食事を終えたトゥルフィリは、犬のナガミツを連れて外へ出た。  皆がそぞろに歩く先へと、避難民たちと一緒に進む。  小さな孫を連れた老人や、炊き出しの婦人会の面々。自衛隊やSKY、セクト11の者たちもいる。皆、同じ場所を目指していた。  その墓は、国会議事堂の裏の空き地に昨夜作られたものだった。 「来たよ、エメルさん。これ、お花」  トゥリフィリは手にした花束を、そっと十字架の前に置く。  それは、この星のために戦って消えた少女の墓だ。幾千幾万という刻を超え、絶えず竜への憎悪を燃やし続けたヒュプノスの民……エメル。  彼女が滾らせた業火は、苛烈な獄炎だった。  でも、確かに人々の未来を照らし、希望を灯した焔だった。 「すげえ花が沢山あるな、フィー。まるで花畑みたいだ」 「そだね」  トゥリフィリが供えた花だけではない。  青、黄色、緑……無数の花束で墓碑が埋もれてしまいそうだった。赤い花もあって、フロワロが持つ鮮血のような赤ではない。鮮やかで映える、エメルの纏っていたような赤である。  こうしている間にも、皆が持ち寄る花が増えてゆく。  勿論、13班の皆もそれぞれ自分の時間を作って訪れているだろう。  そう思っていると、本当に背後で仲間の声がした。 「あっ、フィー! お疲れ様でーす。お参りですか?」  振り向くと、アヤメが鉢植えを手にやってきた。  彼女も、大きな秋田犬を連れている。  その白い犬は、トゥリフィリを見上げてペコリと頭を下げた。 「班長、僕だ。カネサダだ」 「あっ、カネサダ君? そっちもメンテ?」 「ああ……少し無茶をし過ぎた。二人で並列演算コントロールをしたので、必然的に普段の二倍の負荷がかかってしまったんだ。今、スタッフに整備してもらっている」  すかさず黒い犬のナガミツが前に出る。  妙に得意げなのが、ちょっとおかしい。 「わはは、お前は構造的に結構耐久力低いからな!」 「うっ、た、確かに……しょうがないんだ」 「まあ、すぐに直るからよ。ムラクモ機関の技術者はみんな、優秀だ」 「だな」 「それより……カネミツは? あいつ、どうしてる」 「……それなんだが」  不意に、クゥーンと秋田犬が口ごもった。  まさかと思って、思わずトゥリフィリもゴクリと喉を鳴らす。  だが、笑顔のアヤメが事の次第を教えてくれた。 「カネミツ君、限界を超えた情報処理能力を解放したせいで……」 「えっ、待ってアヤメちゃん。どうなっちゃったの?」 「……ボロボロになっちゃって、それで」 「そ、それで?」 「16ビットレベルのドット絵でしか表示されなくなっちゃったんです」 「……は?」 「音もFM音源レベルで、あ、一応会話は可能だってゆずりはちゃんが」  ピコピコ、チャラララー♪  ゆうしゃカネミツは、ファミコンレベルになってしまった!  ……悪いとは思ったが、変な笑いが込み上げた。  そして、ひっくり返って腹を見せながら、ナガミツは爆笑していた。 「まじかよー! あいつ、そんなんなってんの? ばっかでー、ハハハッ! ……はあ、無事だったかあ」 「ちょっとナガミツちゃん、笑っちゃ悪いよ」 「まあでも、すぐに直るって。……俺たちは無事だし、フィーたちも生き残ったんだしよ」  そう、誰もが無傷ではいられなかったが、生きてる。  全て、エメルが守ってくれたおかげだった。  アヤメもそっと鉢植えを供えると、両手を合わせて祈った。  トゥリフィリもそれにならって、鎮魂の祈りを捧げる。 「エメルさん、ありがと。ぼく、忘れないよ」 「俺たちが狩るからよ……竜は一匹残らず、俺たちで狩り尽くす」  皆が祈っていた。  感謝の祈りだ。  この国会議事堂では、エメルはムラクモ機関のトップとして誰にも親しまれていた。勿論、殺気の塊みたいにギラついてた彼女を、遠ざけていた避難民もいるだろう。  だが、その炎が発する熱に、誰もが守られ温められていたのだ。  その証拠が、大量に供えられた花々である。 「フィー、あの……ちょっと、いいですか?」  背後で声がしたのは、そんな時だった。  振り返ったトゥリフィリは、その人物を見て思わず無意識に名を呼ぶ。 「あっ、アオイちゃ……え、えと、マリナさん」  ルシェの姫君、マリナだった。  やはり、その面影に一人の少女が思い出されてしまう。  彼女もまた花を供え、その横にチョコバーを置いて手を合わせる。  祈り終わったあとで、毅然とした表情でマリナはトゥリフィリに向き直った。 「フィー、わたし……決めたんです。あの、武器を……殺竜兵器を、造ります」  驚きに声を失って、言葉を探すトゥリフィリ。  彼女は以前、セクト11に追われていた。絶望の現状をひっくり返す、ゲームチェンジャーとして。竜に対する奥の手、殺竜兵器として。  最初、彼女を保護した誰もが困惑した。  なんの力もない、S級能力者ですらないただのルシェだったから。  しかし、彼女が後に伝説の女王だったと知ると、事態は急変した。 「わたし、オリハルコンを精製できるんです。思い出しました……多分、その力が今こそ必要なんです」 「マリナさん……無理、してない?」 「大丈夫、エメルにわたしも教えられました。それに、アイテルにも」  マリナが振り返る視線の先を、トゥリフィリも目で追う。  そこには、少し離れた日陰の奥にアイテルが立っていた。  マリナはニコリと微笑んで歩み寄り、アイテルを手で引き寄せる。 「ほら、アイテル。ちゃんとお別れ、した方がいいんだよ?」 「……私たちヒュプノスは、死なない。死ねないの。だから、すぐに姉さんは」 「エメルは最後に、アイテル、あなたの名を呼んでいたわ」 「ッ! ……姉さん、が? 私の、名を」 「わかったんだって。感じたのよ。感じる心があった、エメルはあなたと同じ気持ちに立ち返れたんだと思う。とても、優しい笑顔だったって」  アイテルはふらりとよろけて、そのままエメルの墓石の前で崩れ落ちる。  その震える背を見詰めながら、マリナは改めてトゥリフィリに宣言した。 「フィー、もっと竜検体を集めてください。お願いします。わたしが造ります……オリハルコンで、殺竜剣を」 「殺竜剣……!」  それは、人類の希望。  真なる切り札、殺竜兵器の本当の姿だ。  やがてトゥリフィリは知ることになる……かつて一万と二千年前、当時のマリナたちが真竜ニアラを退けた必殺の刃を。アトランティスに生きたルシェたちの、魂を紡いだ一撃を。