竜の巣と化した展望台の、全ての窓が吹き飛んだ。  同時に、突風に乗って冷気と共に力強い声が行き交う。 「SECT11、状況開始っ! 13班を援護だよっ!」 「にゃおーん! さいっこーにSKYなとこ、見せちゃうよーん?」  イズミとSECT11の隊員たち、そしてネコが率いるSKYのメンバーたちだった。あらかじめ陸路で13班が強引に突っ込んだのも、彼女たち空挺チームから注意を逸らす陽動だったのだ。  あっという間に、統制の取れた制圧行動に移るSECT11。  逆にSKYは、圧倒的な個人の自己主張抜群な勢い任せだ。  だが、不思議と調和の取れた連携がドラゴンたちを次々と倒してゆく。  その中をトゥリフィリは、仲間たちと共に駆け抜けた。 「みっ、みみみ、見たかイノッ! 見たよな、俺ってばやれちゃってるよな!」 「うっ、うんうん! イケてる! 最高にイケてるっしょ、グチってばサイコー!」  精密機械のような正確さと、荒れ狂う濁流の如き躍動感。  トゥリフィリの前を塞ぐマモノやドラゴンが次々と駆逐されていった。  それだけじゃない、皆が互いを庇い合う中で、言葉をかけてくれる。  真っ先にトゥリフィリたちに駆け寄ってきたのは、SKYのダイゴだ。 「もうすぐ上への階段を敷設する。これを……飲み物と、薬品類だ」 「ありがとう、ダイゴさんっ!」 「おう、助かるぜ! 結構へばってる連中もいるからよ」  大荷物を下ろしたダイゴが、携帯食料や飲み物を13班に配ってゆく。  だが、足を止めて優雅にランチタイムという訳にはいかない。  トゥリフィリも銃爪の引きすぎでしびれた指を酷使して、パサつく固形食をかじりながら走った。皆もそれぞれ補給もそこそこに、前へ前へと駆け抜ける。  その背をなでてゆく、声、声、声。 「グッドラック、13班! せいぜい気張んな!」 「ヘイ、13班! ステイツの最強部隊、SECT11が援護してんだ! ヘマやらかすなよ!」 「アイテルさんはっ! 今、泣いてるんだ! うおおおお! 頼むぞ13班!」 「ここで退いたらSKYの名折れだぜっ! 野郎どもっ、タケハヤさんの分までやるぞ!」 「気をつけて、13班! わたしたち……信じてるから!」 「頼むぞ! ――っ、グアッ! くそ、こんなとこで……このトカゲ野郎がああああ!」  負傷したSECT11の隊員が一人、視界の隅で手榴弾のピンを引っこ抜く。  彼はそのまま自分を零しながらドラゴンに体当りし、爆発とともに消えた。  まさしく死闘、死に次ぐ死、殺戮し合う種と種の闘争だった。  そんな中で、思わずトゥリフィリは立ち止まりそうになる。  この人たちは今、自分たちを上に……アダヒメが歌うあの場所へと導くために命を燃やしているのだ。だからこそ、急がねばならない。もうこれ以上、誰も燃え尽きさせないためにも。  僅かに躊躇を見せたトゥリフィリだったが、厳しい声が耳朶を叩く。 「なにやってんのさ、13班! あんたらは進んで……ここはわたしたちが抑えるから!」 「あ……イズミ、ちゃん」 「いいから行けって言ってるの! ほらっ、仮設の階段も出来上がるし、天井も爆破したから上がれる。早く行って!」  戦闘で剣を振るう少女が、血に汚れて道を切り開く。  文字通りの血路、真っ赤な流水階段の如き急造のはしごが天井へと突き立っていた。その先には爆薬で開いた穴が煙に包まれている。  ポンと肩をナガミツに叩かれて、トゥリフィリは再び走り始めた。 「イズミちゃん、ありがとっ! 行ってくるね!」 「ああ! それと……そ、それと……おいっ、巫女! 羽々斬の巫女!」  イズミは大立ち回りで率先して味方を援護しつつ、部隊を率いて懸命にトゥリフィリの行く先を確保してくれている。そんな彼女の言葉に、背後で一人の少女が立ち止まった。  