激震と轟音の中で、闇のような巨体が鳴動する。  脳天にガーベラのパイルバンカー三連射を喰らって、ドラグサタナーは絶叫と共に暴れ出す。まるで天地がひっくり返ったかのような大混乱だった。  見境のない暴力の権化となったドラグサタナーによって、周囲のマモノや竜さえ殺されてゆく。  逆に、少数精鋭の13班たちは混沌とした戦場の中に勝機を見出していた。 「くっ、もう少しデス! もう一発、もう一発だけ――ッッッ! アッ!」  ドラグサタナーの頭部にかじりついていたガーベラが、振り落とされた。その衝撃で、腕に接続されていたパイルバンカーが千切れ飛ぶ。神速の三段突きを繰り出す最終兵器は、その主を放り出したまま屹立していた。  深々と刺さったパイルバンカーは、おびただしい流血を竜に強いていた。 「おキクちゃんっ!」 「だ、大丈夫デース!」 「みんなっ、ドラグサタナーに攻撃を集中させて! 今はフォーマルハウトは、無視してヨシ!」  幾重にも重なり響く返事は、誰も諦めを伝えてこない。  この絶望的な状況で、トゥリフィリたち13班は決死の力を振り絞っていた。  その抵抗に、空中に浮かぶフォーマルハウトの紋章が苛立たしげに叫ぶ。 『おのれ人間! 我を無視するなど……神をも恐れぬ所業!』  正直、諸悪の根源であるフォーマルハウトを叩く、そういう攻撃オプションは確かに存在した。だが、今は先にドラグサタナーに対処するほうが先である。  この巨大な竜を排除しない限り、国家議事堂は人類の手には戻ってこないのだ。  ここは人類存続の最後の砦、地球文明復興の最初の一歩なのである。  そして、激昂するフォーマルハウトを嗤う声。 「フッ、フフ……フハハハハッ! どうした真竜! 怖いのか、人間が!」 『貴様ァ、ヒュプノスの残滓がなにを言う!』 「そう、お前が今感じているのは恐怖だ。人間、狩る者たちの力を恐れているのだ!」 『否っ! 否、否、否ァァァァァァァ! ありえん!』 「宇宙のエントロピーを手にしたとて、緒戦はドラゴンの生物……高位存在を気取ったところで、野生の本能が持つ恐怖には勝てん! お前たちの天敵を忘れる筈がないっ!」  血塗れのエメルが、脚を引きずるようにしてフォーマルハウトへ向かう。  その隣にナガミツが寄り添い、迫る敵意を遠ざけていた。  すかさずトゥリフィリも駆け寄り、逆隣を守って戦う。  そんな三人の前に、怒り狂ったドラグサタナーがそびえ立った。 「くそっ、対戦車バズーカでも全く通らないぞ! イズミ隊長!」 「今っ、自衛隊に戦車出してもらってる! セクト11、持ちこたえろ!」 「SKYもいっくよーん! フニャアアア!」  大混戦、まるでB級怪獣映画みたいな乱痴気騒ぎだった。  その中で、歌は響く。  声が見えない力になって、トゥリフィリたちの背を押してくれる。  限界を超えた力が、旋律の中で無限に湧き上がってきた。 「フフ……怖いか? 怯えろ、竦めッ! これが人類の力……竜の天敵、狩る者の力だ!」 『お、おのれええええええ!』 「征け、我が同胞……私の憎しみと恨み、怨嗟と憎悪を貴様たちに捧げよう! 戦えーっ!」  とうとう、ドラグサタナーの動きが鈍くなってきた。全身からの激しい出血で、既にスタミナが尽きかけているのだろう。  やはり、竜もまた生命。食物連鎖の頂点に君臨していても、動物なのだ。  ここぞとばかりに畳み掛けようと、トゥリフィリは地を蹴った。  ――筈だった。 「あ、あれ? ぼく、どうして……手も足も、うごかな……お、おかしいな」  限界を超越した先に待っていたのは、極限の疲労だった。  血にぬかるむアスファルトに倒れて、トゥリフィリは突然動けなくなってしまった。もう、指一本動かせない……どこまでも冷えてゆく身体は、痛みももう感じなくなっていた。  