ムラクモ機関はまた一つ、新しい竜検体を手に入れた。  蘇った帝竜ジゴワットは、再び13班の手で倒されたのである。  そして、トゥリフィリたちに束の間の休息が訪れていた。 「おっ、なんだナガミツ! もう元に戻ったのか」  キジトラの声に、ラウンジでくつろいでいたトゥリフィリは振り向いた。  ちょうど、人の姿に戻ったナガミツがエレベーターから降りてくる。  久々の姿に、トゥリフィリも思わず立ち上がってしまった。  キジトラや他の面々も、心なしか嬉しそうである。 「おう、キジトラ。まだ検査が残ってっけどな。とりあえず復活だぜ」 「うむ、よくぞ戻った! ……お手」 「おらよ」  全力ではないが、ナガミツの問答無用の正拳突きがキジトラを襲った。そっと手を伸べていたキジトラは、顔面に拳を受けて思わずよろける。  いつもの茶番が始まったと思った時には、二人は謎の攻防で機敏に動き出す。  無駄な元気の発散だったが、それが彼らのコミュニケーションなのだ。 「わはは! 完全復活のようだな! なに、いつでも犬になるがいい!」 「るせぇーよ、誰が好き好んで、このっ」 「よいよい。医療犬型の躯体でしか楽しめぬこともあっただろう」 「だから、うるさいっての!」  周囲から笑いが撒き起こる反面、ちょっとトゥリフィリは気恥ずかしかった。  そう、犬の姿だったナガミツとは貴重な時間を過ごした。  今いるこのラウンジの上、個人で使うタイプのスィートルームでだ。  ちょっと顔が熱くて、赤面してる自分が恥ずかしい。  でも、今はナガミツが彼氏で、自分がその彼女なんだと思える。種族が違っても、共に戦う中で培った絆は確かだし、確かめ合う程に結びつきが強くなるように思えた。  そんなこんなで勝手に小さく身悶えてると、ナガミツが駆け寄ってきた。 「よ、フィー! 見ろ、元通りになったぜ」 「あ、うん。お、お、おお……おっ」 「お? あ、お手か?」 「ち、違うって。その……おめでと」 「おうっ!」  ニカッと笑う少年の笑みが眩しい。  ナガミツの顔はとても中庸なもので、人の印象に残りにくい平均的な造形を目指して作られている。  以前は無表情だったが、最近は稀にこうして笑うことがあった。  不器用で難しそうな笑顔だが、これがナガミツなのだった。  そして突然、トゥリフィリを異変が襲った。 「あーでも、やっぱ本来の姿がいいな! フィーを見上げて過ごすってのも、悪くないけどよ」  突然、ハグされた。  真正面からぎゅっと抱き締められたのだ。  思わず息が詰まって、心臓も止まるかと思われた一瞬だった。  すぐに身を話したナガミツは、いつものように小さなトゥリフィリを見下ろしていた。そういう彼を見上げるのも、確かに久しぶりの気がした。  あまりにも唐突だったので、リアクションすらできずに口ごもる。 「あ、悪ぃ。その、つい……ま、これからもよろしくな、フィー!」 「え、あ、お、おおう……うん。よろしく」 「さて、残った検査をさっさと済ませてくるか」 「あれ、もう終わったんじゃないんだ?」 「こっちの本体に乗り換えただけでよ。一応、あっちの躯体からもアレコレとフィードバックさせたいらしい。そんな訳で、またちょっと行ってくらぁ」 「うん。……ふふ、やっぱりこっちのナガミツちゃんがしっくりくるな」 「だろ? んじゃ、またあとでな」  姿形は全く変わってないのに、不思議とナガミツの成長が実感できた。技術者たちが数字で追うよりもはっきりと、トゥリフィリにんだけは些細な変化がわかる。  手を振りナガミツを見送って、ふと気づくと周囲の視線が生暖かい。  アヤメもアダヒメも、なんだかにんまりと笑っているのだった。 「ち、違っ、これはね、えとね」 「いいじゃないですか、フィー。わたし、少し羨ましいですよ?」 「そうですよ、フィー! とてもいいことです。狩る者といえども人間、フィーノ青春はフィーだけのものです」 「そうそう、アダヒメさんみたいにガツガツ肉食系じゃなければ、いいんじゃない?」 「……アヤメ?」 「あ、やば。だってー、アダヒメさんはキリちゃん甘やかし過ぎだしー」  じゃれるようにアヤメが走って逃げ出す。  追いかけるアダヒメも皆、笑顔だった。  そういえば最近、ラウンジ上層のスィートルームが避難民たちにも解放されているらしい。部屋数も増えたし、そこかしこで恋の季節は巡っている。  愛が芽生えれば育み慈しむのが人間というものだった。  そんなことを思っていると、アヤメが逃げる先でエレベーターの扉が開く。 「あ、師匠。お疲れ様です……なにしてるんです? アダヒメ様も」  カネサダだ。  勿論こっちも、人間の姿に戻っている。  一緒のゆずりはの手には、スマートフォンの中のカネミツも一緒だった。  キジトラがニヤリと笑った時にはもう「キジトラ様が出るまでもない……ここは私が!」と、謎におどけてみせたノリトが走り出していた。  よせばいいのに、再びアレをやるつもりだ。 「フフフ、お疲れ様ですよ、カネサダ」 「ああ、ノリトか。……ん、なんだその手は」 「ハアアアアアアッ! お、手ぇぇぇぇぇっ!」  やたら気合の入った声だった。  そして、鉄面皮の真顔なカネサダが一瞬眉を震わせる。  以前のナガミツ同様、彼には表情がない。  しかし、感情表現が不自由かといえば、最近はそんなことはなかった。  声が少し苛立って、そして呆れたように響く。 「まったく、なにを言ってるんです? 僕はもう本来の躯体に――ッッッ!?」  言葉は冷静だったが、見事にカネサダはノリトの手に手を置いていた。  それが自分でも驚きだったのか、目を見開いて必死で否定し始めた。 「い、いやっ! これは違う! 多分、整理しきれてないログがデータ的に」 「ふーん、そうなんだ。カネサダ君、お手」 「あっ、師匠! やめてください、ちょ、これはシステム的なエラーで!」 「情けないですね、カネサダ! しっかりなさい! それと、お手」 「アダヒメ様まで……ていうか、逆らえない自分の躯体が難い」 「カネサダ、気にしないで。しょうがない、と、思う。……お手?」 「ゆずりはまで……クッ、この僕としたことが!」  なんのかんので、13班の仲間たちに馴染みつつあるカネサダだった。  そして、ゆずりはのスマートフォンから爆笑の声があがる。 「アーッハッハッハ! なんだお前、めちゃくちゃ調整不足じゃねえか!」 「クッ、カネミツ! これというのも、君とのシンクロ同時制御が原因で」 「すっげえ面白かったから、動画撮って13班の全員で共有しといたわ」 「……ごめんそれやめて、本当にやめて……僕はどうしてしまったんだ」 「冗談だって、さっさと直してもらってこいって。な? 相棒」 「うん、そうだな」  そう言ってカネミツに大きく頷くカネサダだったが、その瞬間もキジトラに言われてお手をしていた。凄いいい表情だと思ったトゥリフィリだったが、顔と動作が全く不一致でなんだか笑いが止まらないのだった。