二条城の内部は、トゥリフィリが知る面影を全く残していなかった。  かつて御所でもあった歴史的な建造物は、帝竜によって迷宮化した上に、例の本土決戦旅団によって軍事拠点のようになっている。  それでも、かろうじて通路の節々に微かに当時を見て取ることができた。  そんな中をトゥリフィリたちは、全速力で駆け抜ける。 「酷い……ただでさえ竜災害で滅茶苦茶なのに」 「フィー、今はキリの救出が先だ。けど、わかるぜ」 「ナガミツちゃん」 「人間は古いものを大事にするよな。俺だって、昔の機械、過去の技術が積み上げられてできてるからよ。なんか、そういうもんなのかなって」  ここ最近のナガミツの人格、情緒や感情の機微は成長めざましい。相変わらずぶっきらぼうで仏頂面だが、以前のマシーンのような雰囲気はすっかりなりをひそめてしまった。  その原因の一人が、トゥリフィリを追い越し先行して走る。 「この先に人の気配があるな! ぬかるなよ、ナガミツッ!」 「おうっ! フィー、俺がキジトラと前に立つ。援護を頼むぜ」  そう、キジトラだ。  この奇妙な青年は、不思議と13班の誰からも好かれていた。取り立てて特別なことをしてる様子もなく、キジトラ自体は常に自然体。そんな彼の飾らぬ人となりが、少年少女の兄貴分として慕われている。  特にナガミツとのやり取りは、まるで同世代の男の子同士みたいで微笑ましい。 「これが、男の子ってやつぁ……って感じのあれだねえ」 「ん? どうした、フィー」 「ううん、なんでも!」  やがて、複雑に入り組んだ通路の先で視界が開ける。  そこには、またも沢山の兵士たちが待ち受けていた。どうやら外の騒ぎは伝わっているらしく、全員が小銃を構えている。  だが、迷宮という密室内での戦闘は、13班の独壇場だ。  トゥリフィリたちは、伊達に七つの迷宮を踏破してきた訳ではない。 「フハハハハッ! コスプレ御苦労っ! 少し眠っていてもらうぞ!」  キジトラの全身が僅かに屈んで、次の瞬間に消える。  その跳躍を目で終えなかった兵士たちが、驚きの声で動揺を連鎖させた。 「なっ、き、消えたっ!」 「ええい、狼狽えるな! 帝国兵は狼狽えない!」 「ど、どこに――!?」  そう、迷宮は上下左右を密閉された屋内戦闘の場だ。そして、S級能力者の身体能力があれば、その限られた狭ささえも武器になる。  キジトラは得意の身のこなしてジャンプし、天井を蹴り上げ壁を走る。  あっという間に彼は、驚く兵士たちの背後に立っていた。 「さあ、おねんねの時間だ。まったく、笑えぬ冗談だな! 仮想戦記モノの読みすぎだ!」 「なにぃ、後ろだとぉ!? いつの間に!」  すかさずトゥリフィリは、バタバタと銃口を翻す男たちを撃ち抜く。  その手から、骨董品の小銃だけを叩き落としてゆく。  電光石火の早撃ちで、しかも狙いは正確だ。  あっという間に兵士たちは、武器を失い沈黙した。  それでも、この場の隊長らしき男が腰の拳銃に手を伸ばす、が―― 「もうよせって。見てらんねえよ。戦う相手を間違いやがって、ったく」  引き抜かれた拳銃を、ナガミツが無造作に掴んだ。  その握力が、引き金をひく力を上回る。古いモーゼルのデッドコピーは、ナガミツの手で撃鉄を封じられていた。シンプルな構造故に、運動エネルギーそのものを握り潰せば拳銃は用をなさなくなる。  それでもナガミツは、拳銃を男から奪い取る以上のことはしなかった。 「おお、みんな手際いーじゃん?」 「あっ、シイナ。どこいってたの」 「いやあ、ほら。迷宮化してるし、地図とか見取り図みたいなのないかなーってさ。で、手に入れてきた訳ですよ、うんうん」  あとから追いついてきたシイナは、手に折りたたんだ紙を持っている。  