決着……神を騙る竜の終焉。  トゥリフィリは、左右に断ち割られた神竜ニアラが蒼く燃えるのを見た。ただただ、呆然と見詰めるしかできなかった。神代の力をその身に招いて、ナガミツは渾身の一撃でニアラを一閃、滅殺したのだった。 「あ……ナガミツちゃんっ!」  ようやく我に返って、トゥリフィリは傍らに立ち尽くすナガミツへ身を寄せる。  既にもう、ナガミツの左腕は燃え尽きようとしてた。  そして、彼自身が燃え尽きたように突っ立っている。  ようやくトゥリフィリを見下ろしたその目には、いつもの澄んだ光がなかった。  咄嗟にトゥリフィリは、彼の左腕に飛びつく。全身で抱きついて、手で叩いて炎を追い払おうとした。  身を切るような熱さが、あっという間にトゥリフィリを包んだ。  激しい痛みの中で、どうにかナガミツをも巻き込もうとする蒼炎を消そうとした。 「フィー? ……よせ、お前も燃えちまう」 「よさない! 駄目だよ、ナガミツちゃん!」 「いいんだ……俺は、竜を斬れたからな。これで……フィーたちは、生きてけるだろ」 「違う、違うよナガミツちゃん!」  燃え盛る炎が、勢いを増してゆく。  ナガミツはそっと、もう片方の手でトゥリフィリを引き剥がそうとしてきた。  だが、トゥリフィリは構わず踊る炎を必死で拭おうとする。  既に周囲は、空間ごと音を立ててひび割れ始めた。異世界にして異次元、神竜の領域が主の消滅と共に崩壊しようとしていた。 「やだよ……ぼくは嫌だよ、ナガミツちゃん!」 「フィー、お前……」 「悪い竜を勇者が倒して、それで救われるだけのお姫様なんか、嫌だよ! ぼく、今はっきりわかった……ナガミツちゃんと一緒に帰れなきゃ、そんなの死んでないだけだよ!」 「それは……生きてるのと、どう、違うんだ?」 「それをこれから教えてあげる! そう言ってるの!」  その時だった。  突然、宿命の業火がゆらりと揺れた。それは、触れる全てを消滅させる力ではなくなっていた。トゥリフィリにも、見えないなにかが去るのが感じられた。  ゆっくりと静かに、蒼い焔が弱って消える。  気付けばトゥリフィリは、フレーム剥き出しの灼けた腕にしがみついていた。 「火が……消えた? ナガミツちゃん!」 「ああ、左腕部にダメージ……だが、俺は、まだ、動ける。動いてるんだ」  あまりにも唐突だった。  ナガミツは、肘から少し上まで燃やされ、彼が人間でないことを無言で騙る金属が露出している。人工筋肉やファイバー繊維等は、ほぼ完全に焼け落ちてしまった。  無骨な、熱く灼けた合金製の骨格……そのフレームに身を寄せたまま、トゥリフィリはその場に崩れ落ちた。  見上げるナガミツが、滲んで歪む。  零すまいと我慢していた涙が、とめどなく流れた。 「う、ううっ……もぉ、ナガミツちゃん! 心配かけて! ぼく……ぼく、ちょっと怒ってるんだぞ! ……でも、よかった。よかったん、だよね? タケハヤさん」  確かにあの時、タケハヤの声が聴こえた。  ドラゴンクロニクルをその身に宿して、人ならざる竜の化身となった男。人類戦士、タケハヤ……その名が忘れられても、因果が彼を未来永劫の戦いへと駆り立てる。終わらない明日へ羽撃くもう独りの人竜を、トゥリフィリは思った。  ナガミツは、そんな彼女に手を差し出してくれる。  手に手を重ねて、なんとかトゥリフィリは立ち上がった。  ナガミツは、不思議そうに小さく呟きを零す。 「でも、何故だ? どうして……さっきの力、俺を斬竜刀にしてくれた力は……俺をも飲み込み、燃やし尽くす炎だった。それが、なぜ」 「うん……あっ! も、もしかして!」 「わかるのか? フィー」 「……ううん、わかるっていうか。感じる、っていうか」  どこまでも壊れてゆく玉座の間で、トゥリフィリはナガミツと見詰め合った。  そんな二人だけの時間が、不敵な声で再び動き出す。 「カカカッ! 重畳、重畳……やるではないか、ナガミツ」 「キジトラ……無事、なんだな。フン、ボロボロじゃねえか」 「貴様ほどではないわ、馬鹿者。……自分の左腕をよく見てみろ」  キジトラは満身創痍だが、肩に気を失ったエグランティエを担いでいる。逆の手では、小脇にキリコを抱えていた。  キジトラに言われるままに、ナガミツは自分の左腕に手を当てる。  そう、トゥリフィリの直感が教えてくれた。  そのことに、ナガミツもどうやら気付いたようだった。 「これは……ガトウのおっさんの、バンダナ。そうか……おっさんが、守ってくれたのか」 「貴様が合理や論理ではなく、そう感じるならば……それが貴様の答えだ、ナガミツ」 「キジトラ、俺は」 「ええい、みなまで言うな! 脱出するぞ! 貴様は班長をしっかりエスコートしろ!」 「……わかった。でも、脱出路は」  自然とナガミツが、トゥリフィリの手を握ってきた。  だから、しっかりと握り返す。  振り返ればもう、昇ってきた階段も崩れ始めている。  無駄かもしれないが、無駄だと諦めるつもりはない。  三人は、最後の力を振り絞って走った。  そして、希望は最後に残されていた。 「あっ、フィーだー! おーいっ! トラにぃも、ミツにぃもー! こっちだよー!」  階段の下には、力尽きたアゼルを背負ったエリヤがいた。恐らく、多くのマモノや竜を屠って追いついてきたのだろう。彼女もまた、笑顔とは裏腹に全身傷だらけである。  トゥリフィリたちが駆け寄ると、あどけない笑顔で彼女はニッコリと笑った。 「フレッサママがね、魔法で助けてくれるよ! こっちに出口、作ってくれたよ!」 「うん、急ごう!」 「いいなぁ、わたしにも魔法教えてくれないかなあ。エリヤも、魔女さんになれたらいいのに」  エリヤの話では、残りの13班のメンバーは既に、脱出したらしい。  ニアラと戦っている間、トゥリフィリたちはマモノや他の竜に邪魔されることはなかった。それは、他の仲間たちが見えないところで戦ってくれたからだ。  そして、今はもう帰ってこない人がいる。  決して戻らぬ命を、トゥリフィリは忘れない……たとえ人造の、仮初の命でも。  その人を記憶に刻んで、想いを一つに今後も生きなければいけないのだ。  だからこそ、いよいよ無へと消えゆく神竜の領域を走った。 「あれだ! フィー、あそこだけ空間が捻れてる。渦巻く先で、別の場所に繋がってるみたいだ!」 「ナガミツちゃん、わかるの?」 「どのセンサーも不調だが、はっきりわかる……そう感じるんだ」  そのまま皆で、光の中へと飛び込んだ。  おぞましい歪みで彩られたこの場所で、仲間たちの元へ繋がる光だけが温かかった。それが仲間のフレッサの、魔法。魔女はいつでも、一番後ろで全てを見守ってくれてる。  全身が溶け消えるような眩しさの中で、トゥリフィリは確かに聴いた。  甲高い金切り声の連なりを広げて、神を騙る竜の玉座が消滅する。  その音さえも、遠く遠く違う次元へと吸い込まれてゆくような気がした。