一瞬の沈黙の中、ただただあの歌だけがたゆたう。  一秒にも満たぬ時間だったが、その時確かにトゥリフィリは振り返った。  そして、見た。 「……お前の言う通りだった。まだ、わたしの中に、この胸に! ショウ兄は生きている! あたしが戦い進む限り、決して死なない!」  イズミの兄、ショウジは死んだ。  心を開いて13班に敬意を評し、ともに戦う道を選んでくれた結果だった。  トゥリフィリもよく覚えている。  忘れられないし、忘れてはいけない。  彼女もまた、そうして運命に身を委ねた少女を覚えている。  その肉体を刻んで散りばめ押し込んだ、一人の少年が共にいるから。 「行けっ、13班! ここはわたしたちで抑える! 羽々斬の巫女、凶祓……お前が斬竜刀だっていうなら、奴を切り裂き斬り倒せ!」 「……うん。うん、わかってるよ……私は、俺は……この血にかけて、竜を狩る!」 「ほんと、頼んだからね。さあ、総員傾注! SKYのみんなも戦いながら聞いて! ここを死守して守り切る。増援は来ないし助けもない。でも、13班が一仕事終えるまで確保、守り通す!」  再び走り出したトゥリフィリが、血で濡れたはしごに手をかけ駆け上がる。  仲間たちの必死の抵抗が開いた、小さな小さな突破口。  その先へと飛び出した瞬間、高高度の風が肌を叩いた。  そして、見る。  嫌でも目に入って、網膜に焼き付いてくる。  見渡す限りのフロワロ……まるで、東京都全体が、日本全土が……地球の全てが赤く覆われてゆくようだった。でも、まだ歌が響いている。その調べが、黒いフロワロをどんどん赤く塗り替えていく。  それを目にした時、続いて上がってきたナガミツが叫んだ。 「キ、キジトラ? キジトラァ! お、お前っ!」  そこには、影があった。  宇宙の深淵よりなおも黒い、暗黒の結晶のような影が空中に浮いていた。  その前に今、ただ一人で歌う女性がいる。  両手を広げて無防備に、しかし噛みしめるような祝詞を絞り出す、それはアダヒメ。そしてその前にナイフをかざして立ちはだかる男の姿があった。  彼は、キジトラは血塗れの顔で振り向くや、不敵にニヤリと笑う。 「よぉ、ナガミツ。遅い到着だな。だが、遅過ぎはしなかった……やはり間に合ったか、クハハハッ!」 「間に合ったか、じゃねえだろ! その傷……それに、そっちは……リコリス、お前」  ナガミツの言葉に、真っ赤な血の海の中で立ち上がる女性がいた。  初音ミクの妹、戦闘能力を持たないミクの代わりに「戦闘能力だけをもたせられた同型機」のリコリスだ。全身にプラズマと火花を瞬かせながら、彼女は軋む金属音と共に立ち上がる。  すでに戦闘不能としか思えぬダメージに見えて、右腕は基部から抜け落ち失われていた。  それでも彼女は立ったし、激しい放熱と小爆発の中でキジトラに並ぶ。 「あれが……フォーマルハウト、です。フィー、ナガミツ、そして皆さん。あとは……」  そして、真紅の血溜まりを鮮血が上書きする。  二人に守られながら歌うアダヒメが、血を吐き出してぐらりと揺れた。そのまま倒れるかに思えたは彼女はしかし、胸に手を当てより高らかに歌い続けた。  その姿を嘲笑する影が、嗤っているのがトゥリフィリにもはっきり感じられた。 「ククク、クハ! クハハハハ! 無様! 惨め! 醜態! 歌で世界が救えるものか!」  フォーマルハウトの言葉を、瞬時にトゥリフィリは否定した。考えるまでもなく、そう思ったのだ。歌で自分たちは助けられた……アダヒメの歌が黒いフロワロを払拭してくれたのだ。  その気持ちを胸に、今こそ最終決戦……そういう覚悟を新たにした瞬間だった。  宙に浮かぶ影は嘲りと共に消え、そこに新たに虚空の洞にも似たゲートのようなものが出現するのだった。