疾走、爆走、大激走。  時速120kmではとバスが走る。  そこまで揺れないのは、カグラの恐るべき運転技術の賜物だ。それに、見た目こそはとバスだが、足回りはムラクモ機関の技術班によって別物にチューニングされている。  だが、周囲を満たすのは爆音と砲声だった。 「え、右手をご覧くださぁい。わたしの恋人でございまあす。って、誰が一人上手か!」  自分でボケて突っ込むシイナに、自然と笑いが起こる。  それでも、改めて彼女が添乗員を気取るので、ふとトゥリフィリも窓の外を見た。  そこには、鋼鉄の騎士たちがフロワロを蹴散らし進軍する姿がある。  津波のように襲いかかるマモノが、次々と砲火の中に消えていった。 「はいはい、今度は真面目にね……右手をご覧ください。あちらが自衛隊の10式戦車でございまぁす」  そう、今の人類側は総力戦に打って出た。  真竜フォーマルハウトが、漆黒のフロワロを活性化させるという切り札を切ってきた。ならば、トゥリフィリたちも迎え撃つしかない。最低限の守りを国会議事堂に残して、13班は総動員で東京スカイタワーに向かっていた。  そっとトゥリフィリは、右手を左の胸に当てる。  今も、堂島リンが率いる自衛隊が決して活路を開いてくれている。  決戦のその時まで、トゥリフィリたち13班の消耗を極力抑えるためだ。  その13班の面々だが、信じられないほどに落ち着いていた。 「はあ、これが有名なあの、はとバス……できれば観光で乗りたかったね」 「まったくですわ、アゼルおじいちゃん。あ、お茶をどうぞ? サンドイッチもあるわ」 「あっ、フレッサさん! こっちにも頂戴!」 「歌、まだ聴こえてるね……途切れない」 「なんでしょうね、この旋律……どこか物悲しくて寂しいのに、うーん」  この鉄火場の中でも、アダヒメの歌は聴こえていた。  マモノの絶叫、ドラゴンの咆哮が火力に貫かれてゆく。その阿鼻叫喚の中で、静かにたゆたう歌声。その響きはまるで、トゥリフィリたちを呼んでいるかのようだ。  そして、ふと隣を見れば……ナガミツは静かに目を瞑っていた。  睡眠とは違うかもしれないが、この状況で寝られるとは恐れ入る。  人間以上に度胸が座ってて、トゥリフィリには凄く頼もしく思えた。  そうこうしていると、いよいよ目の前に東京スカイタワーが迫ってくる。 「っし、突っ込むぜぇ! 全員シートベルトをしてくれ! 申し訳程度だと思うがなあ!」  カグラの声に、誰もが腰元のシートベルトを引っ張り出した。  そこでナガミツも「ん」と目を開き、皆のように身体をシートに固定する。  その時にはもう、今まで以上の酷い揺れではとバスは滑っていた。  そう、真っ直ぐスカイタワーに続く道の上を……斜めに横滑りしていた。  多少はマモノが突っ込んでくるが、質量と速度にものを言わせて轢き殺す。いちいち小物には構っていられないし、見た目ははとバスでもそこいらの装甲車よりは過激に強い。  黄色い車体はそのまま、慣性ドリフトでスカイタワーに突っ込んだ。  ガラスが砕けて割れる中、エントランスでようやくはとバスは停車する。 「よしっ、全員降車っ! 一気に上まで駆け上がるよ!」  トゥリフィリはひび割れた窓を肘で突き破って、外へと躍り出る。  同じ用に出る者もいれば、半端に開いてしまったドアから外に出る者もいた。  そして、出迎えるは殺意と敵意、ささくれ尖った殺気の塊だった。  ぐるりと見渡す限りに、マモノがひしめいている。  その足元では、赤いフロワロが咲き誇っていた。  やはりアダヒメの歌でも、フォーマルハウトの本拠地ともなればここまでが限界なのかもしれない。だが、黒いフロワロでなければ蹴散らして進める。  そう思っていると、全員が降りたところではとバスが火を吹いた。  