迷宮の奥底で遭遇した、セクト11の隊員たち。  だが、彼らは仲間である筈のガーベラへと痛烈な言葉を浴びせてきた。  それも、笑いながら。  一瞬、トゥリフィリは耳を疑った。 「調子に乗るなよ、裏切りのガーベラ。お前はタンク、俺らの壁だ。ステイツへの忠誠があるなら、与えられた任務だけをこなしてりゃいいんだ」  トゥリフィリが目を丸くしてると、その隊員は口元を歪めて笑った。  その間もずっと、特殊スーツを着込んだ男たちから強烈な殺気が発せられている。S級能力者、それも訓練された人間の威圧感だった。S級能力は極めて稀な体質だが、アメリカはその数を揃えて鍛え、特殊部隊として運用するだけの力を持っているのだ。  だが、そんな彼らがガーベラを見る目は、とても冷たく刺々しい。  そのことに口を出そうとしたトゥリフィリに、さらなる言葉が投げかけられる。 「よぉ、お嬢ちゃん。知ってるか? なんでそいつがガーベラって名前か」 「……綺麗な花、だから。ガーベラって、菊だから」 「ハッ! これだから平和ボケしたジャパニーズの思考は」  男は仲間たちを振り返って、皆でゲラゲラと笑う。  吹替版のアメリカンホームドラマを見てるような気分だが、その内容は全然笑えない。  むしろ、仲間を嗤う彼らにトゥリフィリの気持ちがささくれだった。  ただガーベラだけが、真顔で黙って立ち尽くしていた。 「そいつはジャパニーズの開発した基礎理論を流用した……まあ、ようするにステイツの諜報部が手に入れた機密情報の産物だ。日本から見れば、裏切り者だぜ」 「例えそうでも、ぼくたちは裏切られたつもりはないよ。おキクちゃんだって、全然裏切ってない。そう生まれたとしても、どう生きるかは全然別の話」 「まあ聞けよ、お嬢ちゃん。ジャパニーズは昔から、やたらと人型の兵器が出てくる物語が好きだ。アニメやマンガ、ゲーム……ロボットに乗ったり、ロボットと寝たりな」  ニヤニヤと男は、肩に担いだ対物ライフルをトントンと踊らせている。  持って回った言い方は不可解で、そして不愉快だ。  そして、どうやらそれは背後のキジトラも同じらしい。  その空気は共有されず、微塵も伝わらなかった。 「ステイツにもいるんだぜ? 救えないギーグがよ……そいつがガーベラの名付け親だ。なんだっけな、ガンダム? そう、ガンダムだ!」 「……えっと、なんだっけ」 「アニメに出てくるんだよなあ。裏切り者のガンダムがよ。その名前がガーベラらしいぜ?」  初耳だが、これで合点がいった。  確かにあの時、ガーベラは自分の名前が好きではないと言った。やはり、鉄面皮の凍れる乙女にも、感情があるのだ。そして、好きになれない理由にトゥリフィリは納得した。  名前、それは生まれて初めてもらうプレゼントだ。  そこには、名を贈ってくれた人の祈りや願いが込められている。  名を得ること、与えることは、物理的な現象に繋がる程強い行為なのだ。  それで思わず、トゥリフィリは叫びそうになった。  だが、抗議の言葉を先に叫んだのは、隣に歩み出てきたキジトラだった。 「クハハハハッ! 笑止! 貴様がガンダムを語るでないわぁ!」 「ホワイ? なにか言うことでも? ニンジャボーイ」 「サブカルチャーから取られた、生まれと身の上を彷彿とさせる名! だがそれは、決して汚名などではなぁい! 貴様ら、知らんのか? こいつは命令通り、ちゃんと迷宮の出入り口を確保して戦っていたのだ!」  グイと親指でガーベラを指差し、キジトラは声を荒げた。  キジトラがこうまで激して憤るのは珍しい。  そして、以前に何度か激怒した時……常に怒りの対象へと毅然とした行動を実行してきた。童心を忘れぬ永遠の少年は、そのまま純粋な正義の心をずっと宿し続けてきたのだ。  キジトラの言うことは正論で、もっともだ。  