トゥリフィリは今、地底に広がる洞窟を疾駆している。  東京駅からそのまま地下鉄を伝って、今は各所で断線しているレールの上を走った。すぐに崩れた壁面が現れ、その先には竜災害で明らかになった天然の空洞が広がっている。  かつて、東京の地下に、巨大な龍が鎮座していた。  その胎動で、東京の地下連絡網は寸断され、無数の洞窟ができたのだ。 「なあ、フィー。俺、さ……その」  隣でナガミツが、バツが悪そうに声をかけてくる。  彼なりにみっともないと思ってるのかもしれないが、今のトゥリフィリにはベストな選択だった。それに、殺竜兵器という物騒な単語が、先程から胸を騒がせる。  そして、心の底に消えたナツメの面影もまた、思い出したように浮かび上がっていた。 「ナガミツちゃん、気にしないで! 今はまず、急いでセクト11の人たちを追いたいの」 「お、おう。わかった、気にしない、気にしない……気にならない」  だが、ナガミツは端正な無表情をグヌヌと震わせる。  彼は今、しっかりとトゥリフィリのスピードについてきていた。  ただし……同行するガーベラの背に背負われて、である。 「おキクちゃんは大丈夫? 疲れてない?」 「ワタシたち、疲れるという概念はありまセン。ノー・プロブレム」 「ごめんね、ナガミツちゃんはまだ本調子じゃないから」 「構いまセン。むしろ、光栄デス!」  何故かさっきから、ガーベラはやたらと張り切っている。  今までの仲間に捨てられ、落ち込んでいるのではと心配したし、実際そうだろうとトゥリフィリは思う。ガーベラは平然としているが、辛くない筈がないのだ。  そう、人型戦闘機たちにも情緒や感情が育っているのだ。 「ナガミツ、ワタシは嬉しいデスヨ? 偉大なジャパンの技術、その直系……いわば、お兄ちゃん」 「待て待て、ちょっと待て! 俺はこんな頼もしい妹、知らねえぞ!?」 「はじめまして、ガーベラといいマス」 「ってか、人の話を聞けって! ……まじかよ、技術データの流出とかか?」  深刻な顔を僅かに見せたが、ナガミツは「まあ、いいか」とすぐに黙考を解く。  その間もずっと、三人は暗い中を疾走していた。  東京の地下は、この一年で様変わりしてしまった。  ライフラインである電話線やガス管は、そこかしこで寸断されて復旧もままならない。そして、網目のように張り巡らせていた地下鉄も、その大半が人の営みを忘れ……今ではマモノや竜の住処と成り果てている。  そして、自然発生した洞窟がその状況をさらに複雑にしていた。 「っと、ガーベラ!」 「ハイ! 前方、距離500に戦闘音……熱源は人間が2、あとは大小様々なマモノ」 「よし、わかった! 全力全開、走れガーベラ! 頼むぜ? やべぇと思ったら俺を放り投げて急げ」 「了解デス、オニイチャン」 「お兄ちゃんはやめろ、ちょっと、その……今は俺に効く。けど、わるかねえな」  あ、とトゥリフィリは息を飲んだ。  ナガミツがこうして、不完全ながらも再び戦いに戻れたのは……彼を兄と慕った弟の犠牲があったからだ。  オサフネ先生が造った人型戦闘機の基礎理論は、あちこちに流出していた。  それでナガミツには、腹違いの異父兄弟が何人かいるのだった。 「わかりました、ナガミツ。でも……ワタシ、絶対にナガミツ、置いていきまセン」 「ふふ、よかったね、ナガミツちゃん」 「やめろって、フィー……なんだこれ、これが照れ臭いってのか?」  ぶすっとしているが、ナガミツはなんだか少し嬉しそうだ。  しかし、そのことを気にかけてやれる暇はない。  すぐに目の前に、激しい戦闘が広がっていた。  目視できる距離にようやく、人影が二つ浮かび上がる。どうやらトゥリフィリと同世代で、ムラクモ機関で戦う新人のようだ。 