ムラクモ13班の新しい戦いが始まった。  都内に復活した帝竜や、新たに生まれた迷宮を全て平らげる。帝竜は古いも新しいも関係なく、駆逐する。そうして竜検体を集めるのだ。  そして、再びトゥリフィリは天空を走る。  以前にもまして禍々しい殺気が、池袋の天球儀には満ち満ちていた。 「っていうか、ナガミツちゃんは休んでてもよかったのに」 「いや、お前の隣にいる。そう決めたからよ」  捻れ撓んで線路が踊る。  踊り踊って綴られ編まれた、ここは竜の天球儀。  その中を走り抜ければ、既に重力や質量は異次元の法則に乗っ取られていた。  そして、隣にはいつも通りナガミツがいる。  いつもと違って、犬の姿になったナガミツだ。 「この躯体でも、索敵能力やサポートは期待できる。戦闘はまあ、任せらあ」 「だってさ、フィー。よかったじゃん。それと……ナガミッちゃん、お手」 「おいこらやめろ! ほんとやめろ……やめてください……逆らえないので」  今日のパーティはシイナとカジカだ。  そのシイナがナガミツをからかえば、カジカもニヤニヤと笑っている。  そう、トゥリフィリの彼氏は今……犬だった。黒くて大きな犬なのである。  シイナが立ち止まってお手を要求すると、従うしかない身体なのだった。 「ほらほら、シイナ? あんましからかっちゃ駄目だよ?」 「だよねー? なんつったって、フィーの彼氏だもんね」 「あ、そーなのぉ。シロツメクサちゃん、そっかあ。詳しく聞きたいなあ……保護者的な観点からね、あくまでね」  なんだか非常にやりずらい。  同時に、ひたすら気恥ずかしくてこそばゆい嬉しさがあった。  そう、今はもう彼氏だ。恋人である。  そして、二人がその関係を享受するのは、世界が平和になってからだ。  今日も明日も、きっとしばらく戦いは続く。  その時はお互い、13班の班長と斬竜刀として務めを果たすと誓ったのだった。 「さてさて、お遊びはその辺にしてねえ。えっと、ふーむ」 「カジカさん、なんかあった? さっきから難しい顔。にふふ、なんでもシイナちゃんに話してごらーん?」 「そうそう、実は最近腰痛が酷くて……って冗談は抜きにして。うん、これやばいねえ」 「へ?」  幾つもの光学ウィンドウを高速で処理しながら、たははと力なくカジカは笑った。  そして、とんでもない言葉が彼の口から溢れる。 「去年のジゴワットより数倍も高い出力反応……あ、これもうすぐ臨界? つまり」 「国会議事堂が狙撃される!」 「そゆこと……よし! もう少し急ごうかねえ」  以前、この池袋にはジゴワットという恐るべき帝竜が存在した。  この天球儀で集めたエネルギーを全て、砲撃によって出力する強敵である。しかも、トゥリフィリたち13班と戦いながら、当時の拠点だった都庁舎を狙い撃つのである。  当時の段階で、かなり危険度の高い竜だった。  そして今は、復活したジゴワットの力は倍増しているらしい。 「よしっ、急ぐよ! パワーアップしてるのはあっちだけじゃない……ぼくたちだって、日々の戦いで強くなってるんだ」 「フィー、今の俺は鼻が利く。以前の匂いを辿って、最短ルートでジゴワットへ向かうぜ」 「よっ、頼りになる! 流石は斬竜犬だー! イイヨイイヨー」  そうは言いつつ、走るナガミツを最初に追ってシイナが駆け出す。  彼女は可憐な痩身を裏切るようなパワーファイター、ナガミツと同じデストロイヤーである。本人は格闘技の経験がまるでないが、自称「女の勘」でなんとかしてくれる。  だが、男だ。  それでも、頼りになることは変わらない。  それに、カジカのハッキングによる支援もあって、ここまでの道中は楽なものだった。 「こっちだ、フィー」  一歩踏み外せば、何百メートルも下に真っ逆さま。そんな線路の上をナガミツが飛ぶように馳せる。分かれ道があっても、全く迷わず一年前の足跡を辿ってくれた。  しかし、そうそうトントン拍子に物事が進むことはなかった。  耳をつんざく絶叫と共に、頭上に巨大な影が現れる。 「っとっとっと、ナガミッちゃーん? あーぶなーいぞー」 「チィ、上かよっ! って、お、おおおっ?」  今のナガミツはボルゾイという大型犬なのだが、それを軽々とシイナが肩に担いだ。米俵扱いでそのまま、軽くバックステップ。  同時に、巨大な竜がその場に舞い降りる。  揺れる線路を掴む、足の長いドラゴン……タワードラグだ。 「おいっ、降ろせって!」 「まあまあ、いいからいいから。どれどれ……先手必勝っ!」 「おま、ちょ! フィーたちを先に守れって!」 「ごめーん、わたし的には『攻撃は最大の防御』なんだよねー」  言うが早いか。シイナはナガミツを担いだままパンチを振りかぶる。見事なテレフォンパンチだったし、腕をブンブン振り回す意味がわからない。  でも、トゥリフィリは知っていた。  ナガミツとは戦闘スタイルがまるで違うが、シイナはいつでも頼れるパーティの壁役なのだ。それに、他の二人がサポートすることで、その攻撃力はあらゆる障害を無効化する。  攻撃は最大の防御、いつでも先手必勝がシイナのやり方だから。  最初の一発でKOしてしまえばいいという考えなのだった。 「んじゃま、ポチ、ポチ、ポチッと。肉体強化だよん」 「シイナ、後ろは任せて! あと、ナガミツちゃん落とさないでねっ!」  酷く大振りなパンチが、タワードラグの脚を直撃する。  バキボキと嫌な音が鳴って、細長く白い脚に関節が増えた。しかも、そこから先が壊死したようにぶらりと力なく垂れ下がる。  一発で肉を抜いて骨を断ち割る。  見た目からは想像できぬパワーが炸裂していた。  しかも、フォローに入るカジカがまたえげつない。 「はいよっと、掌握完了。シロツメクサちゃん、撃てば当たるよん?」 「うわ、棒立ちだ……これって」 「ドラゴンの全神経をこっちで乗っ取ったからさ。もう、指一本動かせないんだなあ、これが」 「うーん、なんか気が引けるけど……容赦は無用、かなあ」  正確に頭部に二発、トゥリフィリは必殺の弾丸を打ち込む。  工房のワジたちが造ってくれた特殊弾頭だし、通常の武器とは威力が違う。それに、全く動かぬ的を前にしては、トゥリフィリが急所を外すということもなかった。  だが、そのあとがいけなかった。  降ろされたナガミツがすぐにスカートを噛んで止めたが、シイナがノリノリでジャンプする。 「そしてトドメのぉー! シイナちゃん、キイイイイイイイイック!」 「おい馬鹿やめろ! もう死んでるっての!」  強烈なジャンプキックが炸裂して、ぐらりと揺れたタワードラグが真下へ消えた。線路から落ちた巨体が、あっという間に見えなくなる。 「うーしっ! シイナちゃん大勝利!」 「おいシイナ。Dzの回収どうすんだよ」 「……あっ」 「またユキやゆずりはたちに手間かけさせやがって」 「う、あ、いや、これは……てへっ♪」 「かわいく誤魔化しても駄目だってーの!」  だが、和気あいあいとしながらも13班は再び走り出す。そして、次第に空気が帯電してるかのようなしびれが肌を粟立てた。否応なく緊張感に満ちてゆく中で、ついにトゥリフィリたちは天空の玉座へと飛び込むのだった。