トゥリフィリは必死だった。  そして、一人の少年に心を支えられていた。  彼がくれた言葉、その想いが今の自分をこうして立たせてくれている。だから、トゥリフィリはエレベーターホールを埋め尽くす老人や怪我人にもう一度叫んだ。 「あなたたちを守る、それがぼくたち13班の仕事なんです。どうか……生きて、ぼくたちの戦う理由になってください!」  キジトラやノリト、シイナといった面々も一緒に並んでエレベーターへの道を塞ぐ。  口減らしの志願者たちは、呆気にとられて互いの顔を見合わせていた。中には、必死で決意した勇気を揺らがせている者もいる。  当然だ、誰だって死にたくはない。  誰かに生を譲る自己犠牲が尊くても、それを望む者などいはしない。  国会議事堂に集まった避難民は皆、必死で生きようとしてくれていたのだ。  そして、よく通る声が凛として叫ばれる。 「そこまでだ、13班。フン、上出来じゃないか……フフフ」  誰もが振り返った、その先に……小さな女の子が立っていた。  それは、現在のムラクモ機関を率いる総長、エメルだった。今日も赤いドレスを豪奢に着こなし、彼女は皆の前へとやってくる。  そして、ぐるりと全員を見渡して静かに言い放った。 「口減らしの件は中止だ。これよりムラクモ機関は、反撃に出る。誰も死なせはしない!」  いつにもまして、暗い炎の燻るような声だった。  そう、いつもエメルの言動には殺気と憎悪が漲っている。妹のアイテルとは対象的に、彼女は竜への憎しみだけが純化した存在だからだという。  だが、トゥリフィリは知っていた。  怨嗟の権化だと自負するエメルに、ちゃんと他の感情があることを。 「ムラクモ機関総長の、この私の命令だ! お前たち、捨てる命があるなら私に預けろ! 私に託したと思って、もう少しだけ生きるんだ!」  そう言って、エメルはトゥリフィリたちに向き直る。  自然と誰もが、身を正した。 「これより、少数精鋭による電撃作戦を敢行する」 「ぼくも行きます、エメルさん」 「いや、フィー……お前は駄目だ。機動力を最優先して、選抜されたメンバーだけで挑む」 「どうして! ぼくだって、気持ちは同じなのに」  珍しくエメルが、穏やかな笑みを浮かべた。少しぎこちなくて、それが自分でもわかっているような目をしている。そして、そっとエメルがトゥリフィリの肩に手をおいた。 「私たちで活路を切り開く。その道を走って続く全ての人のために……先頭に立つ人間が必要だとは思わんか」  それは、おそらく死よりも困難な戦いになるかもしれない。  だが、トゥリフィリは瞬時に理解し、黙らざるを得なかった。エメルたちが一点突破で地上への道をこじ開ける。そこに続く戦力がなければ、このまま陽の光を見ることも叶わず人類は滅ぶ。  今は個人の勇気や気持ちを優先している時ではなかった。  そして、そうした心の想いがなければ戦えないだろう。 「……わかりました、エメルさん。ぼくは残ります」 「ああ、そうしてくれ。なに、死にに行くつもりはない。むしろ、直接竜を殺せる機会に感謝しているくらいさ」  その時だった。  悲鳴にも似た声が湿って響く。 「ショー兄! 待って、行かないで! 駄目だよ、もう無理……勝てっ来ないよ!」  イズミの声は、まるで泣き叫ぶ幼子のようだった。  そして、その言葉を受け止める男が静かに微笑んでいる。  フル武装で無数の銃器を背負い、ショウジが現れたのだ。 「おいおい、イズミ……戦士が情けない声を出すんじゃねえよ」 「で、でもっ! いくらショー兄でも、あんな数……」 「エメルだけを行かせる訳にゃあ、いかないぜ。連中には一宿一飯の恩義もある……それに、今は国や人種を問わず、生きてる全員で力と知恵を結集する時なんだよ」  セクト11のメンバーたちも、我先にとショウジのもとに詰め寄った。  だが、ショウジの決意が固いと見るや、誰もが整列して敬礼に身を引き締める。  ショウジもまた、部下の一人一人を見渡して大きく頷いた。 「戦士は常に冷静たれ……俺はこれでも、勝率と生存率が一番高い選択肢として自分で志願するんだ。イズミ、お前は残ってセクト11の指揮を執れ」 「やだよぉ、ショー兄……行っちゃ、やだ……」 「誰かがやらなきゃならんのさ。なら、俺がやる……ステイツの戦士は、常に守るべき民のために戦う。そうだろう? なあ、イズミ」  ブンブンと首を横に振って、イズミはその場から駆け出した。去ってゆく背中は、確かに震えて泣いていた。  だが、見送るショウジの顔は不思議と晴れ晴れとしている。  そして、そんなショウジの肩をポンと叩く影があった。 「共同戦線だな、セクト11。SKYからは俺が志願させてもらった」  ダイゴだ。彼はそっとショウジの鼻先に拳を突き出す。ショウジもまた、拳をコツンとぶつけて頷きあった。  自然とトゥリフィリは、周囲にネコの姿を探してしまう。  だが、いつものチャシャネコみたいな笑顔はそこにはなかった。 「13班……フィー。俺たちに任せておけ」 「でも、ダイゴさんまで」 「……ネコのことを、頼む。俺は……あいつをまた、泣かせてしまった」 「ん、なら必ず戻ってきて。ぼくじゃなく、ダイゴさんが直接謝らなきゃ」 「フッ、そうだな。なに、死ぬ気で戦うが、死ぬつもりはないんでな」  他には、自衛官の姿が数名見えた。皆、リンと敬礼を交わしてこちらへと走ってくる。  いわば、決死隊だ。  トゥリフィリにだってそれはわかっている。  だが、自棄や捨て鉢になってる訳ではない。  僅かな光を手繰り寄せるように、最後の可能性に賭けてみる。それは分の悪い賭けだとしても、なにもせずに滅びを受け入れるよりはずっといい。  足掻いて藻掻いて、最後まで抗う。  それこそが今、トゥリフィリたちが人類として選べる最後の選択肢だった。 「という訳で、な……フィー、俺もちょっと行ってくる」  不意に背後で声がして、瞬時にトゥリフィリは振り返る。  その予感はあったし、彼ならそう言うと知ってた。わかっていた。だから、必死でトゥリフィリは笑顔を取り繕う。 「ナガミツちゃん、気をつけて行ってね……あ、あれ? ゴメン、なんか、変だな」  自然と涙が溢れて、目の前のナガミツが滲んで歪む。  それでもトゥリフィリは、頬を伝う雫を拭いながら笑った。 「ちゃんと帰ってきてよね、ナガミツちゃん。……やっぱ、行くんだ」 「おう。俺は、常に人の隣を歩くモノとして望まれたんだ。今は、エメルの横で少しでも助けてやりたい」 「……うん」  最初からトゥリフィリにはわかっていた。自分だけの隣に並んでてほしくても、それはナガミツを束縛してしまうことになる。わがままを言えば、彼はそうしてくれるともわかっている。  でも、ナガミツをナガミツたらしめる想いは、多くの人間たちの夢と希望だから。  だから、トゥリフィリはそっと抱き合い、そして離れた。  選ばれた最後の戦士たちは、そのままエレベーターの向こう側へと消えてゆくのだった。