東京、地下100m。  縦横無尽にケーブルやパイプが走る、そこは地底の迷宮だ。  帝竜によってではなく、人間の文明が築いたものである。  東京メトロの地下道に崩落が見つかったのが先日。その先に、見たこともない古い通路が発見されたのだった。  そしてその奥から、断続的に地震と共に殺意が漏れ出してくる。  間違いなく、帝竜の気配があった。 「おいキリ、そこに地割れがあっぞ。気ぃつけろ」 「うん、ありがと」 「ほら、フィーも……フィー?」  薄暗がりの中で、振り向くナガミツが手を伸べてくる。  ぼーっとしていたトゥリフィリは、慌てて我に返って手を握った。  力強く抱き寄せられ、そのまま段差を超えてナガミツの胸に密着。いつもの感触はひんやりと冷たく、無数の駆動音が静かに鳴り響いていた。 「あ、ありがと」 「おう」  ちょっと、懐かしいなと思っていたのだ。  今日は久々に、ナガミツとキリコの二人で迷宮を歩いている。  このメンバーで探索を行うのは、本当に久しぶりだった。  今や羽々斬の巫女の力を完全に取り戻し、狩る者の一人としてキリコは帰ってきた。アダヒメの話では、その力を復活させる禁忌の術とやらを使ったらしい。  その代償はあまりに大きかった、とのことだ。 「おうキリ、もう筋肉痛はいいのか?」 「ああ。急激にS級能力者の代謝能力が発揮されて、大変だったよ」 「まあ、あんま無茶すんなよ」 「無茶だなんて。私はまだ戦える。また戦えるんだ……みんなと一緒に」  前を歩く二人も、思えば随分と打ち解けたものだ。  初めて出会った時は、ナガミツもキリコも剥き出しの刃みたいに緊張感をみなぎらせていた。近寄りがたい気迫で触れ合う都度、反目しあっていがみ合っていたのだ。  それももう、昔の話だ。  今は名コンビで、盟友、同志だ。  ここまでの苦難の道が、自然と二人に互いを認めさせた。いがみあって反発するよりも、協力して竜災害に立ち向かうことを選んでくれたのである。  ふと、トゥリフィリはマリナの言葉を思い出した。 「殺竜剣、かあ……」  ――殺竜剣。  それは、太古の昔に失われた叡智。一万と二千年前の昔、アトランティス大陸で生まれた竜殺しの力だ。  宇宙の摂理たる真竜に対する、人類の唯一の希望である。  その殺竜剣のために今、トゥリフィリたち13班は竜検体を集めている。竜より生まれて研がれし刃は、竜をも屠る希望の剣になるのだ。  でも、同時にふと思うこともある。  超常の力を持って栄えた先史文明の遺産とは別に、既に新たな力が生まれている。  日ノ本を神代の昔から守っていた剣でさえ、新しい。  それは斬竜刀と呼ばれる、牙なき者たちを守る牙。 「ん、どした? フィー」 「トゥリ姉、なにかあった?」 「敵の気配は感じねえ……腹でも減ったか」 「ナガミツ、それはないんじゃ……なくも、ないのかな」  振り返った二人が心配そうに歩み寄ってくる。  この二人こそが、今のトゥリフィリたちに連なる文明、その歴史と挑戦が生み出した刃だ。殺竜剣が希望の星ならば、その光を求めて走る足元を斬竜刀は照らしてくれる。  その輝きはいつか、竜の脅威さえ斬り裂き断ち割るだろう。  実はトゥリフィリはまだ、この時気付いていない。  大小二振りの斬竜刀に認められた時分こそが……真に竜を滅殺しうる刃の担い手なのだと。 「ん、ごめん。ちょっと、考え事」 「なら、いいけどよ」 「先に進もう。なんか、遺跡らしきものがあるって言ってた」  確かに、周囲は徐々に迷宮内の模様を変えてゆく。  先程までは地下鉄メトロの構造物を走っていたし、不安定ながら照明が明滅していた。  だが、今はもう違う。  苔むす壁のそこかしこが、不可思議な発光でトゥリフィリたちを照らしていた。  既にもう、今の人類が築き上げてきた痕跡はない。  魔宮は遥か太古の昔、アトランティス時代の更に過去へと続いている気がした。 「少し急がなきゃ――ッ!?」  その時、ぐらりと足元が揺れた。  最近頻発している、地下遺跡を震源とする地震だ。  僅かな微動がしかし、不意にトゥリフィリの意識を一瞬奪う。  その刹那、無数のイメージが爆発的にフラッシュバックした。 『やるぞ、ナガミツ……このデカブツはお前と俺様とで潰す!』 『待ってください、キジトラ。微小の金属反応……これは』 『このリング、まさか』 『……間違い、ないさね。あの子がカルナが耳につけてた』 『クッ、遅かった、のか……? ええい、まだだっ! まだ遅過ぎはしないっ!』  見知った顔が次々と通り過ぎてゆく。  それは見知らぬ思い出、違う未来の記憶なのか。  なにか、得体のしれない9ヴィジョンの数々がトゥリフィリを凍えさせた。あっという間にそれらは過ぎ去り、ただただ震えて悪寒に竦む現実だけが冷たかった。  すぐにナガミツが、異変を感じて寄り添い肩を抱いてくれる。 「お、おいっ! どうした、フィー!」 「ん、平気……なんか、級に目眩がして」 「疲れてんのか? 今日は戻るか。不安要素は見逃せねえしな」 「いや、大丈夫だと思う。進もう……早くここの帝竜も倒さないと」  そう、こうしている今も巨大な帝竜が地下からこの地を揺さぶり襲っている。国会議事堂では余震のような微動に誰もが怯えて暮らしていた。  前例もある。  以前、この地でトゥリフィリたち13班はザ・スカヴァーという超弩級の帝竜と戦った。あまりにも巨大過ぎるその威容は、この東京都全体を崩落せしめるだけの力を溜め込んでいたのだった。  再び今、滅びの余震に人は怯えている。  そして、察している……この連続する揺れは、大いなる災いの予兆だと。 「トゥリ姉、大丈夫かな……ナガミツ、しっかり頼むぞ?」 「へえへえ、言われるまでもねーよ。ってか、キリに言われるようじゃいよいよいけねえな。フィー、ここは安全第一で」 「うん、戻った方がいいかも。まだこの迷宮、底が知れないし……奥に、ん? ちょ、ちょっと待って」  不意に、キリコの長い長い黒髪が揺れた。  風だ。  空気の流れが微かにある。  それでトゥリフィリは、先に立って走るキリコを追った。すこしよたよたとしたが、ナガミツが支えてくれる。  突然の異変は、なにかの兆しなのだろうか?  後でフレッサやアゼルに相談するとして、今は目の前の任務に州痛するしかない。  そして、進む先で突然視界が開けて広がった。 「こ、これは……ここからが、迷宮の始まり、なんだ」  地下の大空洞に、太古の都市が広がっていた。そして、中央に渦を巻くような塔が立っている。その奥から、おどろおどろしい竜の咆哮が込み上げてくるのだった。