どうやら、ここに陣取った連中の地図らしい。  どれどれと覗き込めば、奥に奇妙な区画が記されている。どうやら、そこでなにかが行われているらしい。警備がそこだけ厳重になっているのも、それを無言で物語っていた。 「ふむふむ、この奥だね。おーい、ナガミツちゃん。キジトラ先輩も」  既にこの場を制圧し終えて、更に先へとトゥリフィリは気が急いてしまう。  こうしている間も、仲間のキリコが危険な目に合わされているかもしれないのだ。下手な強がりと使命感に押し潰されて、まだ14歳の少年でも少女でもない子が泣いている。そう思うと、ついつい焦りが滲んでしまう。  だが、ナガミツは不意に身構え舌打ちを零した。 「チィ! やっぱいやがったな……フィー、キジトラたちと先に行ってくれ」 「ナガミツちゃん?」 「なんかよ、嫌な感じだぜ。オラッ、そこだ!」  ナガミツの叫びと同時に、突然目の前の壁に線が走る。無数の光が上下左右に入り乱れて、あっという間に細切れになった。  その奥から、冷たい殺気がゆっくり近付いてくる。  ナガミツはトゥリフィリを守るように立ちはだかって、無数に舞い散る瓦礫を拳で叩き落とした。迷宮の壁を切り裂いて現れたのは、写し身のようなもう一人のナガミツ。  否、似ても似つかぬ氷のような少年だった。 「現れたな、一式。悪いがここまでだ」 「へっ! よく言うぜ。おう、名乗れよ。俺ぁナガミツ、一式ナガミツだ」 「……カネサダだ」 「おう。んじゃ、ま……先日の礼はさせてもらうぜ? 覚悟しやがれっ!」  コテツの弟、カネサダが現れた。  今となっては、トゥリフィリに戦う理由はない。自分たちがコテツと共に動いていることを知れば、彼との戦闘は回避できるような気がした。  だが、そのことを説明する時間が持てない。  あっという間に二人の斬竜刀は戦闘に突入した。 「巫女様を守るのが僕の使命だ。もう……巫女様が戦わなくていいようにする!」 「言ってろ、馬鹿がっ! お前、あいつが……キリがどうなってるか、知らねえのかよ!」 「なにっ!? ……い、いや、惑うな! 僕はただ、なすべきことを、なす!」 「そうやって、言われたことだけやってるとなあ! 大事なもんをなくしちまうぜ!」  カネサダが居合に構えた。  だが、その懐に既にナガミツは飛び込んでいる。その踏み込みは、低く、そして鋭い。まるで地を這う影のように、彼は全力で距離を殺しにかかった。  ナガミツの頭上を、見えない剣閃が走る。  神速の抜刀術は、納刀する鍔鳴りの音が遅れて聞こえる程だ。  その鮮やかな剣術は……トゥリフィリの目にも、一流に見えたが。それでも、超一流の使い手を見てきた彼女には、はっきりと太刀筋が把握できた。  勿論、ナガミツにもだ。 「――なっ!?」 「遅えよ……キリやエジィの方が、何倍も疾ぇ!」  ナガミツが、無造作に前蹴りを放つ。  それは、再び抜刀しようとしたカネサダの剣を、鞘へと押し込んだ。上体を起こしたナガミツの脚が、剣の柄を抑えてしまったのだ。  流石にカネサダが表情を失った、その時だった。  ナガミツは、刀の柄をそのまま踏むようにして、蹴り上げで縦に一回転。  派手に吹き飛んだカネサダも、咄嗟に背後に自ら飛び退き威力を殺したようだった。 「クソ、浅いか……フィー! 早く行ってくれ! 俺は……こいつとケリをつける!」 「わ、わかった。けど、ナガミツちゃん!」 「わーってる! やりすぎねえつもりだ。けど、手加減してられる相手でもなさそうだ」  もうもうと舞い上がる土煙の中から、ゆっくりとカネサダが立ち上がる。その目には、かつてのナガミツのような冷たい機械の感触が満ちていた。  不思議と同じ表情は、炎と氷のように互いをかき消す勢いで再び激突するのだった。