確かに彼は、斬竜刀だった。  復活したナガミツは、不敵な笑みでトゥリフィリに歩み寄ってくる。  誰もが唖然とする程に、電撃的な瞬殺劇だった。  そして、トゥリフィリは気付けば頬を涙が伝うのを感じた。慌ててゴシゴシと手の甲で拭えば、目の前に立ったナガミツが仰天の行動に出る。  ナガミツはそのまま、ガシリ! とトゥリフィリに抱き着いてきたのだ。  セクト11の隊員たちから「おおーっ!」と、意味不明な悲鳴と歓声があがった。 「ちょ、ちょちょ、ちょっとぉ! ナガミツちゃんてば!」 「悪ぃ、フィー……もう立ってるのも限界だ」 「ほへ? あ、やっぱり! なんか変だったよ、さっきの戦い」  抱きとめたナガミツの身体が、熱い。  全身から煙が吹き出ていた。  だが、それでも彼はニヤリと笑う。 「あいつが……カネミツが譲ってくれたからよ」 「あ……も、もしかして」 「俺は、今なら言える。機械でも、人型戦闘機でも……俺は今、弟の命を譲られて、生きてる」 「ナガミツちゃん……」  あのナガミツが、自分を定義し直していた。  憧れや羨望を微塵も見せず、自分は自分として己を貫いてきた少年が、である。彼に生を実感させているもの、それは去っていった兄弟の存在にほかならない。  ナガミツは人間ではないし、機械の体を持った人型戦闘機である。  でも、生きている。  生きてるんだとトゥリフィリは改めて思った。 「もぉ、ナガミツちゃん! そんなの、とっくにだよ」 「そうか? まあ、ちょいとまだ本調子じゃねえけどよ……見てろよ、フィー。竜やマモノをブッ倒して、世界を取り戻すからよ」 「うん……うんっ!」  だが、そんな感動の再会に水を差す声が走る。  鋭く尖った声音は、いらただしさに震えていた。 「なによ、バッ! カじゃないの! なーにが、生きてる、よ。ガラクタ風情が」  イズミだ。  彼女は、まなじりを上げて怒りを漲らせていた。 「返してよ、私の剣」 「おう? ああ、こいつか。ほらよっ」  肩越しに振り返って、ナガミツは手にした刀をイズミに放った。  それをパシッ! と受け取った瞬間……気付けばイズミの切っ先がトゥリフィリの喉元に伸びている。  縮地、神速の足捌きが距離を殺した。  目にも見えぬ早業とはこのことだ。 「……手前ぇ、フィーになにしやがる」 「今のに反応できない? 二人共ダメダメじゃん」  自信を取り戻したのか、イズミは剣を収めた。  彼女の言う通り、トゥリフィリにも全く反応できなかった。全盛期のキリコ並か、それ以上の速さである。  だが、速いだけだ。  ただ力であるだけの力、鋭いだけの技など怖くはない。  そして、恐れる必要もないし、敵対する意味もない筈だった。  どうやらそれは、ショウジも今は同意見のようだった。 「そこまでだ、イズミ。……言ってるだろ、戦士としての敬意を忘れるなって」 「でも、ショー兄!」 「でも、じゃねえよ。さて、13班……お前が一式、噂の斬竜刀か」  鋭い視線が、値踏みするようにナガミツを撫でる。  だが、へろへろでトゥリフィリに肩を貸されつつも彼は睨み返した。  端正な表情は基本的に無愛想で、目元に強さが灯れば酷くガラが悪く見えた。そんな彼が子供みたいに無邪気に笑うことがあるのも、トゥリフィリたち仲間だけのナガミツだった。 「誰だ、手前ぇ……いや、なにかの資料で見たな。ええと、アメリカの」 「特殊部隊セクト11を仕切らせてもらってる、ショウジ・サクラバだ」 「俺の名は、ナガミツ。で? やんのか? なら、今すぐでもいいぜ?」 「ハッ! 立ってられない程グロッキーみたいだが?」 「それでも、敵と味方の区別もつかないバカには負けねえ。なにを守るかもわかってねえ奴には、負けてらんねんだよ」  ナガミツの声には力があった。  密着するトゥリフィリにも、その熱さが伝わってくる。  各関節の負荷がもたらす熱とは、別種の血潮が感じられた。  潤滑液がどうとかいう物理的な話ではなく、血気盛んな魂が燃えているのだ。  そんなナガミツから目をそらさず、ショウジは短い黙考に沈む。  だが、その沈黙を破ったのは彼の携帯端末だった。  見もせずポケットから端末を取り出し、ショウジは通話に応じた。 「こちらショウジだ、報告しろ。……なに? 見つかったのか? なるほど、補足したか……フン、ナツメの忘れ物とやらも確保するんだったな。オーケーだ」  すぐにショウジは通信を終えて、周囲をぐるりと見渡した。 「セクト11、状況終了! 撤収だ! 次の作戦に移るっ!」  ティアマットとの戦いで僅かに戦列を崩していたが、すぐにセクト11は統率を取り戻した。そして、整然と互いをフォローし合って機材を回収、そのままショウジの頷きと共に散って消えた。  その途端、先程まで周囲を満たしていた殺気と気配が消滅する。  恐ろしいまでに研ぎ澄まされた、完璧な隠密の技だった。  ショウジもイズミを視線で促し、去ろうとする。  だが、酷く剽げた声がぽややんと呑気に放られた。 「なーるほどねーぇ? そっかあ、ナツメちゃんてばこんなの作ってたんだねえ? ねー? ショーちゃん?」 「……何? 今、なんと」 「ふーん、殺竜兵器かあ……どーすんの、これ。回収? なんか、位置が移動してっけど」 「な――ッ! いつの間に!」  気付けば、カジカがぽちぽちと光学キーボードをいじっている。そのまま3Dグラフィックが浮き上がる中で、彼はニヤリと笑ってショウジを見据えた。  その目は、眼鏡のレンズの奥だけが笑っていなかった。 「いやあ、目の前で堂々と機密情報やりとりされっとサ……ハックしちゃうよ? だってほら、スーパーハカーだし?」 「……できる奴がいるじゃないか、13班にも」 「ちょっと違うなあ、それ。おじさんたちはさ、できる奴じゃなくて……やってみる、やってやる奴って感じなんだよなあ」 「チッ、食えねえおっさんだ。なら、ここからは競争だ」  ――殺竜兵器。  確かにカジカはそういった。  そして、ナツメの名前も出てきた。  ムラクモ機関初代総長、ナツメ……全てのA級能力を持つ天才にして、組織のカリスマだった女性だ。彼女は力への渇望に溺れて、人竜ミヅチとなり果てたのだった。  そんな彼女が、残した遺産がある。  それが福音となるか、それとも黙示録か。 「イズミ、急ぐぞ。まずは殺竜兵器を確保する」 「うんっ、ショー兄! ……あ、そうだ。あんた、いらないから。もう、必要ない。使えないガラクタを連れて歩く趣味、ないから」  先にジャンプして消えたショウジを追って、一足飛びにイズミも高架線の上に立つ。そして、冷たい視線でガーベラを切り刻んで、無残に切り捨て去っていった。  呆然と立ち尽くすガーベラだったが、既に状況は次の局面に移った。  そして、トゥリフィリはすぐに、慰めや同情とは違う言葉をガーベラへ投げかけるのだった。