無理が祟って、エンジンがオーバーヒートしたようだった。 「……む、ノリト。カグラは」 「あれ、いないですね……えっ、まだバスん中ですか!?」 「ちょ、それって洒落にならないじゃん! 火が!」  トゥリフィリはでも、心配せずに前だけを見て進み始めた。  同時に、空気中の水分があっという間に冷たくなってゆく。ひやりとした感触と共に、瞬時にはとバスの炎が鎮火した。  圧倒的なサイキックの術式で、エントランス全体が氷に閉ざされてゆく。  これでもう、はとバスも安全だし、外からの増援も入ってはこないだろう。  いきなりの大技を披露したその本人は、優雅に白衣を脱ぎ捨て笑っていた。 「さて、ここからは魔女の時間よ? フィー、みんなと上に向かって頂戴」 「後ろは心配しなくていいさ。僕たち年寄りに任せてくれればいい」 「ちょっと、アゼルおじいちゃん? 私までおばあちゃんみたいな言い方じゃない」 「それはすまないね。でも、僕の錬金術と古の魔女のおまじない……この程度の数なら抑えておけるだろう。さあ、フィー! 上へ!」  その時にはもう、トゥリフィリは走り出していた。  既に電力の供給が止まっているため、エレベーターやエスカレーターは当てにできない。  となれば、非常用の階段を自力で駆け上がるしかなかった。 「フレッサさん、アゼルさんっ! お願いします!」 「んじゃ、またあとでねぇん? アゼル君、上手くいったらあとでご褒美あげちゃう」  投げキスを置き去りに、シイナが隣を走っていた。  いつものようにニフフと笑ってはいるが、その胸中が空気を伝ってトゥリフィリには感じられた。できれば一緒にいたいだろうが、一階にそこまで戦力を集中させる訳にはいかない。  同時に、恐らくもうアゼルは……あの人は、トゥリフィリたちのスピードについてこれないだろう。見た目こそ少年だが、既に老いて限界も近い老人なのだから。  それでも、背中を任せられる、信じられる。  フレッサも一緒だし、後顧の憂いは完全に起たれたとトゥリフィリには確信できた。 「っと、こっちだ! 急げよ、みんなっ!」  先頭を走るのは、ナガミツだ。  彼は全く速度を緩めず、まるで踏んで走るように馳せる。足蹴にされて潰れてゆくのは、ありとあらゆるマモノの大軍だ。  八艘飛びのようにナガミツが道を切り開く。  その打ち漏らしを、トゥリフィリたちが丁寧に処理して続いた。  今回は13班のメンバーがほぼ全員揃っているので、進軍速度は驚く程に速い。  それに、長らく竜災害に立ち向かってきた者同士の連携は、既に言葉を必要としないコンビネーションの連続だった。 「んっ、それなー!」 「ナイスだノリト! こっちにもくれ!」 「足を止めるなよ、後ろは見なくていいぜ?」 「今日は回収してる暇もねーなあ、相棒!」  刃が煌めき、弾丸が踊る。  それ自体が死を演奏する楽器のように歌っていた。  階段を昇り始めたトゥリフィリたちは、あっという間に展望台に近付いてゆく。  基本的にマモノは、上を取ってプレッシャーをかけてくる。用兵上、地形的には下から走るトゥリフィリたちの方が不利ではあった。そして、相手も必死で食らいついてくる。  だが、踊り場を一つ通過する都度、逆に13班の戦意は高まってゆく。  最後の方は、マモノが逃げ出すほどの闘気で皆が一つになっていた。 「ついた、展望台っ! ここから上は!」 「待ってナガミツちゃん、危ないっ!」  突然視界が開けて、稲妻が走った。  展望台には、巨大なドラゴンが鎮座していた。窮屈そうに翼を開くのは、黄色い甲殻と鱗の竜、それも複数いる。  電撃のブレスが行く手を阻む中、トゥリフィリはさらに上へと活路を探す。  キリコが「トゥリねえ!」と指差し叫んだ瞬間……展望台の全ての窓が吹き飛んだ。