そしていよいよ、断末魔を叫びながらドラグサタナーは荒れ狂う。  徐々に威信を取り戻したのか、フォーマルハウトの嘲笑が一段と耳障りだった。 「駄目だよ、戦わ、なきゃ……こんなところで、ぼく」 「フィー! 大丈夫か、お前っ! ……こんなに、ボロボロになって」 「ナガミツ、ちゃん? 大丈夫、平気だから」  すぐに駆けつけたナガミツが、身を屈めてくる。  その向こうに、肩越しに振り向くエメルが小さく頷いていた。  もういいんだと言わんばかりの、始めて見る優しい瞳だった。紅蓮に燃える怒りの化身、真っ赤なエメルの双眸は今……静かに潤んで穏やかに光る。  そして、奇跡が舞い降りた。  日ノ本を守護する伝説の力が蘇る。 「お立ちなさい、フィー。貴女はまだ、疲れてはいけません」  気付けば目の前に、アダヒメが立っていた。  いつになく厳しい表情をしていて、それでいて今にも泣きそうな顔だった。 「アダヒメ、ちゃん」 「さあ、あともう少しです。幾千幾万と繰り返した今日は今……ここから初めて変わるのです」  アダヒメが手を伸べてくる。  その手をつかめば、しっとりと温かく、静かに震えていた。  ナガミツが肩を貸してくれて、なんとかトゥリフィリは両膝に力を込める。 『ぬう、貴様は……滅竜の輪廻に堕した愚かな女……久遠の彼方で滅びし大陸の末裔』 「フォーマルハウト、疾く疾く、急いてお逃げなさい。貴方の負けです」 『貴様は……この真竜フォーマルハウトに逃げろというのか! 賢しいわ、小娘ぇ!』 「当世は今、全く新しい未知の可能性へと動き出しています。その先にもう、貴方たちセブンスと呼ばれる超越者の明日はありません」  同時に、意外な人物が国会議事堂から現れた。  誰もが振り返る先で、小さな少女がそっと黒髪から櫛を外す。  それは、キリコだった。  その身に詰め込んだ羽々斬の巫女の力を失い、S級能力者として戦えなくなった彼女……それが今、太刀を手に光る櫛をそっと投げる。  瞬間、三つ編みが解けて突然キリコの髪が伸び出した。  構わず彼女は居合に構えて、小さく身を沈める。 「私はまだ、戦える。アダのお陰でまた、戦えるんだっ!」 『貴様、古の凶祓い……その成れの果てが! なにを……ま、まさか!』 「羽々宮家と並び立つ血筋、湯津瀬家……地ノ湯津瀬に伝承されし秘法を見ろっ! 私は……俺はっ! 私たちは! 日ノ本を守護せしもののふっ、羽々斬の巫女、だあああっ!」  光が走った。  遅れて音が風を巻き上げる。  一瞬の閃光が、ドラグサタナーに赤い直線を刻んだ。  気付けばトゥリフィリのずっと後ろで、鍔鳴りの音と共にキリコが立っていた。  そして、彼女の一閃がついに巨大な魔竜から動きを奪った。  次の瞬間にはもう、トゥリフィリは隣のナガミツを押し出していた。 「行って、ナガミツちゃん!」 「おうっ!」  待ってましたとばかりに、シイナが両の手と手を組んで立つ。その小さな両手を足場に、ナガミツは天高くジャンプした。同時に、残った力の全てでシイナがナガミツを放り上げる。  しかも、そのままシイナ自身もナガミツを追って飛翔する。 「ナガミっちゃん! ごめんねー、わたし物理の成績悪くてさあ――よいしょー!」  信じられないことに、空中でシイナは極限のサーカスを見せた。高く飛ぶナガミツの足裏へ、自分の足裏を合わせて蹴り出す。そのままシイナは落ちていったが、ナガミツは上空のフォーマルハウトを追い抜き、追い越して飛ぶ。 「これでっ、終わりだっ! そしてえ! 今度は二人でっ、始めるんだああああっ!」  鋭角的な飛び蹴りで、ナガミツが急降下。  その一撃は、満身創痍のドラグサタナーを貫き、突き刺さったパイルバンカーごと蹴り抜く。穿たれた超合金の楔によって、恐るべき巨大竜は完全にその生命活動を停止したのだった。