トゥリフィリは再び、戦場に戻った。  決して戦場のままにしておけぬ、渋谷の街へと舞い戻ったのだ。  既にもう、仲間たちが戦いを始めている。蘇ったスリーピー・ホロウに対して、その幻惑攻撃を防ぐコンフュカッターを設置し始めているのである。  あとから合流したトゥリフィリは、設置班の援護と護衛に走っていた。 「ナガミツちゃん! 作業の進捗は?」 「この先に、最後の一つを設置しに行った連中がいる。けどなあ」 「けどなあ、って?」 「すげえ心配ではあるが、ちょっと、その……あんまし、顔を合わせたくないような」  隣を走るナガミツが、不意に表情をかげらせた。  端正な表情は動きが全くないが、トゥリフィリには彼の憂鬱さが伝わってくる。ナガミツのちょっとした感情の機微が、トゥリフィリにだけはしっかりとわかった。  そして、年相応とさえ思える渋りを見せたナガミツが少しおかしい。 「なんだよ、フィー。笑うなって」 「ん、ああ、ごめんごめん。っていうか、ぼく笑ってた?」 「クスッとな。まあ……いいけどよ。そういう顔、もっと見てえし」 「えっ? 今なんて」 「なんでもねえよ! 急ぐぜ!」 「あっ、待ってよ」  ナガミツが加速して風になる。  まるで飛ぶように馳せる。  その背を追いかければ、不思議と奇妙な安心感があった。ここは帝竜の生み出した迷宮で、そこかしこにマモノが潜んでいる。  次の一歩を踏んだ瞬間、襲われるかもしれない。  そこで歩みが止まって、死んでしまうかもしれない。  そういう可能性が無数に張り巡らされた中でも、全く怖くなかった。  絶大なる信頼が行き交う中を、まるで見えない糸に引かれるように走った。  そして、緑の中で視界が開ける。 「いたっ! あれは……ユキちゃんとフミちゃん!」 「だよなあ。俺、あんま顔合わせたくねーんだよ」 「ほへ? どしてさ、ナガミツちゃん」 「同じ顔、っていうかモデルになった顔だからよ。……あいつ見ると、最近は、ん……言葉にできねえけど、なんかジワジワするぜ」  不思議な感覚だろうが、当然とも思えた。  モデルがいるということは、ナガミツが作り物だというなによりの証拠となってしまう。ユキノジョウにその自覚がなくても、受け取るナガミツの気持ちはわからないでもない。  同時に、ちょっとだけトゥリフィリは思う。 「そこまで似てるかなあ」 「はあ? 同じ顔の作りしてんだよ。ミリ単位で!」 「ううん、見た目はそうかもだけど……ぼくには、ナガミツちゃんはナガミツちゃんだから」  そうこうしている内に、マモノと戦うユキノジョウと目が合った。  こうして改めて見てみると、確かに似ている。酷似といってもいい。  でも、似ているだけだ。  ユキノジョウにはユキノジョウの顔があって、ナガミツはその写しではない。そして、同じ顔の別人、ナガミツの兄弟とでも言うべきカネミツとも全く違って見えた。  すぐにトゥリフィリは銃を抜き放つや、側面からの援護を試みる。  マモノを捌くのに必死なようで、ユキノジョウの声は逼迫していた。 「フィー! 来てくれたのか! おいフミ、カルナも! もう一踏ん張りだ!」 「ユキちゃんたちはコンフュカッターを! こいつらはぼくが!」  よく見れば、以前マリナの護衛としてやってきたルシェの少女がいる。白木鞘の太刀を手に、彼女はへろへろによろけながらもマモノと戦っていた。  激しい戦いが続いたのか、スタミナ切れのようだった。  それでも、カルナは必死にブンブンと剣を振り回していた。  そして、その姿を見た瞬間……先程まで見せられていた悪夢がフラッシュバックする。  脳裏に、トゥリフィリの知らないカルナが思い出された。 『わたしは、キジトラ班長に出会えて幸せでした。ナツメ母様にも、伝えたかったな』  あちらの世界とでもいうべき、剪定事象……閉ざされた可能性。  そこでは、ムラクモ機関は現状のトゥリフィリたちより逼迫していたし、人類は確実に滅びつつあった。  そして、やはり13班は必死に戦っていた。  一人、また一人と仲間を失いながら。 『あ、これですか? 母様から頂いたイヤリングです。これに触れてると、落ち着くんです』  ブンブンと頭を振って、陽炎のような幻影を頭から振り払う。  そして、トゥリフィリは夢中で銃爪を引き絞った。  あれは、スリーピー・ホロウが見せた幻覚だ。  しかし、その幻覚の中で……アダヒメは可能性の一つだと語ったのである。 「むー、とにかく今はっ! カルナちゃん、無理しないで!」 「あ? お前はっ、13班の! あと、ユキにそっくりな奴!」  その時だった。  ナガミツが一瞬で消えて、カルナの前にそびえ立った。小さなカルナへ向って、風切る鞭のような蹴りを放つ。  あっけにとられて反応できなかったカルナの背後で、絶叫が響いた。  ナガミツは、カルナの頭上を切り裂き背後のマモノを蹴り飛ばしていた。 「油断するなっつーの。てか、誰がそっくりだよ、誰が」 「わ、わわ……流石はS級能力者なのだ。あと、お前やっぱりユキに似てるぞ」 「顔を借りてんだよ。でも、そこから先は俺の顔だ。文句あっかよ……ン? ンンー?」  不意にナガミツは、脚を下ろすや僅かに身を屈めた。  カルナの顔を見詰めて、片眉を僅かに揺らすナガミツ。それが驚きと疑念のサインだと、トゥリフィリにはすぐにわかった。 「お前こそ、なんだその顔……キツネ耳以外は、お前だってそっくりじゃねえか」 「なにがだ! わたしはわたしだ! ナツメ様の最高傑作、古代種の一般的なルシェとは違うのだ!」 「……そういうことかよ、クソが。あ、いや、お前はクソじゃねえ。まあ、頑張れや」 「言われるまでもないっ!」  トゥリフィリにもすぐにわかった。  だが、あえて言葉には出さない。  先代のムラクモ機関総長、ナツメの名が出たことですぐに疑念は確信に変わった。  確かにナガミツの言う通りだった。  カルナにもまた、面影の重なる少女がいる。  その人物は本当は少年で、羽々斬の巫女という異能を詰め込まれて少女になったのだ。そう、カルナの顔立ちはキリコに似ているのだ。そしてそれは、ナツメが暗躍していたとなればなにも不思議ではない。  忸怩たる想いが胸中をよぎる中、フミノの声が叫ばれる。 「皆さん! コンフュカッター、最後の一つを設置しました!」  同時に、周囲のマモノが攻撃を強めてくる。まるで、この迷宮の主たるスリーピー・ホロウを守り、障害となるコンフュカッターを破壊せんとするかのようだ。 「ナガミツちゃん、みんなを守って! ぼくが前に出る」 「おうっ! 背中は振り返らなくていいぜ!」 「もち、そのつもり!」  ユキノジョウたちはA+級能力者で、恐らくカルナも同じか、ちょっと低くてA級能力者だろう。凡人に比べて驚くべき才能を持つが、突き抜けてしまったS級に比べると戦力としては心もとない。  それでも彼らは、命の危険を顧みずに戦ってくれてる。  コンフュカッターをここまで持ってきてくれたのだ。  その気持ちに答えようと思えば、二丁拳銃を謳わせるトゥリフィリの集中力は極限まで研ぎ澄まされてゆくのだった。