音を引きずる速さで、小さな軽のライトバンが通り過ぎた。  そして、その車体は二条城の正門へと激突する。激しい衝撃音と共に、謎の兵士たちが積み上げていた土塁が宙を舞った。  その時にはもう、トゥリフィリは駆け出していた。 「ナガミツちゃんっ! もうっ、馬鹿! バカバカバカ、バカーッ!」  そう、トゥリフィリたちの目論見は御破算である。皆でフォローしあっての、綿密な計画が台無しだ。  それも、真正面から中央突破とは恐れ入る。  馬鹿だと思った。  馬鹿だと知ってもいた。  けど、馬鹿正直で愚直なくらい、ナガミツは真っ直ぐな少年なのだ。  トゥリフィリは走りつつ、周囲に叫ぶ。 「予定変更っ、このまま突っ込んじゃおうっ! リコリス、アヤメを守ってね。コテツはイスケさんと一緒にぼくについてきてっ! シイナは……好きに暴れてよし!」  いきあたりばったりの雑な指示しか出せない。  それに、言葉より熱いなにかが自分を駆り立てる。  ようやく気温が上がり始めた中、トゥリフィリは朝の京都を疾駆した。あっという間に二条城の巨大な門が見えてくる。それは本来の姿から豹変してしまって、まるでおとぎ話の魔王の城だ。  ここにも、竜災害による迷宮化の弊害が出ている。  かつて覇王信長の息子が、城を枕に討ち死にした面影が全くなかった。 「みんなっ、煙を吸い込まないで。……ナガミツちゃんめ、あとでお説教!」  土煙がもうもうと立ち込める中、敵も味方もシルエットになっていった。  だが、小銃に銃剣を装着した兵士が、十重二十重と行く手を塞いでゆく。  そして、トゥリフィリは見慣れた背中をその前に見た。 「くっ、何者だ! ここを聖なる御所と知っての狼藉か!」 「総員、白兵戦っ! 着剣せよ!」 「本部へ! 敵襲です! はい、正門です! 正面からです!」 「くそったれめ、どこのどいつだ、何者だっ!」  かなり慌てふためいた様子で、向こうはトゥリフィリたちの正確な人数も把握できていない。それでも、大挙する軍靴の足音に、トゥリフィリは自然と銃を抜いた。  そして、冬の空を渡る風が周囲を薙ぎ払う。  肌を切るような冷たさの中に、三人の少年が腕組み仁王立ちしていた。 「ハッハッハー! どこの誰だと問われようとも! 貴様のような悪党に名乗る名は、なぁい! フンッ!」  威勢よく啖呵を切ったのは、キジトラだ。  しかし、彼はそのまま覆面を脱ぎ捨て謎の決めポーズを取る。思わずトゥリフィリは、あちゃー! と顔を手で覆った。素顔を晒せば、名乗ったも同然である。  ナガミツも顔のボロ布を脱ぐと、それを吹き付ける風に遊ばせ解き放った。 「……キリは、どこだ。俺の仲間はどこだって聞いてんだ、オラァ! 邪魔すんなら、ブッ飛ばす!」  トゥリフィリは初めて見たかもしれない。  あのナガミツが、怒りに総身を震わせている。  決して人間に危害を加えない、加えようとしない彼が拳を構えた。その先で、古き大戦の幽鬼たちがたじろぎ狼狽える。 「あっ、あの顔は……本部、応答願います! 斬竜刀です! ムラクモ機関の!」 「それと、あっちは確かコードネーム・キジトラ。気をつけろ! 驚異的な身体能力で卑怯な手を使ってくるぞ!」 「隅のやつは、あいつは! ……誰だ?」 「あれ、俺見たことあるかも……yumetubeで。ほら、ミクさんの動画配信してる人だよ」  ムラクモ13班の三バカトリオ、勢揃いだ。  そう、馬鹿はとうとうやってきた。  思わずトゥリフィリは、駆け寄りその背をカバーする。 「ナガミツちゃん! キジトラ先輩も、ノリト君も!」 「おお? フィー……どうしてここに?」 「ナガミツちゃんが飛び出しちゃうからでしょ! もー、少しは相談してよ!」 「わ、悪ぃ! えっと、ごめんなさい。それと、ありがとな」  本土決戦旅団なる部隊の兵士たちが、ようやく混乱から立ち直り始めていた。  だが、既に目の前に正門は見えている。  あとは突入あるのみ、誰もが身構え気合を入れた、その時だった。  不意に、ヒステリックな声が叫ばれた。 「貴様等ぁ! 聖なる御所に踏み入ったばかりか、生まれ持ったる力の無駄遣い! 天が許しても、この私が許さぁん!」  細面の神経質そうな男が、手に拳銃を持ってこちらを睨んでいた。  キジトラが小さく「おっと、指揮官殿のお出ましか」と呟く。旧帝国軍の軍装にはトゥリフィリは詳しくはないが、見るからに階級の高そうな格好をしている。胸にジャラジャラと並べた勲章など、無駄の一言に尽きる容姿だ。  恐らくあの男が、本土決戦旅団なる不審者集団の頭だろう。  その証拠に、振り返る兵士たちが口々にその名を呼ぶ。 「マキシマ大佐! 敵です、ムラクモ機関……機動13班! 竜殺し!」 「されど我ら、意気軒昂! 正門を死守して七生報国の覚悟アリ!」 「指揮を、指示を! 指揮官殿、旅団長殿!」  兵士たちの声を、男はゆっくり上げた右手で制する。  そして、落ち着きを取り戻したのがねっとりと喋り始めた。それはどこか、自己陶酔の滲む声音である。 「よろしい、諸君。きゃつらは国賊、我らが救国の計画を妨害する敗北主義者である。そう、一度は我々も敗北した! 竜に! ……だが、この国は立ち上がる。何度でも蘇るのだ! 新たなる力と共に!」  一世紀遅れの軍国主義者が、過激なアジテーションを叫んだ。  だが、身動き一つせずにナガミツが口を開く。  真っ直ぐマキシマを見詰めて、彼は静かに言い放った。 「俺は……俺たちは、負けちゃいねえ。そして勿論、手前ぇ等にも負けるつもりはねえよ」 「黙れ、人形! 人の造りしカラクリ斬竜刀よ!」 「人形でもカラクリでもねえ……俺は、ナガミツ! オサフネ先生が夜に送り出してくれた、一式ナガミツだ!」 「ほう? 人に逆らうのか? 人を殴れるのか、小僧ぉ!」  その時だった。  風が止んで、周囲の空気が凍った。  ナガミツが、高速で踏み込み拳を引き絞る。極限の動体視力を持つ、S級能力者のトゥリフィリにはそれが見えた。まるでコマ送りみたいに克明に知覚できた。  わざわざ兵士たちの前に出張っていたマキシマの、その眼前に肉薄する。  腰の入った正拳突きが、冷たい空気の渦を巻いて放たれた。 「ひ、ひあっ! あ、ああ……なっ、なな、なにをしている! 貴様等、私を守らんか!」  寸止めだったが、鼻先に突きつけられた拳にマキシマは腰を抜かした。情けないことに、そのまま地面にへたり込んでしまう。  どよめきが起きる中で、拳を引いたナガミツの声が決然と響いた。 「俺は人は殴らねえ。ただ……人でなしの腐った性根は斬る。竜も同然に切り裂き、そのクソみてえな悪巧みを! 断ち割る!」  あっという間に、周囲は鉄火場になった。  向けられる無数の銃口に睨まれながら、トゥリフィリたちはついにその力を解禁する。それは、人を守るために与えられた狩る者の力……人智を超えたS級能力者の力だった。