戦端は開かれた。  トゥリフィリはまたも、望まぬ戦いへと巻き込まれてしまう。  だが、京都駅で襲われた時に比べれば、少しはマシだ。  多分、ナガミツと合流できたからだろう。  そして、誰もが戦いを望んでいなくとも……仲間の奪還は躊躇わない。こうしている今も、あの不安定な少女は泣いているかもしれないのだ。 「とはいえ、数が多いなあ……っとっとっと、ごめんね!」  相手は兵士、軍人だ。  もっとも、正規の軍隊とは思えないし、この日本に軍隊は存在しない。自衛隊はあくまでも、専守防衛をモットーとした防衛戦力だ。  ならば、この本土決戦旅団なる男たちは、まさしく旧大戦の亡霊である。  古めかしい三八式歩兵銃に銃剣を光らせ、次々とトゥリフィリの命を狙ってきた。  だがトゥリフィリは逆に、彼等が命を落とさぬように細心の注意を払う。 「ぐっ、なんだ!? この少女、強いぞ! ゲファ!」 「気をつけろ、ムラクモ13班は全員がS級能力者だ!」 「数で抑え込め、奴らを分散させて押し込むんだ!」  トゥリフィリには、トリックスターとしての俊敏性があって、今はその力を僅かに緩めて踊る。そう、踊るように、舞うように戦う。  もとより両親には護身術を叩き込まれており、無手の体術もそれなりにこなせた。  そして、やはりと京都駅での疑念を確信に変える。 「やっぱり……ッ! この人たち、ほとんど素人だ! 多分、A級能力者くらいはあるけど、戦いを知らないみたい。ならっ」  そう、軍装こそ勇ましいが、旧帝国陸軍の青年将校もどきたちは、まるで戦い方がなっていない。訓練されているのだろうが、培った力と技の使い方を知らないのだ。  実戦を知らない、経験していないのだろう。  だが、妙だ……先程のマキシマ大佐の口ぶりでは、彼等は日本を防衛するために立ち上がったのではないのか? キリコを、羽々斬の巫女を監禁同然にしていることは腹ただしいが、志だけはあるのではないだろうか。  ならば、竜災害とは戦わなかったのか? 「そんなこと、今は考えてても……ああもうっ、手加減がめんどうっ!」  トゥリフィリが銃口を向けると、一瞬だけ敵の動きが止まる。  ようするに、ビビってるのだ。  こちらが撃たないと思っている、その気配を察することすらできない。それは、本当に撃たれて死ぬ実戦を知らない証拠とも言えた。  それを利用してのフェイントで、あっという間にトゥリフィリは数人を投げていなす。  風鳴りの音と共に、投刃が飛来したのはそんな時だった。 「フッ、疾風のアジターテッ! 乙女に対して多勢に無勢、見過ごせませんね」 「あっ、ノリト君。……キャラが、復活してる。ふふ、ありがとっ」  次々と兵士たちは、手にした銃を落とした。  そして、気取った仕草でパーカー姿の少年が歩み出た。ハッカーのノリトは、戻ってきたチャクラムを手で受け止め、小さく鼻で「フッ」と笑った。  刹那、彼の周囲に無数の光学キーボードが浮かび上がる。 「班長、ここは私たちに任せてナガミツたちと奥へ。キリコのことを頼みますよ」 「あ、うん……でも」 「お気になさらずに。私は古き戦の亡者たちへと、鎮魂歌でも奏でるとしましょう!」  ノリトが次々と、光学キーボードを奏でてゆく。  そして、トゥリフィリの全身を光が包んでいった。  身体が燃えるように熱いのに、心が澄み渡ってゆく。溜まり始めていた疲労感が遠ざかり、一気に全身が軽くなった気分だ。 「さあ、行ってください!」 「うんっ。ナガミツちゃん! キジトラ先輩、シイナ! 行こうっ!」  二条城への入り口は今、兵士たちが固めている。  だが、今のトゥリフィリたちなら強行突破も可能だ。   