いよいよ、残す竜検体も一つとなった。  それは、真竜フォーマルハウトとの決戦をも意味していた。  決して負けてはならない戦いになるだろう。  そう思うと、流石のトゥリフィリも緊張が込み上げてくる。それに、珍しくぽっかり予定に穴が空いて、まるまる一日の全休休息がもらえたのも意味深だ。  多分、休日を満喫するようなひとときは、これが最後になる。  そう思ったら、自然とナガミツをラウンジの最上階に呼んでいた。 「……ぼ、ぼくにもそういうの、あるんだなあ……うんうん」  正直、驚いている。  あまり今まで、気にしたことがなかったからだ。  ナガミツは相棒、頼れる仲間……そして、パートナーだ。種族や性別よりももっと、深く心の奥で繋がってる気がする。そういう気がするからこそ、ナガミツの中に心や魂、想いといったものが感じられた。  その気持ちにいつも、彼は応えてくれるのだ。 「にしても……ちょっと、露骨かなあ。でっ、でも、二人で過ごすだけだしね!」  自分に言い訳をして、そういえばとクローゼットを開く。  どこから聞きつけたのか、シイナが先程ニヤニヤすり寄ってきたのである。彼はいかにも訳知り顔で、クローゼットの中に色々準備しておいたとだけ言って去った。  その意味がようやくわかって、赤面に俯けば溜息がこぼれた。 「シイナ……あの、おバカ。なにこれ、ちょっと……もぉ!」  バニーガールのスーツがあった。  ナース服もセーラー服もある。  マイクロビキニも競泳水着もあるし、ちょっと口に出すのもはばかられるような薄布もあった。多分、壊滅した東京の各地から、そういう品も集まってきちゃうのだろう。  どれもビニールで密封された新品だが、なんだか目眩がした。  そうしていると、不意に背後で声がしてトゥリフィリは飛び上がる。 「お、なんだフィー? 着替えるのか?」 「ナッ、ナナナ、ナガミツちゃん! いつからそこに」 「シイナ、あのおバカ、のあたりからだな。ノックしたんだが」 「ご、ごめん……気付かなかった」  ナガミツはいつもの真顔で、そっとトゥリフィリの隣に並ぶ。  そして突然、素っ頓狂なことを言い出した。  ふむ! と唸ってバニーガールの際どいスーツを手に取る。 「俺が着る、とか?」 「……マジで?」 「いや、冗談だ。最近、人間のジョークのセンスを解析しつつある。笑いというのはそもそも」 「ナガミツちゃん、口で説明してる時点でダメダメだから」 「じゃあやっぱり、俺が着ても?」 「ダメ。っていうか、多分入らないよ。衣装が破けちゃう」  真顔で大真面目に、ナガミツは大きく頷いた。  そして、際どいバニースーツを棚に戻すと、そっとトゥリフィリの方を抱いてくる。 「その、さ。俺、嬉しいだ。けど、今日が特別な日じゃなくても、構わない。最後じゃねえしよ」 「ナガミツちゃん」 「せっかく二人で丸一日休みなんだ。ゆっくりしようぜ。……あ、あと、少しイチャイチャしたい」 「そだね。こういう日のためにまた、明日から頑張れるもの」  とりあえずお茶でも入れようという話になって、コーヒーか紅茶かと言い合っていた、その時だった。  ありえないことが起こって、思わずトゥリフィリは「ほえ?」と間抜けな声が出てしまった。そう、ありえない……階段を上がってくる声が二人。これはいわゆる、ラウンジのダブルブッキングだ。  まずい、そう思った時にはナガミツに抱えられて、クローゼットの中に飛び込んでいた。  扉を閉めて息を殺せば、やはり若い男女が一組。  正確には、男性も女性も併せ持つ二人がそこにはいた。  どうやら何かの手違いで、予約が被ってしまったらしい。  それは、キリコとアダヒメだ。 (ど、どうしよ、ナガミツちゃん) (わ、わかんねえよ! ……素数だ、素数を数えるしかねえ) (根本的な解決になってないよ、それより) (あ、ああ……ちょっと、まずいことになったな)  気まずい。  まさか、トゥリフィリとナガミツがクローゼットの中にいるなど、二人は夢にも思わないだろう。そして、それぞれに別の夢を見ている。当然、ここには大きなダブルベッドも大きめのユニットバスもあるし、夢を叶える準備は全て揃っていた。  けど、様子が変だ。  いつも威風堂々の強きなアダヒメが、どこかそわそわとしおらしい。  キリコはキリコで、そんな彼女とベッドに隣同士に座った。  これはどうみてもあれで、絵面だけ見れば犯罪である。  女子中学生と和服の美女が……だが、そうはならなかった。 「あ、あのね、アダ。その、今日は……聞いてほしい話があるんだ」 「は、はいっ! キリ様のお話とあらば、わたしはなんでも」 「そう身構えないでほしいんだけどね。その……今度、私の母上に会ってほしいんだ」 「先代様に? それはどのような……はっ! え、あ、お、おおう? ……ひぃい!」  突然、アダヒメが沸騰して真っ赤になった。  ナガミツは意味が分からず首を捻っていたが、そんな彼の腕の中でトゥリフィリも驚く。  今のは、プロポーズみたいなものだ。  そう思ってたら、今度はそれそのものがキリコの口から飛び出した。 「アダ、この戦いが終わったら……私と結婚してほしいんだ。家柄とか血筋とかじゃなくて、その……俺も、羽々斬の巫女とか関係なくて。アダが、好きなんだ」  知ってた。  みんな知ってたし、ナガミツでさえ察して黙っていたのである。  公然の秘密というやつで、最初は古き二つの家を背負った者同士の仲だった。だが、再び剣を取ったキリコを、アダヒメはいつも献身的に支えていた。時に姉のように、母のように……そして、恋人のように。  そのアダヒメだが、突然のことで固まっていた。  耳がピーン! と立ってしまって、小刻みに揺れている。 (やるじゃねえか、キリの奴……あ、でも、これって) (やるじゃねえか、じゃないよナガミツちゃん。確実にこれって) (……わかった、目を閉じよう) (耳も塞ごうね……うーん、なんの罰ゲームだこれ、うーん)  だが、おっぱじまりはしなかった。  二人共手に手を取って身を寄せ合うだけで、一向にはじまらない。  トゥリフィリももう、いっそいたせ、いたしてしまえとさえ思ったが……なにも起こらない。キリコとアダヒメは、肩を寄せ合いテトテを重ねるだけだった。  そして、悲劇のダブルブッキングが喜劇へと転がり落ちる。  またしても外の階段から、やけに賑やかな声が聴こえてきた。 「時は来たぁ! 久々の休日、ついに積みゲーを消化する日がこようとはなあ!」 「おっと、ミクさん。リコリスさんも。こちら、段差にお気をつけを」 「姉さん、みんなでパーティというのは……その、私には、少し場違いでは」 「えー、リコリスさんもたまには一緒に騒ぎましょうよ! わたしもミクさんと音ゲーしたいし! あとからカネサダ君たちも来るって」  ラウンジ最上階は、あくまでプライベートなコミュニケーションの空間、憩いの場だ。数十人は楽に入れるし、飲食も酒から栄養剤まで何でもそろってる。  和気あいあいと上がってくる声に、当然キリコとアダヒメもあわあわと焦った。  そして、突然アダヒメが立ち上がる。 「キリ様っ、ここはアダにお任せを!」  アダヒメはまるでお姫様のようにキリコを抱き上げると……クローゼットに向って突進してきた。そして扉が開け放たれ、トゥリフィリはナガミツと凍るように固まった。 「よ、よう!」 「ど、ども……」  勿論、クローゼットに四人は無理で、やってきたキジトラたちも気まずさに黙ってしまった。こうして、ヤケクソ気味に楽しい最後の休日ホームパーティが始まるのだった。