戦いは続いた。  幻影首都が浮かび上がらせる、それは激闘の記憶。  悲しい思い出も蘇る一方で、トゥリフィリは改めて痛感させられる。数多の苦難は全て、仲間たちがいてくれたから乗り越えられたのだと。  なにより隣に、ナガミツがいてくれた。  そのナガミツだが、キジトラと互いに肘でド突き合いながら歩いている。 「なんだよ、さっきのは。ああいうの、前はやってなかっただろうが」 「カカカッ! あれぞ秘奥義……忍の極意、礫刑ディアボリカよ!」 「あんだけ派手にやっといて、なにが忍びだバーカ」 「バカとはなんだ、バカとは! そういう貴様こそだな」  思わず笑みが溢れる。  この夢の道程は、先程二度目の真竜ニアラを倒したところだ。  やはり、完璧に再現された悪意には恐怖を禁じえない。  だが、そんな中でも二人の普段通りの姿が頼もしい。繰り返し帝竜と再びまみえて、多くの去っていった人たちと再会した。その中で、ナガミツもキジトラも言葉を失うことだってあった。  それでもやっぱり、一緒に前を向いて歩いてる。  前へ、先へと進んでいる。 「ん? どうした、フィー。なにかおかしかったか?」 「んーん! ただ、ちょっと……ふふ。なんでもないよ、ナガミツちゃん」 「人間って、そういうこと言うよな。まあ、わからなくもないけどよ」  そして、不意に視界が開けた。  どこまでも暗闇が広がる空間に、天へと向かって螺旋階段がある。見上げれば、その先は霞んで見えなかった。  だが、いよいよ終わりが近付いている。  だとすれば、この先に待つ者は明らかだ。  ギリリとナガミツが拳を握る。  その手に、そっとトゥリフィリは触れて握った。  背後に光が浮かび上がったのは、そんな時だった。 「はぁい、無事ね? ふふ、神話係数の高い術式だったから、ここまで来るのに苦労しちゃったわ」  振り返るとそこには、13班の主治医の姿があった。  名は、フレッサ。欧州より来た魔女である。言ってみれば、トゥリフィリたちにとってのいい母親役であり、頼れるお姉さんだ。  だが、ここは通常の空間ではない。  驚きに目を丸くすれば、フレッサはいつもの温和な笑みを浮かべた。  不思議と異次元の迷宮を歩く緊張感が、柔らかな雰囲気に溶け消える。 「私、言わなかったかしら? 魔女だもの、それくらいは、ね」 「はあ……いや、疑ってた訳じゃないですけど」 「この空間、幻影首都は神話の時代からこの国に根付いた、一種の結界よ。ここでは時間と空間の概念が、普段の現実とは異なっているの。ま、見てきたでしょう?」 「それはもう、嫌ってほど。でも、言うほど嫌じゃなかったな。懐かしい人にも会えたし」 「そう……フィー、本当に強くなったのね。ナガミツ、それにキジトラも」  改めて言われると、少し照れる。  だが、フレッサは「ああ、そうそう」とキジトラに歩み寄った。  その腕をガシリ! と抱き締め拘束する。 「な、なぬ!?」 「ゴメンね、キジトラ。ちょっと現実で、ややこしいことになってて。文字通り、猫の手も借りたいって訳。だから」 「いや、ちょっと待て! 俺様はこれからナガミツと」 「それはフィーに任せても大丈夫よ。……そうね、私もよろしくと、それとありがとうって言ってたと伝えてくれるかしら? 影の救世主さんにね」  フレッサはもう、知っていた。  この億になにが……誰が待つのかを。  そして、引っ張られつつもキジトラが真剣な表情になる。 「ナガミツ、行け。行って、お前の気持ちをぶつけてこい。それと、俺様からも――」 「はーい、時間切れ。んじゃ、お目覚めヨロシク。顔を洗って医務室に来てね。ちょっと、困ってるのよ。アゼルおじいちゃんじゃ、あの連中をもう止められないわ」 「まっ、待て! こういうのはちゃんと……ノォーッ! やり直しを要求す――!?」  二人は、その場で小さな光と共に消えた。  そしてまた、トゥリフィリはナガミツと二人きりになった。  だが、寂しさも心細さもない。  それは、ナガミツも一緒のようだ。 「……ま、行くか」 「だね」  二人で螺旋階段を、登る。  とめどない話が行き来しては、不意の沈黙が訪れて、また口を開く。  語ることが山ほどあるのに、夢見る二人の今がどんどん零れてゆく。  もう、この不思議な旅も終りが近いのだとトゥリフィリは察した。そして、その結末を暗示するように、不思議な音が響く。  リズミカルに響く、金属の音。  まるで天の果てで鳴り響く鐘のよう。  そして、歌うように、泣き嘆くように空気が静かに震えていた。 「この音……ナガミツちゃん!」 「ああ。なんだよ、そうか……ここにいたのか!」  咄嗟に走り出して、ナガミツは止まった。  そのまま肩越しに振り向き、「ん」と手を差し出してくる。  トゥリフィリが手を握れば、自然と二人は残りの道程を走り始めた。  全身に汗が浮いて、息が切れる。  だが、構わず一気に駆け抜ける。  視界が開かれた瞬間、目の前に倒れる少女の背中が映った。 「キリちゃんっ!」 「おいこら、キリッ! お前……なにやってんだ!」  そこには、剣を手にしたキリコが倒れていた。  その向こうに……青い翼を広げた男が立ち尽くしている。  先程の音は、二人が奏でて重ねる剣戟の響きだったのだ。  キリコは剣を支えに、ゆっくりと立ち上がる。トゥリフィリとナガミツの声に振り向く、その顔には不思議な充実感が浮かんでいた。  汗と血に塗れて、疲労も顕だ。  だが、彼女の瞳には不思議な喜びの光が見て取れた。 「ナガミツ! トゥリねえも! ……やっぱり、タケハヤは凄い。強いんだ。私も、もっと強くなりたいから……だから、私はあの人に勝ちたい。……俺が私であるために」  キリコはずっと、ここで戦っていた。  現実で目が覚めないのは、彼女の意思でもあったのだ。  そして、それを見詰めるタケハヤの眼差しは優しい。とても、ドラゴンクロニクルの力で暴走しかけているようには見えなかった。  彼は穏やかな笑みで、トゥリフィリとナガミツを迎える。 「よぉ、お嬢ちゃん! それと……ナガミツ。悪ぃな、呼んじまって」  言われなくても知っていた。  なにより、アイテルに託された。  だから、トゥリフィリはキリコの横に並んで銃を抜く。 「タケハヤさん……どうしても、なの?」 「ああ。もうする俺の自我は、竜の本能に飲み込まれる。そこに残るのは、あのくそったれミズチと同じ人竜さ。そうなる前に……俺を倒して、超えてゆけ。俺にしてやれるのはもう、これくらいしかねえ」  その言葉に、ナガミツは拳を握って身構えた。  二人は互いに、小さく笑みを交わしたように見えた。  次の瞬間……空気を沸騰させる暴力的な殺意が場に満ちるのだった。