幻影首都、それは狭間にゆらいで浮かぶ世界。  トゥリフィリは夢見るままに、ナガミツと奇妙な迷宮を進んだ。  そう、迷宮……今まで踏破してきた、あらゆる迷宮が継ぎ接ぎのように連なっていた。そして、当然のように帝竜までもが蘇る。  目の前に今、始まりの帝竜ウォークライが立ちふさがっていた。 「えっと……ナガミツちゃん? これ」 「倒すしかなさそうな雰囲気だな」 「ふ、二人で? まあ、いいけど」 「……ちょっと、懐かしいな」  あの日、空を竜の翼が覆い尽くした。  文明の象徴たる都市が、フロワロの赤に飲み込まれた。  そして、竜災害は人類を滅亡の縁へと追いやったのである。当時、ムラクモ機関のトライアルに参加していたトゥリフィリは、巻き込まれる形で運命へと立ち向かった。  自分を初めての友達と呼んでくれた少女、サキの死。  そして、まるで機械のように冷たい少年。 「あの時、初めてナガミツちゃんに出会ったんだっけか」 「だな。……今でも、よく覚えてる」 「最初はさー、なんか自分を備品だっていうから驚いちゃった」 「でも、今は違う。俺は、ただの機械じゃいられない。機械的に動くだけじゃ、斬竜刀になれないってわかったんだ。それに今は、戦う理由が俺にはある」  見下ろすナガミツに、トゥリフィリも頷きを返した。  なんだか、頬が熱い。  ナガミツはトゥリフィリを、戦う理由にしていいかと言ったことがある。その時不思議と、トゥリフィリには断る理由がないように思えた。ちょっと考えてみたのだが、それすら必要ない気がしたのだ。  だから今、互いに夢見て眠る中で、ここにいる。  そして、背後で不意に少女の声が響いた。 「ここより先は、記憶の牢獄……歴史から零れた真実の領域」  振り向くとそこには、蒼い髪の少女が立っている。  かつてタケハヤを愛し、タケハヤに愛された女性だ。  名は、アイテル。  彼女はトゥリフィリの前に来ると、静かに言の葉を紡ぐ。 「ナガミツ、そしてトゥリフィリ……あの人に、会ってあげて」 「あの人? あ、ああ……タケハヤさん、だよね?」 「ええ。彼もまたこの地に眠る人の業。なら、せめて安らかな眠りを」 「……この先に、タケハヤさんがいるんだね?」  頷くアイテルの瞳から、大粒の涙が零れた。  彼女は知っているのだ。もう、タケハヤは元の人間に戻れない。そして、その生命も燃え尽きようとしている。何故なら、もともとナツメの人体実験で弱った肉体は、ドラゴンクロニクルを受け入れたことによって急激にすり減っているのだ。  故に、眠るしかない。  竜の力に人の心があらがっているうちに、封印するしかなかったとアイテルは語った。  その話を聞いて、ナガミツがギリリと奥歯を噛んだ。 「アイテル、俺はもう一度タケハヤに会いてえ。借りを、返さなきゃな。そうだろ? フィー」 「そうだね。ぼくたちはタケハヤさんに、伝えなきゃいけないことがある」 「ああ。……んじゃ、行くぜっ!」  ナガミツが身構え、ウォークライへと向き直る。  だが、そんな彼に再び声が飛んだ。  それは、しっとりとしたアイテルのものではない。彼女が澄んだ清水ならば、まるで紅蓮の業火のように尖った声だった。 「そうだ、ナガミツ……戦え。それが、狩る者の宿命」 「お前は」  ウォークライを背に、紅い髪の少女が立っている。  その姿は、日本に辿り着いた時のもので、ともすれば幼女にすら見えた。  燃える瞳をこちらに向けて、まるで試すようにエメルが睨んでくる。 「ナガミツ、そしてトゥリフィリ。お前たちこそが、狩る者だ」 「えっと……ごめん、エメルさん。その、狩る者って」 「あらゆる命の代表として、竜の摂理に抗い立ち向かう者。その使命を帯びた者だ」 「伝説の勇者、的な?」 「的な、ではない。ズバリそのものだ。トゥリフィリ、お前たちがこの宇宙の希望なのだ」 「宇宙ときたか、ふむ」  ――狩る者。  その名を、たびたび二人の姉妹からトゥリフィリは聞かされてきた気がする。エメルとアイテルは、ヒュプノス……遠い宇宙で滅びた、古の民である。竜によって死滅し、今は思念体となってこの地球で人類を見守ってくれているのだ。  だが、意思の結晶として純化した二人の属性は真逆だ。  憎しみに燃える紅きエメル。  慈しみに溢れた蒼きアイテル。  憎悪と慈愛、真逆に染まった悲劇の姉妹である。  その姉、エメルの言葉にトゥリフィリは腕組み唸る。 「ぼくは特別な人間じゃないし、それはナガミツちゃんだって一緒。多分、キリちゃんやみんなもね」 「……狩る者としての宿命を拒むのか! それは許されない!」 「拒むもなにも、ね。エメルさん、ぼくは戦うよ? ぼくたちは竜と戦う。その力が自分にあって、守れる人たちがいる限り、戦う」 「そうだ、それでいい。あらゆる竜を狩り尽くせ! 憎き破壊の権化を打ち倒すのだ!」 「ん、そういうんじゃないんだ。ただ、守るよ。勿論、エメルさんやアイテルさんも」  不意をつかれたように、エメルが鼻白んだ。  だが、彼女は意を得たとばかりに笑う。  そんなエメルに、アイテルも身を寄せる。 「フン、小気味よい娘だ。聞いたか、アイテル」 「はい、姉さん。この者たちのこれからを、見守りましょう……それが、タケハヤの願いでもあります」 「……ならばお前は、そのタケハヤと残り少ない永遠を生きるがいい。私は決めた。人間たちの戦いを導き、見届ける。この時代の行き着く先をな」 「わかりました、姉さん。ただ……憎しみだけに染まらないでください」 「心配は無用だ。それより……進むか? 狩る者たちよ。いや……トゥリフィリ、そしてナガミツよ」  勿論だと、トゥリフィリは告げる。  迷いも躊躇もない。  そして、使命感も気負いも感じなかった。  ただ、仲間を信じて前へと進む。  隣にはずっと、ナガミツがいてくれるから怖くはない。  一時の夢にまどろんでさえ、彼女は一人の人間として、人間のままで戦うつもりだった。そんなトゥリフィリに小さくため息をついて、エメルが道を譲った。 「では、征くがいい……それと、これは私からの手向けだ」  ふと気付けば、ウォークライの前に一人の男が立っていた。  その背中は、トゥリフィリとナガミツには見覚えがある。  肩越しに振り返る彼は、ニヤリと不敵に笑った。 「俺様を呼んだか! どういう夢かは知らんが、悪くはない」 「え……キジトラ先輩!?」 「おうよ! そして、これが新宿に現れた帝竜か……ふむ、俺様は初めて見る。しかぁし! 相手にとって不足なし!」  そこには、キジトラが立っていた。夢の中でも、彼はいつも以上に彼らしく佇んでいる。  ナガミツの呆れたような、少し嬉しそうな笑みを連れて、トゥリフィリは前へと一歩を踏み出すのだった。