「そういえば、人員を補充するってカジカさんが!」 「おっし、新顔を援護だ! やれるな、ガーベラッ?」 「当然デス!」  早くもナガミツとガーベラの息はぴったりだ。  そして、トゥリフィリは改めて人型戦闘機……斬竜刀の系譜にまたも驚かされる。ナガミツもガーベラもデストロイヤーだが、その戦闘スタイルやコンセプトは随分と違う。ガーベラは戦闘機というよりは、戦車。敵の真っ只中で注意を引き、あらゆる攻撃を弾き返す頑強な防御力を持っている。  ナガミツは逆に、敵の攻撃を受けて捌き、いなして隙に痛撃を捻じ込むスタンスだ。  どっちにしろ、二人一組の相棒の特性は把握したし、トゥリフィリも援護の準備は万全だ。  だが、戦闘の中へ飛び込んだ瞬間、驚くべき光景が目に飛び込んできた。 「おっ、13班が来てくれたぜ? フミノ、もうひと踏ん張りだ」 「はいっ! オサフネ君、もう少しだけ援護、お願いします」 「任せろ! ……って、ありゃ? も、もしかして……?」  そこには、ナガミツがいた。  カネサダも全く同じ顔立ちだが、今回は少々趣が違う。  ナガミツと寸分たがわぬ顔が、ナガミツにはない表情をしていた。  オサフネと呼ばれた少年、ガーベラが背負うナガミツの姿に唖然としている。  だが、彼が放った言葉がすぐに全員の止まった時を動かした。 「……だっさ。おいおい、マジかよ」 「あぁ!? 今なんつった!」 「いや、だって……叔父さんの造った人型戦闘機だろ? あんた」 「叔父さん?」  長話をしている余裕はない。  もう一人の少女は、デストロイヤーとしてよく前線を維持していたが、もう息も絶え絶えだ。そして、トゥリフィリは直感で悟る。  二人はどうやら、S級能力者ではないようだ。  よくてA級、その能力はわずかだが決定的な差があった。 「俺はユキノジョウ、あっちはフミノ。見ての通り、そこそこレベルのA級能力者だ」 「カジカさんの紹介で来ました……すみません、情けない話ですが、そろそろ」  すぐにトゥリフィリは、二人の前に出て拳銃を歌わせる。  マモノたちもこころなしか、以前より活性化して手強く感じた。  そして知る……再び真竜フォーマルハウトの驚異に直面した今、ムラクモ機関の戦力不足は深刻な状態に陥っていた。トップエースであるナガミツも、今はやっと動いているような状態である。  A級能力者は優れた資質を持つが、竜との戦闘に耐えられる力は持っていない。  そうした少年少女も、今は動員せねばならないのが実情だった。 「二人共、お疲れ様っ! ぼくはトゥリフィリ、ここは任せて!」  すぐにガーベラも、手近な巨体を殴り飛ばしてスペースを作る。ナガミツを背負っていても、彼女の力強い動きは全く損なわれていない。  ギリギリで維持されていた戦線が、息を吹き返す。  そして、手早くユキノジョウが現状を教えてくれた。 「トゥリフィリさん、俺たちはカジカさんからの連絡で、殺竜兵器ってのを追ってて」 「ぼくも聞いてる! なんか、物騒な名前だよね」 「前にいたナツメ総長って人が造ってたらしくて……ガードの人間が持って歩いてるみたいなんです。その痕跡を追ってたら、マモノが」 「ん、了解だよっ! ……じゃあ、あっちかな? 僅かに風が来てて、そっちから音がする」 「へ? そんなの、あります? ……あ、そっか。トゥリフィリさんはS級能力者か!」  闇の向こう、さらなる奥から微かに声がした。  そしてそれは、はっきりとユキノジョウにも聴こえる銃声を連れてくる。  トゥリフィリは周囲のマモノを片付け、逃げ去る者を捨て置き走り出した。  ユキノジョウとフミノも、息を切らせてあとを付いてくるのだった。