クラシカルなフォルクスワーゲンに、トゥリフィリたちは転がり込んだ。  同時に、激しいホイルスピンの叫びと共に、車体が急加速する。どう考えても、車体の見た目通りの馬力じゃない。あっという間に京都駅が、飛び出してきた兵士ごと背後に遠ざかった。  どうにかトゥリフィリも、シイナとアヤメも無事だ。  だが、残してきたリコリスが気にかかる。  そんな時、ハンドルを握る声は妙に弾んでいた。 「さっき、敵の足止めに残ってくれた姐さんがいたよな? 大丈夫だ、うちの亥助に任してくんな!」  声もやはり、似ている。  バックミラーに映る顔は、間違いなくナガミツに酷似していた。  だが、その口調はまるで別人だった。  呆気に取られていると、背後から静かに声が響いた。  とても冷たく落ち着いた、ともすれば冷徹さを感じる女性の声だった。 「ようこそ京都へ、ムラクモ機動13班。だが、いきなり散々な大歓迎だったな」  振り向くと、三列シートの最後部に着物の女性が座っている。手には煙管を持っているが、どうやら火は付けていないようだ。  カミソリのような視線に一瞬、ドキリとする。  人一倍敏感に雰囲気を呼んだのか、ブルリと震えたアヤメが抱き着いてきた。  猛スピードで走るワゴンの中で、女性は端的に自分と現状とを説明してくれる。 「私は鈴鹿御前なんて呼ばれてる。まあ、スズカで構わない。そして私たちは……ロクハラ分室。まあ、ムラクモ機関の分所というか、真似事みたいな小さい組織さね」 「ロクハラ……六波羅探題のロクハラですか?」 「そう、それだよ。そして、お嬢ちゃんが気になってるあいつは」  フフ、と小さく笑ってスズカが懐からマッチを取り出す。  揺れる車内で、彼女だけ周囲の空気が別物だった。奇妙な程に静かで、スズカを厳粛な雰囲気が取り巻いている。  だが、運転席から容赦なく少年の声が飛んだ。 「室長、この車は禁煙なんで!」 「おや、そうだったかい? ああ、あいつはコテツ。うちの備品で戦力で、頼れる仲間さ。つい最近、ようやく両腕が直ってねえ」 「おう! 宜しくな、13班。えっと、確か」  復興ままならぬ市街地の中を、物凄いスピードでワゴンは疾駆する。  危なげないハンドリングで運転を続けながら、コテツはチラリとこちらを振り向いた。やはり、顔の作りは瓜二つだが、表情がまるで別人だ。ナガミツはぶっきらぼうで、感情を顔に出すのが苦手なのである。一方で、コテツと呼ばれた少年は快活な笑みを浮かべていた。 「あ、トゥリフィリです。フィーって呼んでください。こっちは」 「ちーっす、シイナでーす」 「アッ、アヤメです! 宜しくお願いしまびゅ!」  アヤメは盛大に噛んだ。  それを見て、またコテツは笑う。  朗らかな屈託ない笑顔で、ともすれば人間のように見えてしまう。  だが、トゥリフィリは彼がナガミツに似ている最大の原因を口にした。 「あの、コテツさんって」 「おいおい、俺もフィーって呼ぶからよ。俺のことはコテツでいいぜ!」 「あ、うん。コテツって……もしかして、人型戦闘機? 斬竜刀、なの?」 「うーん、その辺は色々と大人の事情が……なあ、室長!」  背後でスズカも、うんうんと頷いている。  そして、彼女が手短にコテツの出自についても説明してくれた。 「元々、私もオサフネ先生の研究は支援させてもらってた。けどねえ、守りきれなかったよ。でも、それでもオサフネ先生は最後まで、自分の研究を信じて形にした」 「人の横に立ち、人と共に歩む者」 「そうだ。けど、それを兵器として量産しようっていうバカもいたのさ。そして私は、それも止められなかった。だからこうして、せめてコテツたちは保護しなきゃって思ってねえ」  かいつまんで要約すると、こうだ。  ナガミツとカネミツを生み出した科学者、オサフネの研究……それは当時、この国の一部の政治家たちにとっては、大いに魅力的なものだった。  人の姿を模した、人を超える歩兵戦力……要するに兵器としての需要があった。  だが、それはオサフネの目指す理想とは真逆で、彼はその方向性を拒んだ。  