深夜の東京を、蒼い風が突き抜ける。  トゥリフィリは今、カグラの運転するスポーツカー……否、スーパーカーに同乗していた。ツーシーターで助手席が酷く狭く、おまけにシイナと二人乗りである。  そんな訳で、黙ってシイナの膝の上。  ほとんど明かりのない都内を、地を這う影のように車は疾走した。 「男の子ってさあ、こういう車が好きだよねー」 「ん? シイナちゃんってたしか」 「そりゃ、わたしだって男だけどさあ。エンジンはうるさいし、しかもすぐ後ろにあるし? なんか暑いし……なにより、せまーい」 「ま、女の子に不評なのは今に始まったことじゃないさ」  カグラは苦笑いしつつも、軽快なハンドリングでカッ飛ばしてゆく。確か、ランチア・ストラトスとかいう希少な車で、カグラの所有するこれは復刻モデルである。あの竜災害を乗り切ったという意味でも、非常に稀有な存在だ。  文句を言いつつも、シイナがそっと支えてくれている。  華奢で可憐な容姿でも、しっかりそういうところは男の子だ。 「そら、見えてきたぜ? 品川駅だ」 「えっ、東京駅じゃないんだ」 「そっちはなんか、自衛隊さんがトラブってるらしいな。前にリンちゃんが言ってた」 「リンちゃん、って……わわっ、ととととっ!」  品川駅の目の前で、車体が横滑りしながら急停止。  思わずずり落ちそうになったトゥリフィリだったが、ドアを開いたシイナがそっと外に立たせてくれる。彼もそのまま降りて、首をコキコキと鳴らし出した。 「ありがとうございましたっ、カグラさん」 「いーのいーの。京都、気をつけてな」 「はいっ。よし、シイナ……行こうか」  同じデストロイヤーでも、やっぱりシイナはナガミツとは違う。いつもの一本真っ直ぐ糸が通ったような空気感はない。頼れる仲間には違いないが、普段とは勝手が違うのだ。  それはシイナも同じようで、共にパートナーは京都にまっしぐらである。  シイナといつも一緒のノリトも、ナガミツやキジトラと一緒に行ってしまったのだ。 「うわ、真っ暗……ねね、フィー? この駅、息してない系だけど大丈夫かな?」 「一応、カジカさんにここに来るよう言われてるんだけど」 「廃墟なんですけどー、って、誰かいるっ!」  瞬時に身構え、シイナが前に出た。  思わずトゥリフィリも、腰の銃に手が伸びる。  だが、薄暗い改札前にいたのは、二人の女の子だ。片方は小柄で、こっちを見つけて笑う表情が少し幼く見える。多分年下だろう。もう一人は長身で、首から下を長い長いコートで覆っている。鋭い目つきがどこか軍人を思わせた。  どうやら敵ではないようで、もしかしたらカジカが手配してくれた仲間かもしれない。 「あの、こんばんは。ムラクモ機関の人ですか?」 「は、はいっ。えっと、今度の適性試験後に13班に参加する予定だった、アヤメです。ちょっと、今晩急に予定が繰り上がっちゃって」 「そっかー、お互い大変だね。で、そっちは」  既にコートの女は、改札の方へと歩き出していた。  足も止めずに肩越しに振り返れば、そっけない声が静かに響く。 「私はリコリス。同じく、13班に配備……まあ、配置される筈だった者だ」  そう言葉を切ってから、ふと思い出したようにリコリスは立ち止まる。今度はこっちに正対して身を正すと、急に神妙な声になった。 「私たちもフィーと呼んで構わないだろうか」 「勿論っ。班長なんてやってるけど、まあ雑用係兼連絡係のようなものだから。よろしくね、リコリスもアヤメも」 「承知した。それと……いつも姉さんが世話になっている。礼を言うぞ」 「姉さん?」  再びリコリスが歩を進めるので、急いでトゥリフィリも改札をくぐる。当然だが、電気が来てないので自動改札機も動いてはいない。  けど、あとに続くアヤメはどこか楽しそうだ。  最後尾では、シイナが眠そうな目でついてきていた。 「リコリスさんのお姉さんとは、わたしも仕事場でちょくちょく御一緒するんです。ほら、チェロンさんのラジオで」 「世界救済会だ。えっと」 「わたしがアシスタントで、ちょこちょこお姉さんが……初音ミクさんが歌ってくれてて」 「あー、なるほど! ……え?」  背後でシイナも、なんか乙女がしてはいけない表情になっていた。  だが、階段をホームへと歩きながら、リコリスは動じない。 「そうだ、姉さんは音と声とで歌を奏でる。私もまた、違う形で歌う人形のようなものだ」 「そっかー」 「……そこまで大きくは驚かないのだな、フィーは」 「まあね。ふふ、いつもそういう人たちと一緒にいるから」 「一式、ナガミツのことか?」 「うん、そう」  無人のホームに出ると、吹き渡る風が冷たい。  指定された場所はここだが、全く人気はなかった。勿論、平時であってもこんな時間に走る新幹線はない。そもそも、京都までレールが無事に繋がってる保証もない。  白く煙る吐息だけが、静かに零れ出る。  だが、その時信じられない音が空気を伝った。 「あれ? 今……シイナ」 「うん、聴こえた。警笛、じゃない? なんだ、新幹線走ってるじゃん」 「JR、頑張ってくれてるなあ……って、これは」  夜気を切り裂く彩りが、目の前のホームに滑り込んできた。  強烈なイエローの車体に、ブルーのラインがとても鮮やかである。  そう、廃墟と化した品川駅に、突然ドクターイエローがやってきたのだ。あまりにも有名なレア新幹線で、鉄道に詳しくないトゥリフィリでも知ってるくらいだ。  だが、扉が開くと全く動じずにリコリスが乗り込もうとする。 「いくぞ、アヤメ。フィーも、シイナも急げ」 「あっ、待って待って! 写真だけ撮らせて!」 「……アヤメ、我々の任務は」 「いや、そうなんですけど! わたしには一応、アイドル活動も大事なお仕事なのっ」  聞けば、アヤメは地域密着型のアイドル活動をしているらしい。しかし、メジャーデビューした瞬間に竜災害が発生して、彼女の日常は一変してしまった。  世が世なら、若い世代の話題を総ざらいしてた可能性もある少女なのだった。  改めてトゥリフィリは、あの瞬間が世界の全てを変えてしまったのだと思い知る。だが、大きく変わったし、壊れて綻んでても……ここにはまだ、沢山の人たちが生きている。  その手助けをすることも、ムラクモ13班の大事な任務だ。 「よしっ、じゃあ行こうか。待ってて、ナガミツちゃん。絶対に追いつくから」  決意も新たに、トゥリフィリはドクターイエローに乗車した。  だが、連れは皆どこか緊張感がない。リコリスも警戒心を励起させているものの、それはどこか澄んだ清水のように静かなものだ。そして、シイナは相変わらずのノリで、早速アヤメと意気投合し始める。 「駅弁が欲しいですよねー、こう、SNS映えする感じの駅弁が」 「駅弁ねー、あれ結構疲れるんだよね。腰にくるっていうかー」 「もー、シイナさんてばオヤジかっ!」 「うんにゃ、オヤジじゃなくて美少女? あと、シイナでいいよん」 「あ、はいっ。わたしのこともアヤメって呼んでください」  こうして一行は、一路京都へ……その先に激闘が待つとも知らず、夜汽車がレールの上を走り出す。ドクターイエローは今、闇を切り裂く黄金の矢となって馳せるのだった。