結局、SKYは渋谷の復興作業を一時中断し、国会議事堂へと避難してきた。復活したスリーピー・ホロウこそ倒せたものの、活性化したマモノによる被害が増えたためである。  トゥリフィリにとって、どこか懐かしい大所帯へと国会議事堂は膨れ上がっていた。  そして、ムラクモ機関を束ねる総長のエメルへの報告も多岐にわたる。  トゥリフィリは今、忙しく議事堂内を歩き回るエメルを追いかけながら歩いていた。 「えと、次は……旧都庁からの資材の引き上げが完了してて」 「ふむ、その報告は受けている。存外早かったではないか」 「みんな頑張ってくれてますからねー。んで、お風呂の燃料が足りない問題が」 「またか、またなのか! 人間、そんなに風呂が好きなのか!」 「まあ、衛生問題でもありますしー」 「グヌヌ……わかった! ツマグロたちに探させるよう手配しておく。……ん?」  ふと、エメルが足を止めた。  それでトゥリフィリも、スマートフォンから目を放す。  危うくエメルの背中につんのめってしまうところだったが、小さな少女はフロアの一角を見詰めて小さく溜息を零していた。  見た目を裏切る、ひどく老成した眼差しがどこか憂いを帯びている。  それでいて、口元には苦笑にも似た笑みが浮かんでいた。  エメルの視線を目で追えば、ナガミツたちがゲームコーナーでなにやら遊んでいる様子だ。キジトラによって引き続き、避難民の娯楽として様々なゲームが持ち込まれている。クレーンゲームや卓球台、全自動麻雀卓なんかもあって、今日も老若男女で賑わっていた。 「……そういえば、フィー。貴様、竜検体を連中に……セクト11にも渡したそうだな」 「あー、はい。やっぱまずかったですか?」 「悪くはない。貸しは作れる時に作っておくものだ」 「まあ、あれだけでっかい竜ですからねー。けちけちしなくてもいいかなって」 「うん、そうだな。……ふふ、相変わらず小気味よい奴だよ、フィーは」  エメルが見詰める先では、なにやら対戦ゲームでナガミツたちが盛り上がっている。一緒にいるのはユキノジョウで、珍しくカネサダが彼の向かい側に座っていた。  背後には何故か『カネサダはワシが育てた』みたいな顔でアヤメも一緒である。  最近、少しずつアヤメも元気を取り戻して、任務に戻ってきてくれている。議事堂内のラジオでパーソナリティーの仕事にも復帰したし、  彼女は今、笑顔だ。  それがトゥリフィリには一番嬉しい。  対戦台の周囲はなんだか賑やかで騒がしかった。 「き、汚え……そして、えげつねえ!」 「やられっぱなしだぞ、お前。なあ、心が読めるなら対戦強いんじゃねえのか?」 「あのなあ、ナガミツ! 直接触らないと読めないの! それに、こんなことに使いたくねえよ」 「と、言ってるそばから……そのパターンにはまるの、五回目だぞ」 「ぐぬぬ……精密機械ずるい……」  よくある対戦格闘ゲームをやってるようで、周囲には大人も子供も笑顔で観戦している。  そして、ユキノジョウはカネサダに苦戦しているようだった。  あの堅物なカネサダがと、意外に思えばトゥリフィリにも笑みが浮かぶ。最近は彼は、戦線離脱したカネミツの代わりに、ツマグロたち物資探索班の護衛をしてくれている。徐々に13班に馴染んでくれてて、以前よりも僅かに表情も柔らかくなったように思えた。 「卑怯とは心外だ、ユキノジョウ。僕は常に最善の最適解を選択しているだけだ」 「お前、そういう顔でしれっと……」 「同じ顔の筈だが。まあ、これも師匠の教えがあってこそ」 「そのお師匠さん、なんかチベットスナギツネみたいな顔になってるぞ。……あ、そっか。このパターンてあれか、単純な二択に見えて違うのか」  今度はカネサダがグヌヌと唸る番だった。  そして、それを予見していたアヤメの表情がフラットになってゆく。どうやら、カネサダにゲームを教えたのは彼女らしい。  