戦力の逐次投入は、戦略的には愚策と言われている。  それでも、地下シェルターという最後の場所に閉じ込められた時点で、人類は戦略的に負けていたのだ。エメルの言う、少数精鋭による現状打破という作戦にも、ちゃんとした理由がある。  ただ、トゥリフィリたち13班は今、気付いてしまった。  今この瞬間が、最終決戦……人類の存亡は、今日という日に決まるのだ。 「荷物はこれくらいかな? うーん、ちょっと重いかも」  部屋を出たトゥリフィリは、いつもの二割増しで重武装だった。予備の弾薬も多めに持ったし、使えない訳ではないのでサバイバル用にナイフも携帯した。  なにより、工房のワジたちが持たせてくれた、グレネリンコたんなる怪しげなグレネードランチャーもある。皆、13班の行動に期待してくれているのだ。  一縷の望みとわかって、重圧を心配しながらも望みを繋いでくれる。  その祈りにも似た気持ちが今、トゥリフィリを突き動かしているのだ。 「……よし、行こう」  ざっくり片付けた部屋をあとにする。  もう、二度と戻らないかもしれない。  でも、二度もあってはたまらないという想いもあった。それに、たった一度だからこそ自分で選びたい。気付いたからにはもう、止められないのだ。  だが、エレベーターに向かって廊下を歩いていると、人影が立ち塞がる。 「おや、フィー。随分と大荷物だねえ」 「なーんか、気合入ってない? どしたのかにゃー?」  エグランティエとシイナだ。  普段通りのゆるくて気負わない二人である。  だが、エグランティエは普段の太刀とは別に、予備の刀を無数に背負っている。まるで武蔵坊弁慶といった雰囲気だ。シイナも、フリルとレースをこれでもかと過積載したゴスロリドレスで着飾っている。  そんな二人に、いつも通りの笑顔でトゥリフィリも接した。 「ん、ちょっとね」  それだけ言って、二人の間を通り過ぎる。  案の定、二人はそのあとを追いかけ歩いてきた。 「あー、ちょっとねえ。うん、ちょっとなんだよねー。ね、エジー?」 「そうさね、シイナ。もうちょっと、あとちょっとってのがあるんだ」  結局、言葉にしなくても伝わる何かが共有されている。それは、誰もが心のどこかに引っかかっていた、そういう「ちょっと」なのだ。  それに気付いたらもう、無視はできない。  間違いかどうかもわからないし、結果が全てかもしれない。  それでも、気付いたからには……やるかやらないか、だ。 「よう、お嬢ちゃん。援護射撃ならお兄さんに任せな?」 「支援もねえ、必要だし……まあ、その、おじさんたちにもちょっとってのはあるのさ」  カグラとカジカも合流した。  二人は燻らしていた煙草を携帯灰皿へと葬る。カジカが喫煙している姿は少し珍しかったし、カグラの手は小さく震えていた。  それでも、二人は軽口を並べながら同行してくれる。  そして、エレベーター前のホールについた時にはほぼ全員が並んでいた。 「む、来たな班長。俺様たちも同行させてもらおう」 「当然、私もです……とっておきのナンバーを持ってきましたので」  キジトラとノリトもいる。  フレッサやアゼル、エリヤもだ。  セクト11やSKYのメンバーもちらほら見えた。イズミは完全に立ち直ったようで、視線があった瞬間にいつもの不敵な笑みでフンと鼻を鳴らした。  全てはいつも通りだった。  当たり前過ぎて、誰もがそう望んで求めた結果だ。  それが最後には、逆転の未来を呼び込むと今は信じられた。 「うーし、じゃあ我らが13班のフィーからあいさつー!」 「え、ええっ!? それ、必要? っていうか、ぼくが!?」 「わー、パチパチー!」  無責任な声が皆、笑っていた。  全く気負いは感じられないし、避難民たちに充満していた絶望感もここにはない。  悲壮感漂う雰囲気はなく、気心知れた仲間たちとのいつもの空気だった。 「え、えと、じゃあ……みんな、いつも通りで行こう。大切な仲間を……大事な人を、英雄や殉教者にしちゃ駄目だよね。ここで死んだって、崇め称える人なんかいないんだし」  誰もが頷き、心に刻む。  今日、唯一の戦力であるトゥリフィリたちが負ければ……人類は滅亡する。  しかし、勝つか負けるの前にどうしても決断する必要があった。  即ち、やるかやらないか……戦うか、戦わないか。  その、ちょっとしたことがずっと気になっていた。今、行動を起こさなければ一生後悔するとも感じていた。それが皆の中にもあって、ちょっとずつ持ち寄ればそれは大きな意志になる。 「ほんのちょっとでも、ぼくたちはそれを拾って救うために戦ってきた。セクト11もSKYも、ずっと同じ……ほんの少し、あとちょっとという時、ぼくたちなら踏み出せる」  ――征こう。  あの人の隣へ……その先へ。  皆も鬨の声を上げるや、次々とエレベーターに乗り始める。  その姿を唖然と見詰めるのは、スーツ姿の政治家たちだった。だが、彼らは自衛隊とリンに守られつつ、深々と頭を下げて見送ってくれた。  自衛隊の敬礼にも押し出されて、トゥリフィリは大きく頷き微笑む。  そして、エレベーターに乗ろうとした時、意外な人物に呼び止められた。 「フィー、少しいいでしょうか」 「ありゃ? アダヒメちゃん? ……どしたの、顔色悪いよ。無理しないで」 「ふふ、無理してみたくもなります。ただ……わたしとキリ様は少し遅れますので」 「えっ? いや、だってキリちゃん……そっか、覚悟があるんだね」 「ええ」  そして、頼もしい援軍も遅れて到着する。  息せき切って走ってきたのは、ゆずりはだった。彼女は震える拳をもう片方の手で包んで、必死に自分を奮い立たせている。  人の意志は時として、肉体をも凌駕する。  見えぬ黒い霧に支配されながらも、ゆずりはは必死で恐怖に抗っていた。  よりそうように立つツマグロも、無言の瞳で頷いてくれる。 「ゆずりはちゃん、無理はしないでね? 大丈夫だから……今日が最後じゃないから」 「フィー、わたし……戦える、よ? 今日を、初めてにする……戦う気持ち、負けない想いの……始まりにするの」 「ん、そっか。じゃあ行こうか。大丈夫、ぼくたちは一人じゃないから」 「みんなの気持ちは、一つ、だよね?」  それに、ゆずりはのことならあまり心配ではない。  彼女を守るために今も、その隣に立つ者がいるから。彼らはナガミツがそうであるように、人の横に立って共に歩む者……困難や苦境へ共に立ち向かい、阻む全てを切り裂く斬竜刀なのだから。 「フィー、僕も出る。あやめにも言われたし、僕がゆずりはを守って戦おう」 「カネサダちゃん……そっか、頼もしいな」 「おいおい、相棒ぉ! 僕じゃねえよ、俺たちが、だろう?」 「あれ、カネミツちゃんも?」  ゆずりはのスマホの中で、ナガミツの兄弟がニヤリと笑う。  こうして、ムラクモ機動13班の最後の反攻作戦が始まった。これで終わりにしても悔いはないし、終わるつもりはさらさらない……誰もが刹那の未来が必ず繋がると信じているのだった。