戦いを終えたトゥリフィリは、国会議事堂へと帰還していた。  それも、セクト11の面々を連れてである。  リーダーであるショウジとイズミに力を示して、そのあとでやや強引に話をつけた結果である。以前よりトゥリフィリ自身が望んでいたことで、このことに関しては本当にガーベラとエリヤに感謝である。  そのガーベラであるが、 「……なあ、ガーベラ。お前さん、変わったなあ。あと、その右腕だが」 「エリヤがつけてくれマシタ! 応急処置デス!」 「いや、その……なんでドリルなんだ?」 「日本の文化では、ロボットといえばドリルなのデス!」  何故か右腕がドリルになっていた。  工場のダンボールを使って、エリヤがべそかきながら作った右腕である。不格好で長さも大きさもガーベラに合っていないが、本人はとても嬉しそうである。  あとでラボで本格的に修理してもらうとして、今はこれでよさそうだ。  どういう仕組なのか、ダンボールのドリルはカラコロと回る仕様である。 「さ、みんな入って。ここがムラクモ機関の中枢だよ」 「ちょっと待て、トゥリフィリ」 「フィーでいいよ、えっと」 「俺もショウジでいい。……不用心過ぎないか?」 「そう?」 「俺たちセクト11は現状で百人前後、戦力的には一個旅団に匹敵する。それがぞろぞろこんなとこに来たら……お前さんたちのボスを殺してチェックメイトだ」 「ああ、ないない。ないですよー、それは。でしょ?」  笑顔のトゥリフィリには、妙な信頼があった。  アメリカ本国の命令で乗り込んできた、特殊部隊セクト11……S級能力者だけで編成された、対竜戦闘のエキスパートたちだ。  黒尽くめの戦闘服を着た隊員たちも、平和な議事堂内に驚いている様子である。  彼らがその気になれば……この瞬間、国会議事堂は壊滅する。  エメルが死ぬとは思えないが、この場のささやかな平和は崩壊するのだ。  そして、それは絶対にないとトゥリフィリは確信していた。 「ショウジさん、ぼくから提案です。国会議事堂をセクト11の拠点として使ってください。その代わり」 「交換条件だな? Give and Take……それ以前に、俺はお前さんに負けた身だ。勝者の命令には従うさ」 「そういうショウジさんだから、信用して案内してます。でも、勝者も敗者もないと思うんだ……竜災害との戦いに負ければ、人類は滅ぶ」 「……その通りだ」  ムラクモ本部の扉を開けると、仲間たちが出迎えてくれた。  その誰もが、一瞬セクト11の連中に驚き身構える。  だが、最初に声を発したのは意外な人物だった。 「ほらねー? 言ったっしょー、アタシの予想通り! ほらほら、払った払った」  何故かSKYのネコが、周囲からAzを巻き上げていた。エグランティエやカグラが、渋々応じる姿が見える。  どうやら、トゥリフィリがどう選択するかが賭けの対象になっていたらしい。  そして、ダイゴがずずいと巨体をゆらして前に出てくる。 「セクト11……ここでは気兼ねは無用だ。俺たちもかつては13班と敵対したし、ムラクモ機関とは因縁もある。だが、それでも俺たちは手を携えるべきだ」  ダイゴの言う通りである。  今、人類同士でつまらない争いを繰り返しているだけの余裕はない。  利害の一致があれば、手を結ぶことだってやぶさかではない筈だ。  無論、怨恨や思想信条の違いはある。  でも、それを乗り越えてきたトゥリフィリたちだからこそ、信じ合えることができると思ったのだ。  そして、キリノがゆっくりと歩み出て手を差し出す。 「ようこそ、ムラクモ機関へ。ちょっと今、総長のエメルが席を外しているんだ」 「……セクト11隊長、ショウジ・サクラバだ」 「歓迎するよ。勿論、お互い忸怩たる想いがあるのは知ってる。でも、この日本で在日米軍基地も壊滅してる今、拠点なしでの行動には限界があるんじゃないかな」 「条件は? 俺たちだって、はいそうですかと従う訳にはいかない。