――東京スカイタワー。  工事中に竜災害に見舞われたものの、復興の象徴としてようやく完成しつつある。その威容を見上げれば、ただただトゥリフィリは溜息が零れた。  人類の文明は、こんなにも巨大な建造物を生み出してしまう。  太古の聖典にあるバベルの塔の如く、スカイタワーは天へと真っ直ぐ伸びていた。  エントランスからエレベーターに乗ると、思わずガラス張りの壁に張り付いてしまう。 「ひゃー、高いねえ。あの東京タワーより高いんだもんね」 「高さ634m、まあ倍は違うわな」  はしゃぐトゥリフィリに目を細めつつ、相棒のナガミツもどこか楽しそうだ。  そして、二人を乗せたエレベーターは、あっという間に地上の景色を置き去りに空へ。まるで天空の中を飛んでいるかのようで、不思議とテンションが上がる。  展望台フロアへと降り立てば、既にマスコミや工事関係者が並んでいた。  人混みの中で、見知った白衣姿がこちらを見つけて手を上げてくる。 「やあ、フィー。ナガミツも。お疲れ様」 「キリノさんもお疲れ様です。えっと、今日のぼくたちは」 「任務という程でもないんだけどね。今日のイベントに立ち会ってほしいんだ。……この街を、そして世界を救った英雄としてね」  自分でも言ってて照れるのか、頬を赤らめキリノがはにかむ。  今日、東京は復興へと大きな一歩を踏み出す。いよいよ、全世界との通信が回復し、ネットワークが復旧するのだ。既に首脳陣同士では、互いの国の無事は確認されている。ダース単位で国家が地図から消えてしまったが、まだ地球人類は各地で戦っていた。  その全ての国と地域が、このスカイタワーを中心に繋がる。  地球でも最大クラスの電波塔は、ネットワークの中継基地でもあるのだ。 「キリノさん、そんな……ぼくもナガミツちゃんも、英雄なんかじゃないですってば」 「いやいや、ムラクモ13班のエースにして班長、フィーは立派な英雄だよ。……正直、凄く憧れる。尊敬しているんだ、フィー」 「もー、やめてくださいってば。それに」  一瞬、目を閉じて追憶を引っ張り出す。  瞼の裏に、沢山の仲間たちの笑顔が蘇った。  今も頑張ってる人がいる。  力を失ってしまった人もいる。  なにより、去ってしまった人たちがいるのだ。  その全てが力を尽くして得られた平和は、トゥリフィリだけのものではない。名もなき都民の一人一人でさえ、苦しい中で笑顔を忘れず復興に取り組んでいるのだ。 「それに、キリノさん。ぼくが英雄だったら、キリノさんだってそうです」 「そ、そうかなあ……いや、僕はそういう器じゃない。ナツメさんみたいに、いい総長でもないし、決断力も知識も、なにもかも中途半端だよ」 「でも、そんなキリノさんが信じて支えてくれたから、ぼくたちも戦えた。ね? ナガミツちゃん。……あれ、ナガミツちゃん?」  ふと気付けば、ナガミツが隣にいない。  さてはどこかに……そう思ってトゥリフィリが周囲を見渡すと、売店がある方からナガミツが帰ってきた。その手には既に、無数のお土産が抱えられている。  呆れたことに、キリノが熱い想いを語ってる中、お買い物が我慢できなかったようだ。 「ちょっと、ナガミツちゃん?」 「ん? ああ、ほらフィー。これ、美味いぞ。スカイタワーまんじゅう」 「もー、そうじゃなくてー」 「ほら、キリノも食え。ったく、今更な言葉を並べやがって。お前は仲間で、俺たちの頭だろうが。信じて戦うからには、お前にも少し格好透けてもらわねえとよ」  キリノは呆気に取られていたが、ナガミツにホカホカのスカイタワーまんじゅうを押し付けられ、受け取った。ナガミツは不器用なりに、彼は彼でキリノを気遣ってるようだった。  突然子供の声が飛び込んできたのは、そんな時だった。 「あっ、いたいたー! 13班だー!」 「俺、あいつ知ってるぜ! ざんりゅーとーって言うんだ、すっげー強いんだ! 議員のパパが言ってたもん」 「すごーい、本当にロボットさんなの? 格好いい!」  わちゃわちゃと子供たちがやってきて、あっという間にトゥリフィリは囲まれてしまった。