――殺竜兵器。  絶対強者たるドラゴンたちを、文字通り殺すためにのみ存在する兵器だ。  しかし、それを探し出したトゥリフィリたちの前に現れたのは、ルシェの可憐な少女だった。懐かしい面影を感じさせる彼女は、マリナと名乗る。  どこか不思議な雰囲気を漂わせるマリナからは、まだなにも情報は得られていない。  ただ、彼女の中に殺竜兵器があるという話だけが、酷く心に引っかかっている。 「……大丈夫かな、マリナさん。エメルさん、あんまし締め上げてこないといいけど」  国会議事堂に戻ったトゥリフィリは、すぐにエメルへとマリナを引き渡した。  だが、まだまだ土間どいを見せるマリナに対して、エメルは噛みつかん勢いで矢継ぎ早に質問を浴びせていた。一応カジカが側についてるとはいえ、心配である。  エメルは悪い人間ではないが、竜を殺すためなら手段を選ばぬ傾向がある。  以前アイテルが、姉エメルは純化した憎悪の結晶なのだと教えてくれた。  それでもトゥリフィリは時々、小さな小さな指揮官に憎しみとは違う感情を感じることがある。ともあれ、ようやく一息つけたといったところである。  今日は非番で、休むのが仕事だ。  ぶらぶらと議事堂の中を歩けば、やはり避難民たちは賑やかで明るい者たちが多い。 「二度目で慣れてるのもあるけど……ぼくたち、信用されてるのかもしれない」  去年の竜災害を乗り越え、一時は完全な復興にこぎつけようとしていた人類。  再び現れた真竜フォーマルハウトによって、その未来は完全に奪われた。  だが、一度は真竜を名乗る高次存在に勝利したのも事実である。トゥリフィリたち13班は、確かに真竜ニアラに勝利した。その自信も今は砕けて散ったが、再び13班は未来へ進み始めたのだ。  そんな13班を信頼してか、避難民たちの表情は概ね明るい。  再び襲い来る絶望を前に、恐怖の感覚が麻痺しているのかもしれない。  そう思っていると、背後でトゥリフィリを呼び止める声が響いた。 「フィー、お疲れ様。さっき、ナガミツと会った、よ? ラボから出してもらえたみたい」  振り向くと、小さな少女がツインテールを揺らしている。  物資回収班のゆずりはだ。  その隣には、普段通り律儀な緊張感を絶やさぬカネサダの姿がある。  どうやら彼女たちは、これから都内へと出動のようだ。 「あ、ゆずりはちゃん。ありがと、あとで行ってみるね。それと、その――」 「カネミツのことなら気にしないで、フィー」 「う、うん……でも」 「それに、もう会えないなんてこともないもの。カネミツの分も、ナガミツが戦ってくれる。それにね、フィー。……ほら」  ゆずりはは静かに微笑み、ポケットへと手を突っ込む。  まるで真昼の月のような笑みで、トゥリフィリはドキリとさせられた。家族も同然の仲間として、ゆずりはとカネミツは名コンビだった。保護者のツマグロも、二人の息がピッタリだから安心して放任主義でいられたのだろう。  だが、カネミツは先日……自らの使命を果たして消えた。  大破したナガミツの予備パーツとして、務めを全うしたのである。  姉弟も同然に暮らしてきたゆずりはには、それはショックだったろうとトゥリフィリは思う。だが、ゆずりははスマートフォンを取り出すとそれを向けてきた。 「ね、見て……フィー」 「ん、なになに? なにか面白いアプリでも――」 「起きて、カネミツ。お仕事の時間だよ」  不意に、スマートフォンの液晶画面にノイズが走った。  そして、触れてもいないのに何かしらのアプリケーションが立ち上がる。  トゥリフィリはそこに知った顔が浮かぶのを見て、驚きに声を失った。 『なんだなんだあ? もう少し寝かせてくれよ。今、ストレージ内部の整理で忙し……って、おお! フィーじゃねえか。どうだ? あのバカ、元気にしてたか?』  そこには、カネミツが映っていた。  相棒のナガミツと全く同じ顔で、トゥリフィリにだけは全然違って見える端正な表情だ。それはどこか、ナガミツよりも感情表現が豊かで柔らかい。きっと、戦闘がメインの環境に浸りきりだったナガミツとは、活動状況が違ったからだろう。  精密な3DモデリングのCGになったカネミツは、目を丸くするトゥリフィリに説明してくれた。 『俺はもともと一式の予備機だからな。その役目を全うして、身体を譲り渡した。けどな……俺の人格と記憶は、入れ物がないまま残っちまったんだなあ』 「な、なるほど……え、それでゆずりはちゃんのスマホに?」 