――帝竜ジャバウォック、エンゲージ!  奈落の底のような地の果てに、天へと咆哮が屹立する。それは、捕食者にして絶対強者の雄叫び。通常の人間ならば、声を聴いただけで竦み倒れるだろう。  原初の太古、生命体としての遺伝子に刻まれた恐怖。  それを今、トゥリフィリたちは克服して立ち向かう。  勇気一つを武器にして。 「ナガミツちゃん、前衛お願いっ! キジトラ先輩はいつものおまかせで!」 「おうっ、任せろフィー!」 「クハハハハ! 心得た!」  阿吽の呼吸は無言の信頼。  見えない絆が引き合い支え合う。  いかな巨大な帝竜が相手でも、決して怯まないのが13班だった。  そして、トゥリフィリはいつも自分に言い聞かせる。  自分が栄えある13班、その班長なのだと。 「来るぞナガミツ! 受け止めてみせぃ!」 「言ってくれるじゃねえか、キジトラ」 「できる奴にしか言えんわ!」  キジトラの俊足が残像を刻む。  高速移動で敵の目を撹乱し、その背後へと壁を走ってゆく。  同時に、注意を引き付けるようにナガミツが中央に陣取った。腰を落として身構え、あらゆる攻撃に対処すべくカウンターの一撃を引き絞る。  ジャバウォックは、その見た目の通りの力押しに圧して来た。  タンカーかジャンボジェットかという巨体が、ナガミツ一人にのしかかってくる。  だが、鉄壁の闘志は揺るがない。 「っく、ゴリ押しかよっ! ――っだらあ!」  ナガミツのかざした両手が孤を描く。  古武道や合気、空手などに通じる円運動、回し受けだ。そうして回転が渦と逆巻けば、何百倍という質量が両の腕で受け止められた。  まるで、以前のガトウを見ているような錯覚。  確かにその技を感じるのは、トゥリフィリにはナガミツの背が大きく見えるから。 「そっち行くぞ、キジトラァ!」  ガリガリと大地をくしけずるように波立てて、ナガミツの後退が止まった。  力と技との調和が、たった一人の少年に巨竜を封じさせる。  次の瞬間、ナガミツは両手を放すやその場で一回転。  両手による縦回転の遠心力が、見えないギアで右足の横回転へと伝達される。  一瞬、刹那、居合の如き一閃。  ナガミツの蹴りが巨大なジャバウォックを吹き飛ばした。  これもやはり、ただの力任せではない。  二度目の竜災害でパワーダウンを余儀なくされながらも、ナガミツは確実に以前とは違う強さを身に着け始めていた。 「いよぉし、でかしたナガミツ! でかしてる!」 「うるせぇ、ヘマるなよキジトラァ!」 「百も承知の助よ、カカカッ!」  二人の独壇場だった。  大きく背後の壁面に、ジャバウォックが叩きつけられる。  遺跡自体が大きく揺れる中で、舞い落ちる瓦礫や埃の中にキジトラが舞っていた。  そしてトゥリフィリは、二人の本気のコンビネーションに目を瞠る。  トリックスターの中でも、ナイフ捌きを極めた者だけが放つ秘奥義……その名は、礫刑ディアボリカ。放たれた無数の刃は、あらゆる敵を罪の十字架へと縫い付ける。  だが、キジトラの放ったそれは彼独自のアレンジが際立っていた。 「あ、あれ……キジトラ先輩、分身が……ナイフが、全部一点へ? ――っ!!!」  トゥリフィリも咄嗟に走り出していた。  瞬時に察して、勝手に身体が動き出す。  沸騰する空気を肌で感じて、肉体は言葉にならない意思を理解していた。  空中で無数に増えたキジトラから、一斉にナイフが投擲される。  本来広域へとくまなく注ぐ刃の驟雨は、なぜか一箇所に集中していた。  ジャバウォックの頭部、その額へだ。 「読めたっ、ナガミツちゃん!」 「そう来たかよ!」 「あと上! 支援、17秒後! プラマイ0.05くらい!」 「クソ忙しいな、任せろフィー!」  