そして、洗練され過ぎてワンパターン化していたカネサダのキャラは、ユキノジョウのちょっとした気付きと工夫でKOされてしまう。周囲のギャラリーから、おお! と歓声があがった。 「ま、負けた……おかしい、僕の演算ではミスはなかった筈なのに」 「カネサダ君、ワンパだったってば。同じことやってりゃ、そりゃ対応されちゃうよ」 「しかしアヤメ、いや、師匠! 急にユキノジョウの動きが」 「慣れたんでしょ、あと学習。ルーチンワークじゃないんだよ、対戦ゲームって」 「ふむ……い、意外と奥深いものなのだな」  遠目に見ても、同じ顔が三人いる。  同じなのだけど、やっぱりトゥリフィリには三者三様の別人に思えた。  バシバシとユキノジョウの背を叩きながら、あのナガミツが笑っている。悪ガキみたいな眩しい笑顔、とまではいかないのに……そういうニュアンスがトゥリフィリには自然と伝わった。  ユキノジョウ以外は、ナガミツもカネサダも機械、人型戦闘機である。  しかし、ふれあう人間たちの輪の中では、それが微塵も感じられなかった。  そんなことを考えていると、ふとエメルが小さな呟きを漏らす。 「兄弟、か……ふふ、いいものだな」 「エメルさん? あ、そっか、エメルさんも」 「私も昔は、よく幼いアイテルと遊んでやったものだ」 「へー、いいなあ。ぼくは一人っ子だったから」 「……同じ顔でも、似てなどいないものでな」  フン、と鼻を鳴らして再びエメルは歩き出した。  それでトゥリフィリも、報告する項目を再びスマートフォンに表示させる。  ちょっとずつ、ゲームコーナーの電子音と歓声が背後に遠ざかった。  そして、珍しくエメルが自分の話を続けていた。 「我らヒュプノスの民とて、自らの星で平和に暮らしていたものだ。私もよく、アイテルとは似てない姉妹だと言われたものだ」 「そうなんですか」 「国が竜に滅ぼされ、民は全てが死に絶えた……私たちは思念体となって宇宙を彷徨うことになったが、それが決定的だったな」  エメルとアイテル、二人は遠い宇宙から来た概念人とでも言うべき存在だ。この地球の人類を導き、竜災害の悲劇を食い止めようとしてくれている。  だが、ヒュプノスの民が二人を生き残らせるためにしたことは残酷だった。  エメルは憎悪を、アイテルは情愛を……それぞれ、自分の人格と精神に一番根ざした感情を純化させたのである。 「アイテルは昔から、優しい子だったよ。それに比べて私は」 「え? エメルさんも優しいよ?」 「はは、馬鹿を言うな。私は子供の頃はなかなかに暴力的でな。アイテルをいじめる男の子を、いつも蹴り飛ばしていたものだ」 「ほら、やっぱり」 「いや、どうだろうな……さて、おしゃべりは終わりだ。次の報告を」  少し照れたように、プイとエメルは顔をそらした。  そして、足早に歩き出す。  彼女が憎悪の権化、怒りと憎しみを司るヒュプノスであることは、トゥリフィリも以前から聞いていた。実際、初めて会った時は背筋に冷たいものが走ったのを覚えている。  凍れる炎のような、暗く輝く憎悪。  エメルの瞳にはいつも、竜への憎しみが渦巻いていた。  だが、そんな彼女が最近はずっと身近に感じることがある。  小さな身体になってしまっても、ムラクモ機関の総長として忙しく働く中……彼女が避難民と接し、その話に耳を傾けているのをよく見るからだ。 「ム、フィー……貴様、なにをニヤニヤしておるか」 「んー、なんかちょっといいなあって思って。しみじみしてるだけですよー?」 「フン、気持ちの悪い娘だ」  エメルには今、確かに憎悪以外の感情が芽生えている。  そして、それが多くの避難民にとっては希望に思えているに違いない。  トゥリフィリもまた、そんなエメルに絶対の信頼を寄せていた。  始まりは憎しみでも、そこから人の気持ちや想いは育ってゆく。それは、遠い宇宙から来たヒュプノスの民でも、全く変わらないのではとトゥリフィリは一人思うのだった。