絶対零度の激闘が続く。  かじかむ手に鞭打って、トゥリフィリは拳銃のマガジンを滑り落とした。既にもう、かなりの数の弾丸を叩き込んでいる。その何発かは、ドラゴンといえども致命傷となる自信もあった。  だが、ゼロ=ブルーは猛り荒ぶって吼え続けていた。  暴力を体現する氷の塊となって、ショッピングモールを揺るがし襲い来る。 「っ、硬い! なら、徹甲弾かな!」  ムラクモ13班のS級能力者達が使う武器は、ワジやケイマ、レイミといった職人達が作る特注品である。トゥリフィリの手にする銃も、この世に二つと無いカスタムモデルだ。  あらゆる事態に対処するため、このサイズの拳銃でも多種多様な弾頭が撃てる。  マガジンの中に赤い弾丸を確認して、それをグリップへと叩き込む。  貫通性能の高い超高速徹甲弾を、まさか生物に対して使うとは思わなかった。  否……既にもう、ドラゴンは生物という概念を超越した存在である。 「さーて、今度のは当たると痛いぞ、っと。シイナ! 脚を止める、と、思うよっ!」  既にもう、ゼロ=ブルーは荒れ狂う氷嵐そのものとなって迫りくる。  凍って透き通るショッピングモール事態が、崩壊を始めていた。  その中で今、一人の少年が拳を振るっている。既に防寒具を脱ぎ捨てたシイナは、フリルとレースが凍る中で戦っていた。  いつもナガミツと一緒の時の、奇妙な安心感はある。  同時に、いかに彼に頼っていたかも痛感するトゥリフィリだった。 「ほいほいっ、任せたよん? はぁ、殴り続けてたら手が痛くなっちゃった」 「しもやけになっちゃうよね。さて……撃ち抜くから!」  両手で構えて、三点バースト。  放たれた弾丸は、鉄をも貫く速度でゼロ=ブルーの前肢へ食い込んでゆく。  同時に、絶叫、咆哮。  初めてゼロ=ブルーは、痛みに身を捩って後ずさった。  吹き出す鮮血が、あっという間に赤い雪の結晶となって舞い散る。 「やたっ、フィーってばナイス! んじゃ、ま……トドメッ、パーンチッ!」  すかさずシイナが踏み込み、握った拳を振りかぶる。  型や構えのない、ただの鉄拳が振り下ろされた。  だが、インパクトと同時にビリリとシイナは全身を震わせた。そのまま彼は、飛び退くや解いた手に息を吹きかける。  攻撃のタイミングを作ったし、明らかに敵は隙を見せた。  だが、ゼロ=ブルーの纏う氷壁は天然の装甲、見た目以上の硬度があるようだ。 「イチチ……駄目だー、硬い! 表面の氷が、めっちゃ硬いよー」 「シイナ、大丈夫!?」 「んー、へいきー、かな? ただ、乙女の柔肌に優しくないかも」  トゥリフィリもだんだん、手足の感覚が鈍くなってきた。  先程から、機動力がウリのトリックスターとしての脚が殺され続けている。戦いが長引けば、疲労を加速させる寒さが全てを飲み込んでしまうだろう。  だが、ここで引き下がる訳にはいかない。  例え氷に閉ざされ異界となっても、ここは、お台場は人の生活する場所なのだ。  まだ要救助者もいるだろうし、なにより帝竜はこれを全て撃破する必要がある。  打開策を脳裏に探していると、脳天気な声が響いた。 「シイナママー! フィー! 戻ってきたよぉ! あと、泣いてる人、いたー!」  エリヤの声に、ゼロ=ブルーが背後を振り返る。  長身の少女は、まるで童女のようににっぽりと笑っていた。無邪気で無垢、純真さがそのまま人を象ったような姿である。だが、その幼さとは裏腹に、トップモデルもかくやという肉体美が歩いてくる。  彼女は小脇に人を抱えていた。  寒さと恐怖で振るえる姿は、恐らく逃げ遅れた要救助者だ。 「エリヤ、気をつけなー? フィーを援護したげて。鉄砲、持ってきてるよね?」 