そうでなければと、トゥリフィリも言葉を続ける。 「おキクちゃんは裏切り者じゃない。あなたたちは一度でも、彼女に裏切られたことがある? ない筈だよ。だって、おキクちゃんは――」  似てるから。  ぶっきらぼうで、無愛想で、そして妙に生真面目で。  我が身をいとわず敵と戦い、人間を守ってくれる。  みんなを守るトゥリフィリをさえ、守ってくれるのだ。  そんな娘が裏切り者呼ばわりされるのは、正直腹に据えかねる。  そして、ガーベラが口を開こうとした、その時だった。  不意に、突然よく通る声がその場の全員を振り向かせた。 「勝負あった、ってとこかな。兵隊さん、その辺にしときな。あんた、女を口説いたことがないだろ? 丸わかりだぜ?」  知らぬ間に、一人の男が近くに立っていた。  タレ目の優男で、軽薄な笑みを浮かべている。服装もそれに準じたもので、夜の街が似合いそうな二枚目である。  だが、その目元は笑っていても強く燃える光をたたえていた。 「なっ、誰だ手前ぇ!」 「さてね? まあ、カジカさんに頼まれたんだ……これも仕事さ。それと……女を泣かす奴ぁ、職業柄どうしても許せないんでね」 「機械が泣くかよ! 涙だって出ねえぜ、ガーベラは!」 「……人間だって、涙も流さず泣く夜があんだろ。野暮だねえ、オタク」  例の男が対物ライフルを構えた。  瞬時にトゥリフィリも、銃を抜く。  だが、その時にはもう「グッ!」とくぐもる悲鳴が響き渡っていた。  セクト11の面々がざわめき立って、手を抑えて例の男が舌打ちを零す。彼が持っていた対物ライフルは、スコープを撃ち抜かれて地面に転がっていた。  そして、優男の手に硝煙をくゆらす拳銃がある。  44口径のデザートイーグルだ。  とても、片手で撃てるような代物じゃない。 「あ、あなたも……S級能力者、ですか?」 「ビンゴだ、お嬢ちゃん。失礼、班長殿。俺の名は、カグラ。バックアップに来たぜ? 要救助者が出たら、戦いに連れ回す訳にはいかねえからな」 「助かりますっ。こちらの男性を」 「了解だ。それと、そっちの……キジトラ、だっけか? いい啖呵だったぜ? こりゃ、お兄さんも少しは頑張ってみせないとな」  へらりと笑うその評定とは裏腹に、カグラの視線は鋭く敵を射抜いている。  だが、その眼差しを遮るようにしてトゥリフィリは前に出た。 「あの、セクト11の皆さん。おキクちゃんを責めないでください。ぼくがお願いしたんです……あなたたちの隊長さんに会わせてほしいって」 「……ヘッ、そうかよ。ショウジならこの奥で、でけぇドラゴンと戦ってる。もうとっくに片付いたと思うがな」 「ありがとうございます。じゃあ、カグラさん。こちらの方を! キジトラ先輩、行こう! それと、あなたたちも気をつけて。まだ、マモノも竜もあちこちにいるから」  キョトンとしてしまったセクト11の面々を置き去りに、再びトゥリフィリは走り出す。  意外なことに、その前にグンとガーベラが抜きん出た。  彼女はいつもと変わらず無表情だったが、髪から覗く耳が僅かに赤い。 「最後まで任務を遂行しマス。ショウジ隊長の元への案内を実行中」 「ありがと、おキクちゃん」  キジトラもいつものふてぶてしい笑みに戻っていた。 「うむ、御苦労っ! なに、気にするな。俺様たちは裏切られてなどおらん。まあ、予想は裏切られたが、期待は裏切られてなどいない!」 「……サンクス」 「それと、お前に会わせたい男がいる。今はへばって本部で修理中だがな」  走りながらトゥリフィリも、同じことを思った。  元気になったナガミツはきっと、ガーベラを見て複雑に思い、その話を聞いて笑うだろう。自分の知らないところで、種違いの異母兄妹がいたのだ。  基礎理論レベルの設計しか共有してなくても、ガーベラはナガミツの妹だ。  その身に宿した、人の想いが確かに感じられるから。