そして、その必要すらないまでに仲間たちが頼もしい。 「フィー! ここはわたしに任せてくださいっ! さあ、これが正真正銘っ、本当のっ! 死霊の盆踊り、ですよーっ!」  アヤメがメガホンを片手に、ひっくり返った戦車の上に飛び乗った。  その瞬間から、彼女だけのステージが始まる。  可憐なステップと一緒に歌声が響けば、行く手を遮る者たちが自然とリズムに踊らされる。走るトゥリフィリたちの背を押す調べは、亡霊たちに戦いを忘れさせた。 「なっ、なんだ! 隊長、身体が勝手にっ!」 「くっ、なんだこれは! 精神攻撃の一種か!? なんだというのだ、あの小娘はっ!」 「御存知ないのですか、隊長! 彼女こそ、世界救済会が誇る超銀河ラジオアシスタント! アヤメちゃんです!」  このまま、突破できる。  ノリトとアヤメの援護で、トゥリフィリたちは一気に二条城へと雪崩込む。  ――筈だった。  だが、文化財を踏み躙る履帯の音が、キュラキュラと金属音をこすらせ合う。目の前に突如、鋼鉄の騎士が現れた。その小さな砲塔が旋回し、トゥリフィリたちを睨んでくる。 「うっ、まだ戦車が!? もぉ、こっちは戦争なんてやってるつもりはないのにっ」 「むぅ、あれはチハたんっ!」 「え? 知ってるの、キジトラ先輩」 「うむ。真偽の程は定かではないが、機関銃で穴が空くくらいかわいらしい、マニアに大人気の中戦車だ。旧大戦の折、帝国陸軍で運用されていたものだな!」 「……それって、戦車としてどうなの」  九七式中戦車チハが、門の奥から次々と姿を現す。  戦車としては小さい部類らしいが、トゥリフィリが見上げる姿はまさしく鋼の巨獣だ。  流石に戦車には、アヤメの歌も通りそうもない。  そう思った、その瞬間だった。  今度は周囲の兵士たちが驚愕の声を叫ぶ羽目になる。 「マキシマ大佐ぁ! てっ、てて、敵が」 「ふははははっ! 戦車で踏み潰せ! S級能力者なにするものぞ! ……なんだ、報告は正確にしろっ! 貴様、それでも帝国軍人か!」 「敵が……敵もまた、戦車を」 「そっ、そんな馬鹿なぁ!」  トゥリフィリも思わず、振り返って目を見張った。  大通りの積雪を踏み分けて、チハとは別の戦車が現れた。それも、一両ではない。  そしてよく見れば、それは都庁の玄関口でお馴染みの戦車だった。 「あ、あれは」 「おお、今度は十式戦車か! これは自衛隊の援軍……では、ないなあ! だが好機! 班長、ナガミツ、シイナも! この隙に突入だっ」  そう、いつも都庁前の守りを固めてくれる戦車だ。自衛隊のお兄さんたちが乗っているやつである。そして、その先頭の上に腕組み仁王立ちで、もう一人の歌姫が立っていた。 「待たせたな、フィー。さあ、お前たち! 盲信者たちの目を覚ましてやるがいい」  リコリスだ。  彼女の歌は、戦いの歌。転輪の回る音がリズムを刻めば、たちまち敵は慌てて射撃を開始する。この市街地のド真ん中で、連中はチハの主砲をブッ放した。  だが、十式戦車の鋼の走行が、コァン! と甲高く歌う。  最新鋭の技術で作られた第五世代型MBTの前では、チハなど軽自動車みたいなものである。 「さあ、アヤメ! 歌おう……ノリト、音をくれ。私たちのステージは今、始まる。時代錯誤の軍国主義者たちよ、私の! 私たちの歌を受け取れっ!」  あっという間に、周囲は大混乱になった。リコリスは全能力を総動員して、複数の戦車をリモートで操っている。打ち鳴らされる鋼の響きに、アヤメの即興歌が兵士たちをどんどんスキップで逃していった。  ノリトのシンセサイザーがビートを刻む中、彼等のステージに背を向けトゥリフィリたちは走り出すのだった。