「うんっ、ママ! 任せて、エリヤがんばる!」  よいしょ、とエリヤは氷岩の影に救助した男性を下ろす。スーツ姿で、恐らく竜災害があったあの日にお台場を訪れていたのだろう。この極寒の中、過酷なサバイバルを生き抜いてきたと思う。  絶対に助けたい。  名も知らぬ彼を、再び文明のぬくもりに連れ帰りたい。  トゥリフィリは改めて、折れそうになる心へ強さを灯した。  だが、次の瞬間に思わず目を疑う。  エリヤはポーチをガサゴソと漁って、中からとんでもないものを取り出した。 「ジャンジャジャーン! これなーんだ! エヘヘ……じえーたいさんがね、凄いの頂戴って言ったらわけてくれたよー!」  エリヤが手にした、それは手榴弾だ。  そのピンを抜くや、彼女は大げさなフォームでそれをブン投げる。  一拍の間を置いて、ゼロ=ブルーを爆発が飲み込んだ。  そして、トゥリフィリは見た……炎と衝撃波で、ゼロ=ブルーを覆う氷が硝子のように砕けて舞い散る。弾丸や打撃のような、点の攻撃ではない。爆炎による面の攻撃ならば、防御力を削ぎ落とすことが可能のようだ。 「エリヤ、偉いっ! 今なら……ありったけの弾丸で!」  迷っている暇は、ない。  すかさずトゥリフィリは、残る全ての徹甲弾を一箇所へと集中させる。  氷が剥げた場所には、本来の蒼く透き通るような鱗と甲殻が見える。そしてそれは、人類の英知を結集した武器ならば、十分に貫けると信じたかった。  そして、ゼロ=ブルーが怒りに吼え荒ぶ。  先程とは明らかに違う手応えで、派手な出血は凍る暇もなく溢れ出る。 「よしっ、シイナ! エリヤ! 畳み掛け、よ、う……って、時に? ああもう、カンバンッ! ごめん、弾切れ!」  既に予備のマガジンまで、使い切ってしまった。  だが、その時……一陣の風が吹き抜ける。  エリヤは、持っていた弾薬をトゥリフィリに放るや、氷の飛沫を巻き上げ疾駆していた。彼女が人間ではないことを物語る、突出した異常な速さだった。  その手には、ピンを抜かれた手榴弾が握られている。 「ドラゴン、やっつけるからね! みんな、みーんな、守るんだって! マスターが!」  跳躍、天井まで届くジャップで、エリヤが身体を捻って翻す。  そのまま彼女は、手榴弾ごと拳をゼロ=ブルーへと叩きつけた。  刹那、爆音と共に業火が燃え盛る。  爆発の中へと、ゼロ=ブルーは消えていった。  バラバラになって舞い散る破片が、ダイヤモンドダストとなって周囲に輝く。  そして、炎の中からエリヤがへらりと笑って出てきた。 「しょーりのっ、ブイッ! やっつけたー! ……って、あれ? わー、ピースしてるのに、手がない! ピースできてなーい!」  エリヤの服は破けて半裸で、髪もチリチリ燃えている。  なにより、右手の肘から先がなかった。骨と筋肉とが露出しているが、不思議と生き物の焦げる異臭はない。そして、ちょっとずつだが傷が再生しつつあった。  唖然としたトゥリフィリは、次の瞬間にはエリヤに駆け寄っていた。  だが、そんな彼女を追い抜く人影があった。 「もー、エリヤッ! そゆの、めっ! だよー! 痛くない? って、うわ、グロッ!」 「シイナママー、エリヤがんばった! ……だめ、だった?」 「かなり駄目だよ、エリヤ。女の子はね、もっと自分を大事にしなきゃ。大切な人のためにもね」  躊躇なくシイナは、自分のスカートを破った。彼が一張羅を大事にしてるのを、トゥリフィリはよく知っている。だから、自然と彼がママと呼ばれて懐かれてる意味がわかったのだった。  こうして、最後の帝竜は倒された。  だが、都庁へ戻る三人を、驚くべき現実が待ち受けているのだった。