶叫が響き、密閉空間に反響する。  憤怒の声も高らかに、ザ・スカヴァーが空気を沸騰させて襲い来る。その巨体は、動いているだけで人間にとっては脅威だ。かすめただけでも、致命傷になりかねない。  だが、トゥリフィリにはS級能力者としての俊敏性がある。  そして、ナガミツは人間ならざる力を持って、人間の隣を歩く者だ。  激闘が幕を開ける。 「クッ、大きい! 完全に距離感を食い潰されてる」  トゥリフィリは生まれ持った能力もあるが、両親が仕込んだ護身術とサバイバル技術がある。銃の心得も以前からあったし、目視での空間把握能力には少し自信があった。  だが、あまりにも標的が大き過ぎる。  まるで騙し絵のように、凶悪な顎門が擦過する。  余裕をもって避けた筈でも、ギリギリの回避になってしまった。  真正面からぶつかり受け止めるスタイルのナガミツも、質量差に苦戦している。 「クソがっ! デカけりゃいいってもんじゃねえぞ!」 「ナガミツちゃん、まずは無理せずいこう! 誰か来てくれれば、攻撃も分散されるから」  こうしている今、この瞬間も仲間達は走っている。  個々にマモノと戦いながら、この場所を目指しているのだ。  彼等が来るまで持ちこたえて、総力戦で当たるしかない。  そう思っていると、早速頼もしい声が響いた。 「心に刃、それすなわち下心! キジトラ、推参っ!」  なんだか微妙な前口上と共に、キジトラが戦列に加わった。  早速ザ・スカヴァーが、強烈なブレスの洗礼で出迎える。  だが、キジトラは機嫌よく「忍っ!」と叫ぶや……一足飛びに天井高く飛び上がった。そのまま彼は、うねって揺れるザ・スカヴァーの身体を走って登る。  あっという間に、退化した視覚器官らしき場所へナイフが突き立てられる。  先程にも増しておぞましい絶叫が響き、激震に足元が揺れた。  このまま畳み掛ける……そう思った、次の瞬間だった。  不意に世界が暗転する。 「っ……! しまった、照明をやられたの?」  暴れ回るザ・スカヴァーの巨体が、並べられた照明器具を薙ぎ倒した。あっという間に、週に闇が満ちる。その中で、激昂の咆哮をだけが響いた。  咄嗟にトゥリフィリは耳を澄ませ、音源を探して距離感を探る。  だが、コンクリート構造の密閉空間だったことが災いした。  あまりにも大きな絶叫が、周囲に乱反射して位置が掴めない。 「ナガミツッ、班長を守れ! ええい、どこを掴んでいる! 俺様だぞ!」 「クッソォ、ここから逆転って時に!」  ナガミツとキジトラも混乱しているようだ。  万事休すかと思われたが、トゥリフィリは諦めずに走る。止まればやられる……向こうはこちらが、闇の中でも手に取るようにわかるのだ。長らく地下に棲んで順応したため、退化した視覚と引き換えに鋭敏な聴覚を得ているのだ。  ザ・スカヴァーの猛攻が始まったかに思われた。  しかし、それも長くは続かない。 「おやおや……フッ、任せ給えよ! そら、光あれってやつさ」  突然、照明が回復した。  見れば、追いついてきたアゼルが電源ケーブルを握っている。彼は自らが持つ魔力を電気に変換し、直接配線へと注ぎ込んでいた。  散らばり倒れながらも、無数の投光器が一斉に敵を照らす。  再び目を灼かれる痛みに、ザ・スカヴァーの動きが止まった。 「勝機! ぬかるなよ、ナガミツッ!」 「誰に言ってんだよ、誰に!」  電光石火の早業で、キジトラがナイフを逆手に握り直す。彼が一閃すれば、鋭利な切れ味が硬い甲殻に線を引いた。ワンテンポ遅れて、引き裂かれた傷から大量の血が吹き上がる。  その中をナガミツは突き抜けて、振りかぶる拳を全力で叩きつけた。  激しい衝撃音と共に、ザ・スカヴァーが初めて見を揺るがす。  その隙を見逃さず、トゥリフィリは必殺必中のグレネリンコたんを構えた。 「口がガラ空きっ! みんな、下がって!」  銃弾というよりは、砲弾。発射された専用弾頭は、白煙の尾を引いてザ・スカヴァーの中に消える。程なくして、爆発を飲み込んだ巨竜は膨れ上がった。  それがトドメの一撃になり、恐るべき地底の帝竜はついに討伐されるのだった。