セクト11を招いての宴会は、賑やかな喧騒の中で行われた。  そして、改めて思い知らされる。  特殊部隊のS級能力者といえども、やはり人間なのだ。極限の緊張感から解き放たれた彼らは、よき父でありよき兄、そしてよき戦友の顔を見せてくれたのだった。  中には、久々の温かい食事に涙する者までいた。  こうしてムラクモ機関は、頼もしい仲間を招き入れることに成功したのだった。 「よかった、避難民のみんなとも上手くやってけそうだね」  パーティの場をそっと抜け出したトゥリフィリは、静けさを求めて議事堂の隅へと歩く。お祭り騒ぎがどこか遠くに聴こえて、熱して火照った身体が涼やかに冷やされてゆく。  少し休憩して冷たいものでも飲もうと思った、その時だった。  ふと、目の前に見慣れた和装姿の美女が立っている。  なにやら、廊下の角から向こうを盗み見るように、壁に張り付いていた。 「あれ、アダヒメちゃん? なにやってんの?」  そう、その麗人はアダヒメだった。着物にたすきをかけて、今日も避難民のために炊き出し等に働いてくれている。今日振る舞われた料理も、彼女がボランティアの人たちと作ったものだった。  そのアダヒメが、振り向くなり唇に人差し指を立てる。  彼女に招かれるままに、トゥリフィリもそっと角の向こうを覗き見た。 「あれ、ナガミツちゃんとキリちゃんだ。……なに話してるんだろ」  廊下の奥に自動販売機があって、その前に二人の少年少女が向かい合ってる。  声は聞き取れないが、酷く打ち解けた様子で談笑中だ。  それは、ナガミツとキリコだった。  その姿に目を細めて、アダヒメもにんまりと微笑む。 「キリ様とナガミツは、とても仲がいいようですね。なんだか悔しいような、でも……二人共、あんなお顔で笑うんですね」 「最初はバチバチだったんだけどねー。って、そんなに珍しい? アダヒメちゃん」 「ええ。多分、初めてでしょうか……こういう世界線は大変に珍しいですわ」  またちょっと、アダヒメがよくわからない言葉を使った。  でも、隠れて眺める彼女の横顔が、いつも以上に優しげでトゥリフィリも驚く。そういうアダヒメの表情こそ、トゥリフィリにとっては初めてだった。 「それにしても、なんのお話をしてるのでしょうか」 「あー、うん、その……多分、くっだらないことだと思うよー? でも、そういうのっていいよね」 「ええ、ええ。フィーの言うことがわたしにもわかります。素晴らしいものですわ」  こうしてみると、中のいい友人同士、兄妹にも見えるし、ああいう恋人関係もありなのかもしれないと思った。そして、そのどれでもないし、二人は共に狩る者……竜との戦いを宿命付けられた戦士だと言われている。  でも、トゥリフィリには屈託のない同世代の少年少女に見えた。  なにかを言い合い、笑っている。  かと思えば、口論になってキリコが身を乗り出す。  ナガミツが長い腕でその頭を押さえると、もう手が届かない。  そんなやり取りを繰り返しつつも、二人は缶ジュースを片手に随分熱心に語り合っていた。 「……ねえ、アダヒメちゃん」 「はい。なんでしょう?」 「キリちゃん、さ……もう、戦わずに済むんだよね?」 「今、羽々宮と湯津瀬の両家で次の巫女をどうするか協議中です。……もう、キリ様には力がありませんから」 「なら、守らなきゃだね。わたしたちで」 「ええ! その意気ですわ、フィー」  純潔を失ったキリコは、もはや羽々斬の巫女としての力を失っていた。神代の昔から日ノ本を守ってきた、伝説の異能、その宿業から解き放たれたのである。  それがキリコ本人にとって、幸せなことなのかどうか、それはわからない。  ただ、トゥリフィリにとってはナガミツとのこの時間、この笑顔が答えだと思えるのだった。  そんな時に、ふと暗い声でアダヒメが俯く。 「再び力を……その術がないでもありません。でも」 「でも?」 「いえ、よしましょう。そのようなことがあってはならないのです。もう、キリ様は十分に戦われました」 「……そだね。次のキリコさんにも、その次にも……無事に戻ってこれる平和を作る。これも多分、ぼくたち13版の仕事なんだと思う」  トゥリフィリの言葉に、アダヒメは目を丸くした。  次の瞬間には、パアアと笑顔になって、突然の抱擁がトゥリフィリを襲う。  豊かに過ぎる胸に顔を埋めつつ、驚きながらもトゥリフィリも笑った。 「ちょ、ちょっとアダヒメちゃん。苦しいってば」 「フィー! とても素敵なことです! わたしも、そういう未来を探して求めましょう」 「もう、大げさだってば」 「フィー、あなたに会えて本当によかったです。今生限りの特異点、わたしの、わたしたちの希望」 「だから大げさだって……ん?」  その時だった。  ふと、軽い揺れが国会議事堂を襲った。  パラパラと天井から埃が舞い降り、やがて激しい縦揺れにトゥリフィリはよろけた。慌てて支えてくれたアダヒメも、そのまま壁にぴたりと身を寄せ動けなくなる。  地震だ。  それも激震、大きい。  そして、後にこれが始まりだったと思い出すことになる。  終わりの始まり、そして最後の旅の始まりだった。 「なんだ、地震か? くそっ、でけぇぞキリッ!」 「ナガミツ、避難民を外へ! 議事堂の耐震設計は完璧だけど、これは」 「お前は一緒に避難しろ!」 「うん、わかった!」  少し揺れが小さくなったところで、ナガミツとキリコが飛び出してきた。  そして、抱き合いうずくまるトゥリフィリとアダヒメを見て、固まる。ナガミツは無駄に察したような顔をして、無表情で目を逸した。キリコも「あっ」と発した言葉を引っ込めるように黙って、そして耳まで真っ赤になっていた。 「ととと、とにかく、私は上の階の避難民を見てくる! それと、ナガミツ!」 「おっ、お、おう! わーってる、こいつは竜の仕業かもしれねえってな!」  揺れが収まって、慌ててトゥリフィリはぱっとアダヒメから離れた。  アダヒメもあわあわと離れて、乱れた髪を整えたりしている。  その時にはもう、キリコは上への階段へと向かって走り去っていた。  慌ててアダヒメが追いかける、その背を見送っていると……トゥリフィリの横にナガミツが立つ。 「……行こうぜ、フィー。外になんだかやべぇ気配がある」 「えっ? あ、ああ、うん!」 「それと、まあ、その……誰にも言わないからよ」 「ち、違うって! こう、地震が来て、脚がもつれて」 「そ、そうなのか? ……ならいい、凄くいい。よかった。うし、行くか!」 「うんっ!」  既にもう、祝宴の空気は吹き飛んだ。  同時に、宴会場からも大勢の仲間たちが駆け出してくる。SKYの若者たちも、セクト11の隊員たちも一緒である。  なにより、13班のいつもの仲間たちが我先にと飛び出していった。  その流れに続いて、トゥリフィリたちも外へと飛び出すのだった。