キジトラの投刃、それは精密にジャバウォックの中心だけを貫いてゆく。  同時に、背面ジャンプで宙に舞ったナガミツから、無数の蹴りが射掛けられた。そう、矢を射る弓のように撓らせをしならせ、人間には不可能な体制からの連続空中キック。  それは全て、竜に突き立つキジトラのナイフをより深く押し込んでいった。  強靭な甲殻と鱗が裂けて割れ、その中の肉と血へと刃は突き抜けてゆく。  だが、激痛に怯むジャバウォックも反撃に出る。  絶叫と共に見を揺すって、二人の連携から避けるようにトゥリフィリへと向かってくる。 「クソッ! フィー、逃げろ!」 「班長! ええい、まだ動くかこやつ……トカゲ並みの鈍感か!」  鮮血を吹き出しながら、ジャバウォックが迫る。  その全身で、紅く濡れた鱗が全身から飛び散った。内側から盛り上がる筋肉の躍動が、身に纏う天然の装甲を殺意の礫に変える。  パワータックルで吠え荒ぶジャバウォックを中心に、鮮血の嵐が吹き荒れた。  無論、トゥリフィリに回避の猶予はあった。  だが、彼女は頭上の見えない目標へと発砲、コンマゼロ以下の遅れで身を投げ出す。 「ッ、う……イタタ、乙女の玉の肌があ、なんてね」 「フィー、大丈夫かっ!」 「なんてね、だよ? なんちゃって、みたいな……それよりナガミツちゃん、上っ!」  ジャバウォックは、地底の闘技場に巨大な穴を開けながら、その中で振り返って再び突進してくる。  ギリギリで先程の攻撃を避けたトゥリフィリは、激しい出血の中で再び走った。  音速に近いスピードで刺さった鱗が、まだ何枚か身を貫いている。  トゥリフィリはS級能力者、その代謝能力と回復力は常人のそれを上回る。小さいものなら傷跡すら残らない。それでも古傷塗れだったし、深手からも痛みからも逃げてこなかった証だ。 「そういえば、ナガミツちゃん……ばっ、ばか! ぼくはこんな時に……うー、ばかばか、ばかっ!」  ふと、いつかの夜が脳裏をよぎった。  淡く甘いひとときを、急いでトゥリフィリは拭い去る。  目立った傷跡こそはっきり残っていないが、13班の誰もが全身傷だらけである。そんなトゥリフィリの肌を、あの少年は好きだと言って慈しむ。  指で触れて撫でたり、舌を這わせて舐めてみたりする。  そういう接し方に、確かにトゥリフィリも気持ちを一つにしていた。  それが思い出されて、振り払うように発砲。  狭い遺跡内で跳弾する鉛弾は、ジャンプするナガミツを援護して踊る。そして、落下してきた荷物が、先程の銃撃でコンテナを脱ぎ捨てた。 「よし、こいつで……終わりだ」  極限の集中力が、ナガミツから熱血も闘魂も脱がせて抜く。  冷徹な精密機械のように、巨腕と合体した少年の一撃が急降下した。合金製の杭が炸薬によって射出され、インパクトの衝撃は一点集中で穿たれた傷をえぐり貫いた。  だが、脳天に致命打を打ち込まれても、まだジャバウォックは動く。 「ええい、まだ動くか……ナガミツ! アレを使うぞ!」 「は? いや、アレってなんだよアレって。ちょっと待て、こいつ抜けねえ」 「いいから合わせろ! 俺様の言う通り……いや、思う通りに!」 「ああクソッ、なんだよそれ! ――抜けたっ!」  パイルバンカーだけをそのままに、右手を放したナガミツがバク宙に舞い上がる。それは、無駄にキリモミ回転で華麗に翔んだキジトラに重なった。  そして、二人の力が一つになる。  愛と友情のツープラトン、ダブルスーパー狩る者キックが炸裂した。  二倍の力は二乗の破壊力、突き刺さる鉄杭がジャバウォックの頭部を粉々に割り貫いた。  トゥリフィリが軽い目眩を感じたのは、決して出血によるものだけではなかったのだった。