天空の玉座に満ちる、それは圧倒的な殺意。  天球儀の最奥、最上階へと達したトゥリフィリたちを、帝竜ジゴワットが待ち受けていた。それも、以前とは比べ物にならないほど巨大で禍々しい。  そして、既にエネルギーのチャージを完了しつつあるようだ。  肌がビリビリと粟立つ中で、銃を抜く。  カジカも身構える中で、シイナだけが緊張感を欠落させていた。 「ナガミっちゃんさー」 「なんだよシイナ」 「こないだ借りた漫画あるじゃん? あれみたいにできないの? なんだっけ、アカカブト? クソデカ人食い熊をワンコがやっつけるやつ読んだんだけど」 「お、俺はやらないからな!」 「……やれないんだ?」 「やらないの! アホかっ!」  こうして見ると、出会った頃に比べてナガミツはよく喋るようになった。しかも、ぶっきらぼうだが感情表現の豊かだ。キジトラたちと交友を深める中で、彼の情緒は確かに育っていた。たとえそれが電気信号のパターンに過ぎないとしても、トゥリフィリは嬉しい。  肌を重ねて感じるナガミツからは、以前とは違ってハッキリと気持ちが伝わるからだ。 「さて、ほらほら馬鹿言ってないで。って、カジカさんこれ……」 「うん、発射寸前だねえ。っていうか、ずるくない? どうすんのこれ」 「とにかくっ! 国会議事堂への狙撃を阻止します!」 「だねーえ」  カジカがすぐに光学キーボードを無数に浮かべる。  まるでその全てが、カジカというマエストロに集ったオーケストラのようだ。  ゆらりゆらりと手と指が踊って、ハッカーの妙技が冴え渡る。  同時に、戦力にならないので下がったナガミツがバウワウ吠える。 「俺の空いてる演算領域も使ってくれ! この躯体でもちょっとくらいは」 「いいねえ、いいねえ。借りちゃうよん? 少年、おじさん助かるわあ」  同時に、トゥリフィリはシイナと共に地を蹴った。  それは、ジゴワットの全身に生えた砲台が火を吹くのと同時だった。雨のように雷の砲弾が注いで、周囲の気温が一気に急上昇する。  にらいだ空気。  沸騰する足元の床。  そして、爆音と黒煙の奥から響くカジカの声。 「シロツメクサちゃん! シイナちゃんも! ヘリはあと3分40秒で到着するからね。で、あ、ほい、ほい、ほいっと」  カジカの援護で、トゥリフィリの全身に力が湧き上がる。  肉体の隅々に張り巡らされた血管と神経が、一気に伝達力を倍増させたかのような錯覚。どこまでも熱いのに、思考と精神が冷たく澄み渡ってゆく感覚だ。  二丁拳銃を構えてジャンプすれば、あっという間にジゴワットの頭上を飛ぶ。  集中する火線も全て、空中で身のこなしを使って避けられた。  極限のコンセントレーションは、ハッカーのもたらす強力な肉体強化だ。 「凄い……自分が自分じゃないみたい。って、この位置なら」  身を捩って対空砲火を避けつつ、一点に狙いを集中させる。  それは、徐々に角度を調節して持ち上がるジゴワットの主砲だ。  帯電するプラズマを青白く瞬かせながら、今まさに巨砲は発射されようとしている。  その砲口へと、狙い違わずトゥリフィリは全弾をお見舞いした。  刹那、耳をつんざく絶叫とともにジゴワットがよろける。 「ナーイス、シロツメクサちゃーん。で、シイナちゃんはフォローよろしくー」 「がってーん!」  重力につかまり落下すれば、トゥリフィリの落下地点でシイナが手を広げる。  細くて華奢なのに、シイナはしっかりとトゥリフィリを受け止め立たせてくれた。  同時に、怒りの反撃にジゴワットが吼え荒ぶ。  すぐにトゥリフィリは走り出しつつ、空を仰いだ。  既に自衛隊のヘリコプターが遠くに浮かんでいる。  そして、接近してくる。 「シイナッ、ヘリが来たよっ!」 「はいはーい。んじゃま、トドメの前に、整え、マスカット!」  意味不明な軽口を叩きつつ、シイナが左右に揺れる。まるで踊るように、砲火の中を進んでゆく。ミリ単位で見切って避けてく、そのシイナのエプロンドレスが裂けてゆく。  それでも彼は、ダッキングとスウェーを駆使してジゴワットに肉薄した。 「こんにゃろ、二番煎じめーっ! おらおらー!」  スカートの裾を両手でつまんで、無造作に蹴りを放つ。  はしたない一撃が、ジゴワットの巨体を揺すった。  それで終わらず、シイナは続けて左右の拳を叩き込むと、最後にツインテールを棚引かせて頭突きを炸裂させた。ちょっとクラクラしたのか、よろめきつつ反撃を避けて跳ぶ。  その隙をフォローするように、トゥリフィリの弾丸が砲台を一つ一つ丁寧に潰した。  そして、頭上のヘリからなにかが投下される。 「おーしっ、秘密兵器キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! フィー、あとよろしくねぇん」  シイナが渾身の大ジャンプ。  落ちてくる二つの物体の片方を空中で受け取った。それを右腕に装着して、ジゴワットに向けて急降下。  その時にはもう、トゥリフィリももう片方の秘密兵器を受け取りに走っていた。  そう、秘密兵器……先日の厳しく辛い戦いを乗り越えて生まれた、13班の新しい力。 「ガンガン激しく突いちゃうからねっ! 後ろから失礼しまーっす!」  シイナ、言動がいかがわしい。  しかし、彼女は容赦なくジゴワットの死角に舞い降りるや、突撃した。  その手が振り上げるのは、巨大なパイルバンカーだ。  手荒く叩きつけて、スイッチ……炸薬が撃発して、合金製の杭がジゴワットを穿ち貫く。しかも、何度となくシイナはニ度三度と痛撃を繰り出し続ける。  排莢された空薬莢が放物線に踊った。  そして、最後の一撃でジゴワットは天高く放り上げられる。  シイナという男、パワーとノリだけのデストロイヤーだった。 「フィー、いまっしょ! やっちゃえー!」 「オッケー!」  空高く舞い上げられたジゴワットは、必死に四肢をばたつかせていた。  流石の全身砲台も、真下には撃てない……何故なら、ジゴワットは四本の足で大地に立って戦う帝竜だから。そもそも、踏み締める地面を失えば無力だし、そもそも下方向への攻撃オプションを持っていないのだ。  そこへトゥリフィリは遠慮なくバズーカ砲を構える。 「セフティー解除、照準……いけるっ!」  トゥリフィリは小さな頃から、両親に様々なことを学んだ。  座学は勿論、テーブルマナーからフィールドワーク、そして護身術……ただ、銃器の扱いに関してはとりわけ厳しく慎重に教育されている。  銃が人を傷付け、生命を奪う道具だからだ。  でも、その力を今は守るために使える。  両親への感謝と共に、冷静にトゥリフィリは銃爪を引き絞った。 「たーまやー! っと……ほいっ、終わり! あー、くたびれたあ」  くるくる回したパイルバンカーをドン! と立てて、そのままシイナがその場にへたりこむ。頭上では今、トゥリフィリのトドメで大爆発してジゴワットが粉々になった。  その破片がいくつか、周囲に降り注ぐ。  ナガミツが回収してくれたが、竜検体は十分な量が集まるのだった。