戦うためにナガミツたちは生まれたんじゃない。  人と生きるために生まれたから、その人を戦うために自ら戦いを選ぶのだ。 「けどねえ……結局、あの本土決戦旅団みたいな馬鹿者共は、意外とこの国に多かったんだよ。それで、コテツたちが造られたって訳だ」 「コテツ、たち……あっ! あの、もう一人いません? この間、東京に来た」 「ああ、カネサダだね。コテツの弟なんだが、ちょっと面倒なことになっててねえ」 「カネサダ……それが、あいつの名前。コテツ、カネサダ……」  アヤメが思い出したように話に混じってきた。 「そ、それって、新選組の人たちが使ってた刀の名前ですよね。京都守護職、新選組……あっ、だからかな? ロクハラ分室って」 「そう、今も昔も変わらず、京都を守るための組織……それが私たちロクハラ分室さね。そういう訳で、造られたからには……生まれたからには、こいつらにも戦う意味を、その意義を与えてやりたかった。慢性的な戦力不足だし、デッドコピーでも使いようってね」  運転しながらコテツが「ひでえ言い草だ」とまた笑った。  デッドコピー?  それはどういう意味だろう。  不思議に思っていると、車は寂れた街角のガソリンスタンドに停車した。勿論、周囲に人影はない。早朝の空気は、冬の寒さが見えない氷となったように澄んでいた。  コテツは降りると、自分で給油の作業を始めながら教えてくれる。 「俺たちは、オサフネ先生に造られた訳じゃないからな。その基礎設計と理論をパクって生み出された、まあ、贋作? 模造刀みたいなもんだ。ナガミツに比べて耐久力や防御力が著しく劣るし……腹違いの兄弟みたいなもんだが、まるで別物さ」 「そう、なんだ……でも、ぼくたちを助けてくれた。ありがとう、コテツ。あの、スズカさんも。本当に助かりました」  実際、あの本土決戦旅団なる兵隊たちは、本物の軍隊みたいで恐ろしかった。  ようやく竜災害を退けてみれば、今度は人間に襲われるというのは、話としてはあまりにも救いがない。それでも、この地でトゥリフィリたちは救わねばならない……一番救われないのは、無理矢理古都に連れてこられた仲間のキリコなのだから。  そう思っていると、視線を感じた。  ふと窓の外を見れば、コテツがじっと見詰めてきていた。 「ん? ああ、悪い悪い。フィー、さ。ちょっと似てたからよ」 「似てた、ってのは」 「昔の……相棒にな。そっかー、なあ、フィー。あいつとは、ナガミツとは上手くやってっか?」 「えっ、ななな、なにを突然……上手くは、ないけど……いつも一緒だよ。うん」  途端にシイナとアヤメが、ニマニマと目を細めて笑う。  スズカも静かに頬を崩すと、とうとう我慢できずに煙管で煙草をやり始めた。  突然、ズシャリ! と空からなにかが降ってきたのは、そんな時だった。  現れたのは、先程脱出を手ほどきしてくれた鎧武者である。そして、その肩にちょこんとリコリスが乗っていた。こうして見ると、長身痩躯の美人ボーカロイドも、本当にお人形の少女に見える。  だが、鎧武者がリコリスを降ろして兜を脱ぐと、トゥリフィリは言葉を失った。 「待たせた、すまない。連中、思ったよりはやる……それとこっちのリコリスもな」 「おう、亥助! おつかれ、おつかれ。そっちはリコリス姐さん、だよな? 無事でよかったぜ」 「コテツ、すぐに車を出した方がいいな。大戦の亡霊共が、本格的に動き出した。奴らに先んじて、羽々斬の巫女を奪回し、13班に引き渡した上で脱出してもらう」  亥助と呼ばれているのは、うら若き女性だった。大柄で背が高いが、ガシャガシャと大鎧で歩く姿は確かに女性らしい所作が感じられる。  そして、合流したリコリスからトゥリフィリは、向かうべき目的地を知らされた。 「先程、亥助と脱出間際に連中の一人を尋問した。なに、少し撫でてやったらペラペラ謳ってくれたさ。……二条城だ。フィー、キリコは二条城に囚われている」  すぐにトゥリフィリは、ロクハラ分室の協力を得て二条城に向かう。  冬の弱々しい朝日は、振り始めた雪によってさらに薄く陰ってゆくのだった。