赤い花びらを、枯れ散らして馳せる。  多くの仲間たちに支えられ、夢中でトゥリフィリは走った。  数多の竜とマモノが、獰猛な牙と爪で襲いかかってきた。その全てを退け、容赦なく打倒し、そして辿り着く。  国会議事堂を飛び出した彼女を、異形の景色が待ち受けていた。  暗く濁った空の下に、巨大な竜が鎮座している。  その前に、エメルを守って拳を握る背中があった。 「ナガミツちゃんっ!」  少年の名を叫んだ。  その声を追い越す勢いで、駆け出す。  振り向く姿は満身創痍だったが、まだ自分の脚で立っている。  誰かの隣を歩くため、その日が訪れる未来を守るために。 「……フィー? な、なんで」 「待ってて、今助けるっ!」  だが、周囲に無数のマモノが溢れかえっていた。  アスファルトが見えないほどに、フロワロが咲き誇っている。  あっという間に息が上がって、それでもトゥリフィリは走り続けた。並み居る敵を尽く撃ち抜き、排莢される空薬莢が落ちるより早く駆け抜ける。  しかし、進めば進むほどに敵意は膨れ上がった。 「なんでなんて、言わないでよっ! ナガミツチャン!」 「だ、だってよ……お前は、俺が戦う、理由で」 「そう、だからなの! ぼくは、その価値が、意味がある自分でいたいから!」  背後から、仲間たちの援護射撃が届く。  大型のマモノが、次々と血柱を立てて崩れ落ちた。  だが、ツマグロやカグラの対物ライフルでも、竜の鱗と甲殻は撃ち抜けない。  それでも、わずかに怯んだその隙にトゥリフィリは走る。  あと少し。  もう少し。  その一歩が無限に遠いような錯覚。  一瞬が永遠に引き伸ばされるようだ。 「ナガミツちゃんっ! 君が誰かの隣を並んで歩むんだったら――!」  見上げる山のような巨体の、その影に入っても躊躇わない。  戸惑いすらも忘れて、無我夢中でトゥリフィリは銃爪を引き絞る。  そしてようやく、ナガミツの隣に立って背を合わせた。  驚きに絶句するエメルの安全を確認し、周囲の殺意を気迫で弾き返す。 「ぼくの隣を、歩いてほしいっ! 一緒に! ずっと! もっと!」 「フィー、お前……」 「あーもぉ恥ずかしい! さっさとやっつけちゃうよ、ナガミツちゃん!」 「……おうっ!」  だが、漆黒の魔竜は今まで見たこともないタイプだ。もはや帝竜クラス、その圧倒的な覇気にフロワロが感応して揺れる。  巨大な敵意の塊は、絶叫とともに暴れまわる。  その足元を逃げ回りながらも、トゥリフィリには勝機が見えていた。  何故なら、あの言葉をエメルが叫んでくれるから。 「来てしまったか、フィー! ならば見せてみろ……お前たち『狩る者』の真の力を!」 「任せて、エメルさんっ!」  ――竜、すなわちドラゴン。  宇宙の摂理の代行者、万物の頂点に君臨する絶対強者だ。  だが、その竜を数え切れぬほど、トゥリフィリたちは倒してきた。  ギリギリの戦いとはいえ、真竜と呼ばれる邪悪な神さえも退けたのだ。  だから、証明する。 「全ての竜を狩り尽くして……ぼくたちの未来を取り戻すんだ!」  13班の誰もが必死だった。  既に魔窟と化した国会議事堂を抜け出て、一人、また一人と広場に集まってくる。皆、無傷ではいられないし、血と汗とで濡れていた。  それでも、その決意と覚悟は挫けない。  逆境に次ぐ逆境の中で逆に、熱い血潮が燃え上がる。  少しずつだが、形勢は人類側に傾きかけていた。  そんな必死の抵抗を嘲笑うように、暗い空が深く淀む。そして、闇の渦から禍々しい声が降り注いだ。 『クハハハ、足掻け人間! 無様に藻掛け! 我らの供物として、その全てを捧げよ!』 「くっ、フォーマルハウト! 手前ぇ!」 「今は目の前に集中して、ナガミツちゃん!」  真竜フォーマルハウトが現れ、そのオーラが更に世界を黒く染めてゆく。  その力に呼応するかのように、周囲のフロワロが黒く染まり始めた。黒いフロワロの猛毒は、S級能力者ですら一瞬で汚染してゆく。  だが、もはやそれしきのことで怯む13班ではなかった。  それに、戦っているのは13班だけではない。 「ショー兄っ! どこ、ショー兄! 見ててね、どこかで……セクト11、13班を援護っ! 黒いフロワロの除去を最優先して!」 「SKYも以下同文っ! ただし気をつけて……このフロワロ、めっちゃ危険だから!」  イズミとネコ、そして大勢の仲間たちが援護してくれる。  やはり、今日は総力戦……全てを賭けて挑むべき決戦の日なのだ。  この戦いに勝利しない限り、人類に未来はない。  それがわかるからこそ、トゥリフィリたちはいつにもまして苛烈に戦った。 『愚かな……家畜の哀れなその抵抗、あまりにも惨め! 見るに耐えん!』  言わせておけばいい、そう思ってトゥリフィリは前進を動かす。  反論の思考を挟む余地などなく、余裕なんてこれっぽっちも存在しない。それはみんな同じで、既に会話もなく視線だけでの連携を可能にしていた。  限界ギリギリの戦いで、どこまでも動きが洗練されてゆく。  それに、とっておきの真打ちが皆を代表して叫ぶ。  いつだって斬竜刀は、人の平和と尊厳のために輝くのだ。 「黙るのデス、そして聞けっ!」 『ムゥ!? 人形風情が……この神にも等しい我に!』 「神様気取って悪行三昧、本物の神様が許したって! このワタシが……ワタシたち、斬竜刀が許さないデス!」  駆けつけたガーベラは、今度は左腕が破損していた。肘から先が脱落し、潤滑液が剥き出しのケーブルやフレームを濡らしている。  だが、逆の右腕には巨大な武器が装着されていた。  右腕そのものが、鈍く光る巨大な鉄杭の射出機構になっている。  キリノが開発中だった、試作型のパイルバンカーである。 『斬竜刀……もしや、殺竜兵器を!? このレベルの文明しか持たぬ地球人類が!?』 「ノー! 斬竜刀は人の牙……牙無き者たちのための、正義の刃なのデス!」  ガーベラが跳んだ。  高く高く、右腕を振りかぶって飛翔する。  その一撃は、フォーマルハウトの幻影を突き抜け、真っ直ぐに黒き竜の額を穿つ。  瞬間、装填された炸薬が炸裂した。  しかも、三発同時に。 『ば、馬鹿な……ドラグサタナーだぞっ! このクラスの竜を……馬鹿なああああ!』  ――ドラグサタナー。  黙示録の獣の如き魔竜の名らしい。  降り注ぐ血の雨の中で、トゥリフィリはその名を胸に刻みつけた。そして確信する……やはり、竜とは言えど生物、名を持った物理的な生き物なのだと。