それが好意と善意だとわかってもだ」  横からイズミが、そうだそうだと唇を尖らせる。  だが、困ったように頭をボリボリとかきながら、キリノは穏やかに言葉を選ぶ。 「今すぐに打ち解けろなんて言わないよ。それに、セクト11は基本的に自由に行動してもらって構わない。僕たちからの要求は二つだけだ」 「聞こうか」 「まず、情報と竜検体の共有。次に、民間人の救助を最優先とすること。これだけさ。補給については、万全とは言わないけどムラクモ機関がなんとか融通するよ」 「それだけか?」 「ああ。そして、最後にこれは要求じゃなくてお願いなんだけど」  キリノは眼鏡のブリッジを指で押し上げ、静かに呟いた。  祈るような言葉の、その気持ちがトゥリフィリには酷く痛感だった。 「できれば、手を貸してほしい。今後まだまだ、かなりの戦闘が予想される。蘇った帝竜は、これを速やかに排撃、殲滅しなければならない。実戦経験豊富なプロのソルジャーが必要なんだ」  虚勢も見栄もない、キリノの……ムラクモ機関の偽らざる本音だった。  一騎当千の13班といえども、少数精鋭であるが故の弱みを抱えたままだ。  セクト11の、完全に統率の取れた組織的な戦力は、これは喉から手が出るほど欲しい。リンたち自衛隊も頑張ってくれているが、専守防衛の国で生きてきたが故にどうしても救助活動にしか力を発揮できない。  イズミがフン! と鼻を鳴らして笑った。  だが、ショウジは仲間たちを振り向き声を張り上げる。 「と、言う訳だ……お前ら! これよりセクト11は、ムラクモ機関との共闘体制に入る」  ざわめきが広がる中で、イズミが「ちょっと、ショー兄!」と腕にしがみついた。だが、そんなイズミをぶらさげたまま、ショウジは静かによく通る声で話し続けた。 「これはステイツへの裏切りではない。もともと日本は同盟国、そして現時点で日本で活動可能な公的機関はムラクモ機関しかねえ! 互いに協力して、まずは日本の竜を一掃する!」  動揺と躊躇は一瞬だった。  セクト11の構成員は、すぐに揃ってカッ! と踵を鳴らす。身を正した部下たちを見渡し、最後にショウジはなだめるようにイズミを抱き寄せた。  背後でバン! と扉が開かれたのは、そんな時だった。 「話は聞かせてもらった! 総長のエメルだ。そういう訳で、今日はささやかだが酒と食料を解放する。まあ、もてなすという訳だ。私は日本の歴史にも詳しいんだ」  小さなエメルを押しのけるようにして、避難民のボランティアたちが次々と食料を運び込んでくる。それを見て、セクト11の皆がヘルメットを脱いだ。  やはり、そこにはトゥリフィリたちと同じ人間の顔が並んでいた。  人種も様々で、皆が一様にほっとした表情を浮かべている。  孤立無援な日本で、彼らの戦いがどれだけ厳しいものだったかが伝わってきた。  そして、エメルはうんうんと腕組み頷きながら言葉を続ける。 「ガーベラ! 貴様は連絡員としてセクト11とムラクモ13班の間に立て。日米の架け橋になるんだ、わかるな?」 「Yes,Ma'am! わかったネー!」 「よし、では総員寛げ! 12時間の休息の後、新たな作戦に移る……っとっとっと、なんだ! 私はまだ仕事が残っているのだ! あとはお前たちでよろしくやって、ええい放せ」  キジトラとノリトが、左右からガッシ! とエメルを持ち上げた。それで彼女は、パーティの中心へと連行されていく。  それを見送れば、そこかしこで乾杯が始まった。  SKYの若者たちが、率先して市民とセクト11の間に入ってくれてる。これは多分、打ち解けるのもそう遠い未来のことではないだろう。比較的安全な国会議事堂での食事に、涙ぐむ隊員たちもいた。  これでまた一つ、トゥリフィリたちは頼れる戦力を仲間として迎えることができた。  そんな中で、気付けばトゥリフィリは自然とナガミツの姿を探してしまうのだった。