『おう、それな。通信室のムツとナナに言われたんだわ……議事堂のサーバには空きがないから、適度に自分を圧縮して別の場所にいってて、ってな』  それでカネミツは、現在はゆずりはのスマートフォン内部に間借りしているらしい。  ゆずりはが落ち込んでいるのではと心配してたトゥリフィリは、その事実を知って心が軽くなるのを感じた。  そして、黙って直立不動だったカネサダが言葉を挟んでくる。 「フィー、安心してくれ。カネミツから僕が護衛を引き継いだ。ゆずりはは……僕が守る」 「ん、なら安心かなあ」 「それと……僕はまだまだ、どうやらムラクモ機関の人間としては未熟だと痛感させられた。戦闘以外の知識や経験も得て、少しでもカネミツの代わりを果たしたい」 「うわ、真面目かっ! ふふ、でもありがと、カネサダちゃん。あんま気負わず気張らずにだよ? それと……誰かの代わりじゃなく、誰かのための自分を見付けてね」  ちょっと気障だったかなと思ったが、トゥリフィリの言葉にカネサダは神妙に頷いた。  彼の剣士としての腕は確かだし、来たばかりの頃と違って随分とムラクモ機関に馴染みつつある。あまりにも堅物で馬鹿真面目故に、トラブルも耐えないが……彼が一生懸命、人々のために働こうとしているのはみんなが知っていた。  一時は敵同士だったとはいえ、今はナガミツも安心して見守っている。  じゃあまたな、と笑うカネミツが画面から消えると、ゆずりははスマートフォンを大事そうにポケットへとしまった。 「で、フィー……あれ、見て。なんか……うん、どうしちゃったのかな」 「うん?」  ゆずりはがおずおずと、トゥリフィリの背後を指差す。  その先へと振り返って、トゥリフィリは思わず固まってしまった。  市民たちが今、手の空いてるキジトラやノリトから物資の配給を受けている。食料に衣類、薬品、そして菓子や煙草なんかが配られていた。  そんな光景を、自動販売機の影からじっとり睨む姿があった。  長身でグラマラスな幼女は、イリヤだ。  ゆずりはに礼を言って別れたトゥリフィリは、恐る恐るその背に近付く。 「えっと、イリヤ? な、なにしてるのかなー、なんて……アハ、アハハハ」  トゥリフィリの呼びかけに、イリヤが振り向く。  整い過ぎた美貌があどけなさに彩られていて、そのアンバランスさが奇妙な愛らしさを生み出していた。だが、どうやら彼女はご機嫌ナナメのようだ。  ぷぅ! とふくれっ面でイリヤは避難民たちを指差す。 「あのね、フィー! イリヤ、怒ってるの! トラにぃもノリにぃも、取られちゃったの!」 「……うん? ああ、えっと……そういう訳じゃないんだけど」  見れば、イリヤがグヌヌと睨む先で、セーラー服姿の少女が忙しく働いている。両手で無数のダンボール箱を軽々運ぶ、それはガーベラだ。  紆余曲折を経てムラクモ機関に保護されたガーベラは、今では保護観察を兼ねて議事堂内の簡単な仕事を任されている。そのお目付け役を一応、監視とは名ばかりの自然体でキジトラとノリトが引き受けているのだった。 「おキクちゃんが来てから、イリヤ遊んでもらえない! つまんないー!」 「なるほどー、そっか。ふふ、でもまあ……うん、ほら。仕方ないよね?」 「しかたなくなーいー、遊んでもらいたいもーん! ううー!」 「仕方ないよ、ほら……イリヤはもう、先輩だし、お姉ちゃんだし?」  トゥリフィリの言葉に、駄々をこねるイリヤがピタリと止まった。  しめたと思い、トゥリフィリは丁寧に言葉を選ぶ。 「おキクちゃんはね、来たばかりだから色々教えてあげないとだし、大変なんだ。でも、イリヤは先輩なんだから、ちゃんと面倒見てあげて、仲良くできると思うなー」  みるみるイリヤの顔が、満面の笑みになった。  単純と言うには眩し過ぎる程に、純真な童女の笑顔がそこにはあった。 「うんっ! イリヤ、わかった! よーしっ、おキクちゃーん! イリヤも手伝うよー! それとね、んとね、色々教えてあげるからね。わたし、すっごく先輩するからね!」  不思議と、トゥリフィリの胸中を一人の少女が過ぎった。  昨年、過酷な戦いの中で命を散らした、立派なムラクモ機関のS級能力者だった。自分を先輩と呼んで懐き、いつもお菓子ばかり食べてた……今はもう、いないひと。  その雰囲気を微かに滲ませるマリナの謎も含めて、トゥリフィリは新たな戦いの局面を前に一人小さく意気込むのだった。