皆、瞳をキラキラ輝かせて見上げてくる。  どうやら、避難民の子供たちも何人か招待されているようだった。  ちらりと見やれば、ナガミツも無表情ながらわずかに眦が下がっている。 「おう、お前ら。これから大事な式典なんだ、行儀よくしてろよ?」 「はーい! ねえねえ、お兄ちゃん。お土産買ったの? そんなに?」 「当たり前だろ、お前らは運良くこれたがけどよ……抽選に外れた子供もいっからな」 「ふーん、そうなんだ……じゃあ、今日はあれ、やってくれない?」 「んな訳ねーよ。フィー、ちょっとこれ持っててくれ」  トゥリフィリの返事もまたずに、ナガミツは土産物の山を押し付けてきた。タペストリーに絵葉書、キーホルダー、そして何故か熊の木彫りまである。  ナガミツは身軽になると、早速片手で楽々子供たちを抱え上げた。 「わーい、たかーい! スカイタワーの中で今、わたしが一番てっぺんにいるー!」 「は、はやく代わって! 僕も、僕も!」 「ナガミツはやっぱすげーな、ざんりゅーとーだもんな!」  そういえば、ナガミツはキジトラやノリトと一緒によく、避難民の子供たちと遊んでいることがある。そんな時、彼の横顔は驚くほどに優しく見えるのだ。  常に仏頂面の鉄面皮に見えて、ナガミツはどんどん表情豊かになってゆく。  それが一番よくわかる人間でいられることが、トゥリフィリも少し嬉しいのだ。  思わず顔が緩んでしまったトゥリフィリは、背後からの声に表情を引き締めた。 「あっ、アヤメちゃん。生中継、お疲れ様ー」 「フィーもお疲れ様でっす! ふふ、どうです?」 「どうです、って」 「なんか今、彼氏さんを見詰める熱い眼差しになってましたよ?」 「はは、そんなんじゃないって。違わなくも、ないかもだけど」  最近正式に13班のメンバーになった、アヤメだ。彼女は歌と踊りで戦う、全く新しい対竜戦術要員の候補生でもあったのだ。  確かに京都で、トゥリフィリたちは目撃した。  空気を震わす歌声が、はっきりと物理的な力として顕現するのを。  だが、そんな力を宿しているとは思えぬくらいに、アヤメは普通の可憐な女の子である。トゥリフィリから見ても、ちょっとかわいいだけの駆け出しネットアイドルでしかない。  みんなそう、S級能力者は狩る者などと呼ばれていても、皆がどこにでもいるありふれた人たちだ。それを忘れていないからこそ、トゥリフィリたちは過酷な戦いを駆け抜けられたのである。 「あっ、もうすぐ式典が始まるみたいですね。ほらほら、キリノさんっ! ムラクモ総長としてシャキッとしてください? 来賓席はあっちです。わたしたちは隅にいますから」 「わ、わかったよ、アヤメ君。うーむ、責任重大だ……緊張するなあ、はは」 「大丈夫ですよ、座ってるだけですから。キリノさんはいつも、ドーンと構えて座っててくれればいいんです。それでわたしたちも安心するんですから」 「なんか、置物の招き猫みたいな扱い……シュン。で、でも、それでみんながいいなら、僕も悪くないなあ」  キリノは呑気なことを言いつつ、来賓席の方へと去っていった。  そして気付けば、マスコミたちがカメラをキリノへ向け、続いてトゥリフィリたちをフラッシュの光が包む。  既にムラクモ機関は極秘組織ではなくなっていて、今や東京の平和を守る公的機関だ。支援を受けやすくして、自衛隊との連携を円滑にするための措置で、これはキリノの英断だったと言えるだろう。 「じゃ、ナガミツちゃん。アヤメちゃんも。あっちに下がってよっか」  今日は戦いはない……再び訪れた平和の中での、復興への旅立ちの日だ。再び世界は人類の手で、未来へ向かって動き出す。  晴れ渡る空を振り返って、トゥリフィリがそんな想いを新たにしていた、その時だった。  不意に雲一つない青空が、濁って澱む。  急な天候の激変と同時に、強烈な悪寒がトゥリフィリを包む。  同時に、世界は思い出した。  既にこの星は、地球は……そして宇宙は、真の支配者を人間たちに刻み終えているのだと。